命の代償
「スティアー様……! スティアー様、目を開けてください……!」
床に倒れた主は今も腕の中でぐったりとその体重を預け、目を閉じたままだった。血の気が失せたその顔に、アリナは必死に声を掛けていた。
背後から屋敷で匿っていたケーネとリリンフェルトが心配そうに声を掛けてくる。だが、今の彼女には心配してくれる客人へ最低限の配慮をしてやれないほど、これまでにない焦燥感に急きたてられていた。
アリナもその立場から、スティアーが最近は働きづめだったことは知っていた。実は明るく振る舞っていても、一人になると表情に疲労感を滲ませていたことも。
だがその頑張りもあって、懸案だったナンコーク王国との交渉はうまくいったのだ。今も予想だにしないハプニングに襲われているが、それもスティアーならうまく切り抜けると信じていたのに……!
「こんな……あんまりです。貴方様が居なければ私は……! どうか目を開けてください!」
必死に呼びかけるも、依然としてアリナの声に反応する気配がない。いつもは穏やかな微笑を浮かべるその顔は苦しげに歪み、だらんと垂れた両の手からは一切の力が抜けていた。
この時代、たとえ健康な人であっても一度倒れればそのまま帰らぬ人となることも珍しくない。王侯貴族や時の権力者が、病によって命を落とすことは何ら特別なことではないのだ。
「……あり、な……」
「———スティアー様⁉」
彼女の呼びかけに応じるように、スティアーの瞼がゆっくりと開く。その微かな隙間から、亜麻色の瞳が
弱々しくこちらを見つめていた。
普段向けられる眼差しとはかけ離れたその姿に、アリナは彼を抱く手に力を籠める。
「……こら、御客人に礼を欠いてはいけませんよ……アリナ、今の状況は……?」
「そんなことはどうだっていいのです! 私が上手くやりますから、スティアー様は早く元気になってください……」
「そう……か。なら、少し任せても、いいかい……?」
「ええ……ええ……!」
ちょうどそのタイミングで医者が到着し、アリナの身体をそっと離してスティアーの容体を診察していく。その手際に、彼女は強張っていた身体からふっと力を抜いた。
「大丈夫か、アリナさん。俺たちにできることはしてやりたいが、残念ながら医術には疎くてな……」
「……いえ、ケーネ殿。私たちにはやれることがあります。この状況を、どうにかする策を練るのです」
「そういう事なら力になれそうですね。ケーネさん、自分たちも卿のお力に———」
唐突に途切れるリリンフェルトの声。その瞳は驚愕に染まり、ある一点を凝視していた。
その一点とは———リリンフェルトが話しかけていた、ケーネの左胸。
暗殺者が音もなく部屋に忍び込み、手にした凶刃をスティアーに突き立てようとしたその瞬間。
誰よりも早く飛び出してその身に刃を受けたケーネの、左胸から突き出る鈍色の輝きだった。




