天才王女はお怒りです
「自国民を、救出? 『救出』と仰るからには、何らかの勢力から救い出すことが目的だった、という認識で構いませんか?」
高まる圧力。私の背中を冷や汗が一筋落ちますが、下腹に力を込めて気合を入れます。
「現在我らが帝国と貴国は友好関係にあると思います。そんな国の王女殿下が、軍を動かすほど恐れた勢力とは何なのか、よろしければお教え願いませんか?」
「私が恐れたのは、特定の勢力に対してではありませんわ。戦の気配がある地域に自国民がいる、その状況に恐れたのですわ」
「おお、さすがは民からも愛される王女殿下。彼らのことを大事に思っておられるのですね。
しかし、それでは一つ不思議なことがございます。それほど自国の民を愛してやまない殿下の秘書殿が、何用であの場所に来ていたのですか?」
ここで『お前たちの陰謀で収監されていた友人に、どうしても会いたい男の護衛で付いて行った』と正直に答えても、彼女は納得してくれないでしょう。むしろ、リクルーゼ氏の救出を手引きしたスティアー卿に迷惑がかかる可能性があります。
ですから私は、あらかじめ用意していた答えを口にします。
「ケーネ———彼をスティアー卿の元へやったのは、貿易に関する取り決めの変更を相談するためです。機密事項につき詳細は公開できませんが、構いませんよね?」
「……ええ、承知しております」
よどみない返答に、スニリアは押し黙ります。私がぼろを出すだろうと予想して追い詰めてきたのでしょうけど、既にその質問は予想済みです。まさか卿との夕食会で話した輸入強化のお話が、こんなところで活きるとは思いませんでしたけどね。
「王国には海がございませんので、スティアー領からの魚介類は重要品目ですの。大事な交渉ですけど用事があって私は動けず、信の置ける秘書に託したのですわ」
「そう、でしたか……ケーネさん、と言いましたか。王女殿下に信用されるほどの人物、私もお話してみたかったです」
それを貴女が言うのですか。彼が命を落とすこととなった原因を作った、他ならぬ貴女が。
ミリダの調べでは、卿を暗殺しようとした男はスニリアの部下が金で雇った殺し屋だったようです。彼女の命令で動いたのかどうかは分かりませんけど、知らぬ存ぜぬでは通らない話でしょう。
それをよくも白々しく言えたものですね。彼はもう、戻ってこないというのに。
はらわたが煮えくり返ってどうにも収まりません。もちろん、表情や口調に出すつもりはありませんけど。
「そうそう、先日スティアー卿からお手紙を頂きましてね。自領に帝国軍が攻めてきた、と書かれておりましたが、実際のところどのようになっているのですか?」
「『攻めてきた』という表現はいささか乱暴ですよ、王女殿下。卿にお話があったので、少しばかりの護衛を連れて領館を訪れただけですのに」
「万単位の兵が、少しと? いくら精強で知られる帝国でも、それはさすがに苦しいでしょう。
王国はあなた方帝国と友好関係を維持しておりますが、同時にスティアー領とも密接な関わりがございますの。そんな相手が窮地に立たされたとなれば、私どもも黙っていられませんわ」
私の言葉に、スニリアの眉がピクリと動きます。それに合わせて隣に立つミリダがそっと重心を落とし、部屋には一触即発の空気が。互いに視線を外さぬまま、時間が流れます。
重い沈黙を破ったのは、スニリアの小さなため息でした。
「……御見それしました、王女殿下。それで、何をお望みで?」
「スティアー領からの、帝国軍の撤退。それと今回の遠征で我が軍が消費した資源を補填するための費用を、頂きたいですわ。詳細は、こちらに」
「……なかなか容赦がないですね……少し吹っ掛けすぎでは?」
「何を仰いますか。元と言えば貴女方が動いたせいで、私たちはいらぬ動員と被害を被ったのですよ? ここは互いの友好関係を保つためにも、必要な出費だと考えますが」
私は大切な人を喪ったのです。容赦なんて、微塵もするものですか。
取れるだけ、取らせてもらいます。




