番外編:とある天才商人の恋路⑤
「アンネ⁉ ちょっと待ってね、この書類を片づけたらお話ししましょう」
「私には構わないでいいから、エレナちゃんはゆっくり仕事してて」
突然現れた私に、エレナちゃんは驚きながらも仕事の手は止めずに応じます。いきなり訪れた私が悪いのですから、一言二言の小言ぐらいは覚悟していたのに……本当に、彼女は優しい子ですね。
彼女を待つこと数十分。羽ペンを机の上に転がしながら大きく伸びをして、私の向かいに座りました。
「で、アポも取らずにどうしたの? いつもは用意のいいアンネにしては珍しいじゃない」
「それがね———」
事情を説明していると、紅茶を持ってミリダが部屋へ。ナイスタイミングです。
「———というわけで、ミリダの力を貸して欲しいのよ。もちろんこちらでも情報は集めているけれど、少し時間がかかりそうだし……」
「そうね……いくらアンネでも、国政に関わる機密は教えられないけれど。そこは構わないわよね?」
「ええ、それは承知しているわ」
「なら、あとはミリダから聞いて頂戴。私はこの後、経理課の面々と打ち合わせがあるから」
そう言いながら机上の書類をまとめ、颯爽と出ていくエレナちゃん。その横顔はすでに仕事モードで、親友のああいう表情が私は大好きだったりします。
「じゃあミリダ、私の質問に———」
「その前に、これを読んで頂戴。多分知りたいことの大部分が書かれているはずよ」
ミリダが差し出した書類には、ロレンス王国に置ける物流の詳細が。付属している表には、ここ最近で一定以上の成長率を達成している商会名がずらりと並んでいました。
「お嬢様にはすでに了解を取ってあるから、その書類は持って帰っていいわよ。あ、でもアンネが信用できる相手以外には見せないで、とも言いつかっているわ」
「……ということは、あらかじめ私が来ることをエレナちゃんは知っていたの?」
「ええ、お嬢様はその書類をご覧になられた時には気づいておられたみたいよ。ご自身で気付かれたのか、ケーネと一緒に考えて気付かれたのかは分からないけれど……」
どちらにしても並大抵のことではありません。商人である私よりも市場の洞察に優れているというのなら、それこそ正真正銘の化け物ではありませんか。
本当に……心が躍ってしまいますね。私も、エレナちゃんのように頑張らなくては。
「ありがとう、この恩は必ず返すとエレナちゃんに伝えて」
「あら、もう戻るの? 少しぐらいならゆっくりしていっても構わないけれど」
私が立ち上がると、ミリダがそんな風に問いかけてきます。手にはまだ熱々のティーポットが握られていて、きっと私のために用意してくれたのでしょう。
確かに、ここでゆっくりしたいのは山々です。ですが———
「いえ、すぐにでも帰って情報を精査したいもの。エレナちゃんに負けたままじゃ、私のプライドが許さないわ」
「アンネらしいわね。じゃあ、またね」
「ええ、またね」




