番外編:とある天才商人の恋路④
「ウチの売り上げが、落ちている?」
部下から不可解な報告を受けたのは、私の商会をロレンス王国へ出店させてから二年経ったある日のことでした。毎月の終わりに持ってこさせる決算書———その今月分と以前までのものを見比べて、私は部下の報告が間違っていないことを悟ります。
「確かに、少しずつだけど落ちているわね。いえ、落ちているというよりは『伸び悩んでいる』といった所かしら?
貴方、この推移を見てどう思う?」
問うた先は、シャルル商会の副会長にして私の相談役———マルクスさんです。豊かな白髭に笑顔を絶やさぬその姿は、私を含め多くの部下から『おじいちゃん』と親しまれるそれです。
ですが、その薄皮一枚の奥は歴戦の商人。今までの膨大な経験を活かした推察は、私ではまだまだ届かないと思わされることもしばしばです。
そんなマルクスさんは、うーむと唸って髭を撫でました。
「そうですなぁ、お嬢の見立てはほぼ正しいでしょう。これは『伸び悩んでる』決算書でしょうな」
「で、考えられる原因は?」
「ウチの経営に今のところ間違いはないし、お嬢の打ち出した新商品の売れ行きも順調。そしてナンコーク王国内では未だ変わらず好調な業績と来れば———」
「———競合他社の存在、と言いたいのね?」
私が答えを継ぐと、マルクスさんは心底嬉しそうな表情を浮かべて頷きます。どうやら、彼の考えと私の答えが合致していたようです。
「自分で言っておいてアレだけど、ロレンス王国にウチと並びたてるだけの商会があったかしら? あそこは小さな商店が緩やかな連合を作って共同で利益を上げる仕組みがあったはずでしょう?」
だから、プレストとの交渉を受けたという側面もあるのです。それぞれの商店に店主が居て、各々の経営方針で商売を進めるのなら間違いなく誰かと競合せざるを得ません。完全な平等などありえず、むしろ互いが互いの利益を阻害する関係になるのですから。
売り上げは安定するが、急激な成長は見込めない———それがロレンス王国の商店に対しての印象でした。
「ええ、お嬢の言う通りあそこは共同体が一定の利益を上げる、それをを重視した仕組みがありますからな。まぁ、それはそれで強みもあるんじゃが……」
「ウチのような、単体で巨大な商店とは太刀打ちできない。そのはずよね?」
「普通は、じゃな。しかし現に、それが起きておるのだからやるべきことは一つであろう?」
「……え?」
「何が起きておるのか、それを調べさせるんじゃよ。商人にとって停滞は自殺と同義。『そんな筈はない』と現状から目を背け、変化に食いつぶされた商人をワシは何人も知っておるでな」
そうでした。常に時代の流れを読み、少しの変化も逃さずに対応する———それが商売の鉄則だったはずです。
「そうね、マルクスさんの言う通りだわ。ウチの情報部に、マルクスさんから命令を出しておいてもらえるかしら?」
「お嬢はどこへ行くんで?」
外套を羽織る私に、彼は不思議そうな顔をしながら問いかけます。今日は外回りの用事はなかったはず、そう言外に告げる彼に、私は髪を整えながら返しました。
「王宮よ。ミリダの———私の友人が組織してる諜報部に、情報が上がっていないか聞いてくるの。国の機密事項とはかけ離れたことだから教えてくれるだろうし、何より餅は餅屋よ。こういう情報戦になれば、国内じゃ彼らの上を行く存在はないもの」




