お母様は罠にかかります
「お見事です、レーナ様」
作戦通り帝国軍の指揮官と思しき男の首を落とし、相手方の責任者と停戦交渉を終えた私は、後ろから飛んできた将軍の言葉に小さく頷きました。
「ありがとう、ドラン将軍。でも私が功績を上げられたのは、貴方たちの援護があってこそよ?」
「何を仰いますかな。レーナ様が倒した敵兵より、我々が倒した数の方が圧倒的に少ないというのに……これで王女殿下にも、良い報告が出来そうですな」
「そうね、これならエレナちゃんも満足する結果でしょう」
私の言葉に、ドラン将軍は深く頷きます。それもそのはず、こちら側の被害と言えば百人ほどが軽いけがをしたぐらいで、目立った重傷者や死傷者は出ていないのです。
開戦時の兵力差を考えれば、まさに奇跡としか言えないほどの戦果です。
しかし———
「それにしても敵は、あっさりこちらの要求を呑んでくれましたな。何か裏があるのかと思って調停書に目を通しましたが、これと言って引っかかる記述もございませんでしたし」
「そう、そこなのよ。何かが私の中で引っかかっているのよね……」
「レーナ様、ご報告がございます」
顎に手を当てて微かな悪寒の正体を探ろうとした時、配下の侍女が駆け寄ってきました。確か彼女は、ミリダのところで諜報部の一員として働いていた子のはずです。
「先ほど帝国側から押収した武器なのですが、いささか奇妙な点がございまして……このように、刃が潰れているのです」
そう言いながら差し出された長剣は、確かに両方の刃が潰れています。戦闘で刃こぼれしたというよりは、元々刃なんて付いていなかったような———そう、例えるなら訓練の時に使う武器のようです。
「これを、帝国兵は使っていたというのですか……よもや、向こうには勝つ気がなかったとか?」
「ありえないわ。あれだけの軍勢を動かすだけでも、そこにかかる物資や兵站の量は計り知れない物。わざわざ遊興のために、財政難の帝国がやたら兵を動かしたなんて考えられない———まさか⁉」
焦燥感から天幕を飛び出し、帝国兵が去っていった方角を見つめます。遙か前方に霞む、巨大な城塞都市の名は———
今まで燻っていた違和感が確信に変わり、血の気が引いて視界が霞む私に将軍が恐る恐る質問を投げかけてきます。
「れ、レーナ様、どうなさったのですか?」
「……動ける兵は全員、武装を整えて再出撃の準備をなさい……まんまと騙されたわ……!」
「ど、どういうことですか?」
「奴らは、私たちと一戦交える気なんてなかったのよ! 本当の目的は、スティアー卿を確実に始末すること。そのために、私たちから調印書を勝ち取ることが重要だったの!」
「ま、まさか⁉」
将軍が真っ青な顔で否定しようとしますが、しかしこの状況をを説明する最も合理的な解答はそれしかないのです。
正面からかの領地へ突撃すれば、いくら帝国の物量でも被害が出るでしょう。エレナちゃんの推測では、敵味方合わせて数万単位の死傷者が出るはずなのです。
ですが、私たちとの調印書を持っていれば話は別です。私が———スティアー領と友好関係にある、ナンコーク王国の王妃がサインした調印書があれば領兵も街を開放せざるを得ないでしょう。
そして、それだけの大軍が街へと侵入すれば、待っているのは圧倒的な物量での蹂躙のみです。
「だから、帝国側の反撃がほとんどなかったのよ。何故なら、彼らにはこの後に作戦が控えていたから。多分、私が殺した指揮官の男も影武者よ。さあ、分かったら早く準備なさい!」
「りょ、了解いたしました!」
焦り交じりにスティアー領の方角を見つめますが、すでに大軍の姿はなく乾いた風だけが吹き抜けていきます。
ゆっくりと、しかし確実に絶望が心を侵食していくのを、私ははっきりと感じていました。




