番外編:とある天才商人の恋路⑨
「ねえ、エレナちゃんは貴方の顔を見てどういう反応をすると思う?」
私の問いかけに、隣に座ったプレストがむむむと唸りながら考えます。
「そうですね……自分で言うのも変な話ですが、私は王女殿下に良い印象を持って頂いてはいないでしょうからね。驚かれるか、心配されるかだと思いますよ」
「む、つまらない反応ね。そこは頼りがいのある男性として『俺が説得して見せるから』と付け加える場面では?」
「自分にできないことは言わない主義なので。それに私がそんなことを言えば、アンネさんは嬉々として私を弄ってくるでしょう?」
「あら、よく分かってるじゃない。さすがは私の婚約者ね。———お、エレナちゃんが来たわ」
私の言葉と同時に、ドアがゆっくりと開いていきます。開かれたドアの向こう、ケーネを伴ったエレナっちゃんの表情は———
「エレナちゃん、お久しぶり。表情が引きつってるわよ」
「アンネ、プレストさん。お、おめでとう……」
「おいおい、声も震えてるぞ。———アンネ、おめでとう」
ケーネが呆れた顔でエレナちゃんを窘めながら、私にお祝いの言葉を投げかけてくれます。しかしその表情は好奇の色に満ちていて、色々と聞きたいことがあるようですね。
「しかし、俺も驚いたのは事実でな。まさかあのアンネが婚約して、しかもその相手が元王子ってのは意外過ぎるだろ。よければ馴れ初めなんかを聞かせてくれると嬉しいんだが」
「うーん、馴れ初めねぇ……プレストの一目ぼれと、熱烈なアプローチぐらいかなぁ」
私の答えに、エレナちゃんとケーネが目を丸くして固まります。確かに私も、最初にプレストの口から『一目ぼれをした』と告げられた時には耳を疑いましたからね。
でも、恋なんてそんなものでしょう。彼が真摯に私のことを愛してくれていると知ってからは、少しずつ心惹かれるものがあったのは確かなのですし。
「ぷ、プレストさんが一目ぼれですか……確か私と話している時には、美辞麗句を並べるだけの男性だったはずですが?」
「はは、これは手厳しい。仰る通りだったのですが、アンネさんに酷評されてからはいろいろと考えるところがありましてね。これでも、ましになったと思うのです」
「……恋が、貴方を変えたと?」
「ええ、その通りです」
プレストの答えに、エレナちゃんは難しい顔をして黙り込んでしまいます。あれは、何か思い当たることがあるときの顔ですね。
考え込むこと数分。彼女は姿勢を正しながらひたと視線をプレストに合わせます。
鋭い眼差しは彼の瞳を射抜き、その内心まで見透かさんとするそれです。
「———貴方は、アンネを幸せにできますか?」
私でも聞いたことのない、重々しい声音。圧倒的な威圧感と共に放たれたその問いに、しかしプレストは臆することなく答えました。
「確約は出来かねます。ですが、全霊をもって幸せにしたいとは思っております」
揺るがない、堂々とした口調。
衒いも動揺も、戸惑いすら含まないその応答に、エレナちゃんはふっと息を吐きました。
「———本当に、貴方は変わられたのですね。アンネ、婚約おめでとう」
「ありがとう。でもあたり前よ? だって私の選んだ婚約者なのだから」
次で番外編も完結となります。
お楽しみに!(とある山頂の雲中より)




