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番外編:とある天才商人の恋路③

「では、ここを訪れた本心なのですが———アンネさん、私と婚約していただけませんか?」


「……はい?」



 ちょっと待って、この男は何を言っているの? いきなりやって来て、商談が終わった直後に『婚約してくれ』? 全くもって意味が分からない。


 いや、こういうことに慣れていないわけではありません。商談中に下卑た視線を向けてくる無礼者もいますし、商談の後に夕食へ誘われることもあります。

 でもそういうことをするのは大抵大したことのない男で、元王子ともあろうプレストが口にするようなセリフではありません。


 完全に予想外の、想定外の不意打ち。固まりそうになる思考を何とか回し、張り付いた喉から声を絞り出します。



「えっと……誰と、誰が婚約するのです……?」


「私と、アンネさんがです。私が、今それを申し込んだところですね」



 で、ですよね。しっかりしなさい私!



「失礼ですがそのう……なぜ私なので? まだお会いして一時間ほどしか経っておりませんよ?」


「笑われるかもしれませんが、一目ぼれだったのです。いけませんか?」



 そう言いながら柔らかく微笑むプレストに、私の思考もすっと冷えてきます。喉の奥で固まっていた言葉が口を突いて出てくる感覚———いつも通りの、私です。



「いけませんね。第一プレスト様はつい最近までエレナ王女殿下に懸想なさっていたのでしょう? そんな御方に一目ぼれされたなどと言われても、むしろ品性を疑ってしまいますわ」


「そう言われると耳が痛いですね。確かに私は王女殿下に縁談を申し込んでおりました。ですがあれは政略的なものであり、そのことはアンネ様とてご存知でしょう?」



 なるほど、そう返してきますか。エレナちゃんに対して恋愛感情はなかったと。


 思い切った返しですが、それは同時に私の逆鱗にも触れる返しです。私の大事な恩人をないがしろにするような発言を、よく私の前で出来たものですね。



「では、こちらも本音で言わせていただくとしましょう。断固としてお断りします」



 私の放つ雰囲気に怒気が混じったことを察したのでしょう。今まで陽気な笑顔を浮かべていたプレストの表情が固まります。


 ですが、もう遅いのです。



「理由を、お聞かせ願えますか?」


「まず第一に、私はぽんとプロポーズされて受けるような軽い女ではありません。ちゃんとお互いの仲を深め、相手のことを良く知ったうえでの求婚なら真剣に考えさせていただきますが、今の段階では考慮にも値しないですね。

 次に、先ほどの発言が気に入りません。私の大事な人を軽んじるような方にいくらプロポーズされたとて、心が動くはずがないでしょう?

 最後に、貴方は私に釣りあいませんので。失礼ながら、今の貴方は何者でもないでしょう? むしろ王位を妹君に譲り、宮中では厄介者として扱われている身。そんな貴方と、シャルル商会の会頭が婚約? ありえませんね」



 少し言い過ぎたかしら。でも、これは偽らざる私の本心です。


 めんどくさい女だと言われようと、私にだって譲れないものがあるのです。



「理解いただけましたら、早々にお引き取り願えませんか? ああ、私は私情を仕事に持ち込まない人間ですので、きちんとロレンス王国との取り決めは守らせていただきますわ。

 まだ、何か仰りたいことでも?」


「……いえ、私が軽率でした。先ほどまでの無礼、平に謝罪いたします。

 次にお会いするときまでには、もう少し考えを改めてまいります」


「ええ、期待しておりますわ」



 次があれば、の話ですけどね。もっとも、私は『次』なんて来てほしくないですけど。


 肩を落としながら部屋を出ていくプレスト。それを椅子に座りながら、見送る私。

 本来なら礼を欠いた態度なのですけど、今の彼と私にはこれが許されるだけの違いがあるのです。

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