王女殿下は共和国の商人を説得します
「じゃあ口調を戻させてもらうけどよ、お嬢様は俺に何をさせたいんだ? ……おい従者、背中にペンを突き立てるのやめてもらえるか?」
「ふん。俺のことはケーネと呼べ。あと従者ではなく秘書だからな。そこのところ忘れんな」
「二人とも仲良くなってもらえて嬉しいわ。
それで、あなたにやってもらいたいこと———それはね、私の商会の経営をお願いしたいのよ」
「……それ、本気で言ってる?」
「ええ。本当なら私一人でなんとかしたいのだけれど、私はこれでも王族でね? 商会が繁盛すればするほど、政務の方を圧迫してゆく。
そこであなたよ。共和国で急成長していた商会の会頭なら、能力的にも任せられると思うのよ」
一度落ちぶれた俺が、今一番勢いのあるシャルロット商会に引き抜かれる?
あまりに美味しい話すぎて、逆に頭が冷えていくのを自覚する。
「……そこまで知ってるなら、当然俺が没落したってことも知ってるよな? 普通なら声を掛けるはずがないと思うんだが?」
「それはあなたがはめられたからでしょう? おかしいと思わなかったの?」
俺が、はめられた? 誰に、何の目的で?
いくつもの疑問が頭の中で飛び回るが、彼女は婉然と微笑みながら解説していく。
「まず、あなたの商会の扱っていた商品は何だったかしら?」
「化粧品やサプリメント、それに関連する雑貨なんかを扱っていた。ああ、最近はお嬢様のところの商品も仕入れていたな。だが、それと何の関係が……?」
「それが政府にとっては気に食わなかったのよ。富国強兵を掲げる今の共和国にとって、一番の脅威は帝国よね
。その帝国へ侵攻する際、一番の障害となるのは?」
「ここ、ナンコーク王国……」
「その通り。彼らの頭の中には、小国連合がうちの南西部を侵攻したときのことがまだ残ってる。しかも王国はかつてよりも発展しつつある状況で、これ以上王国を利する行為は容認できなかったのでしょう。
しかも、軍備を整えるために共和国はかなり無理をしている。増税なんかがその最たる例だけど、その補填にあなたの商会や資産はちょうど良かったのでしょう」
なんと……じゃあ、そんな理由のために俺たちはこんな辛い思いをさせられてきたのか……
あまりの理不尽さに握りしめた拳が震える。だが、そんな俺を眼前の少女は嬉しそうに見つめながら話を続けた。
「そう、その眼がいいの。今まで失敗のなかった人間が、理不尽なことで挫折させられたら心が折れることもある。でもあなたは、まだ諦めてない表情をしているわ。だから、私はあなたに期待するの」
期待、その言葉に、冷えていた心がふつふつと熱くなていくのが分かる。
「……あんたについていけば、俺は共和国の連中を見返せるのか?」
「それはあなた次第ね。私の見立てでは、余裕でできると思うけど」
これだけ離れた地で、そこまで正確に共和国の動きを読む程の才覚。それを商会の急成長が裏付けしていて、さらには市井でのあの評判。政策も仁君のそれと名高い。
そんな彼女が、自分のような男に期待しているのだ。これほど心が躍ることはない。
そんな時、唐突に隣に座っていた妻が口を開いた。
「王女殿下、一つだけお約束いただけないでしょうか?」
「おい、この状況でそれはっ!」
「構わないわ。私に、何をして欲しいのかしら?」
本当にこの少女は寛容過ぎる。普通はこの状況でお願いなど、正気の沙汰ではないのだが。
王女の寛容さに胸をなでおろしつつ、妻の言葉を待つ。
「もし夫が事業に失敗したとしても、娘だけはなんとかしていただけないでしょうか……? 成人までの間で構いません。私たちはどうなってもいいのですが、あの子だけは……!」
妻の必死な声。彼女もこのタイミングでの嘆願が無理筋だということはわかっていたのだ。
だが、言わんとすることは俺にとっても一番の懸念。ここは腹をくくるしかない。
「俺、いいや、自分からもお願い致します! 自分たちの命さえ、どのようにしていただいても構いません。ですから娘だけは……!」
俺たちの言葉に、彼女はゆっくりと目を瞑る。
しばし思案したのち、彼女は椅子から立ち上がった。
やはり、過ぎたことを言ってしまったか? 次に飛んでくるであろう叱責に身を竦め———
「……その娘さんを想う気持ち、そんなものを見せられては私も、一人の女性として結婚して子供を産むことに憧れを覚えてしまうわね。
いいでしょう。もしあなたが失敗しても、あなたたちの生活費と娘さんの養育費は保障するわ。契約書が必要?」
「……いえ、そのお言葉だけで十分です。改めまして、私はスミスでございます。こちらは妻のヘレン。これから
宜しくお願いします」
「やっと名乗ってくれたわね。私はエレナ。こちらこそよろしくね」




