将軍は武者震いをします
「恐れながらレーナ様、この陣形は一斉攻撃を行うための布陣でございます」
「なるほど、さすがはドラン将軍ね。夜目の中、相手の陣形だけで攻撃方法を見抜いてしまいますか」
私からの報告に、王妃様———もとい、レーナ様が笑みを浮かべられる。
しかしその笑みは、普段兵舎で浮かべておいでの柔らかなものではない。例えるならばそう、歴戦の老兵が死線を前に浮かべるような、獰猛なそれだ。
「相手方はいつ攻勢に出るのかしら?」
「はっ、私の予想ですが夜明けとともに攻撃を仕掛けるのでは、と。確たる根拠はございませんが……」
「あら、幾たびの戦場を生き抜いてきた貴方の予想ならほぼ正解よ。それに、私も同意見なのだから問題ないわ。
という訳で、そろそろ私たちも攻撃を仕掛けるわよ」
レーナ様の言葉に、偵察についてきていた兵たちが唾を飲んで頷く。
「レーナ様、攻撃目標はいずこへ?」
「あの大軍を率いている、指揮官よ」
まるで買い物へ行くかの如き気軽さでもって、彼女は難題を口にした。それはつまり、敵の本陣へ突撃をかけるということに他ならないからだ。
告げられた目的の難度に、新兵の一人が恐る恐るといった様子で口を開いた。
「指揮官、でございますか。なかなか苛烈なことを仰りますね……」
言外に、レーナ様の仰ることが無謀だと告げる新兵。しかしその言葉に、彼女の笑みはさらに深まった。
歳を重ねてなお皴一つない、美しい顔を酷薄な笑みで染めて。
「そんなに難しいことじゃないわ。ここから見る限り、敵は本隊への攻撃に全くの無頓着。こうして私たちが偵察できていることが良い証拠ね。
それなら、私が先陣をきって突撃すれば道が開けるわ。貴方たちの部隊は、その後方から遅れないように付いてくるだけでいいの。将軍、各部隊の指揮は任せるわ」
「承知いたしました」
自分へ唐突に鋭い声が向けられ、さしもの私も武者震いが止められない。この華奢な身体のどこに、それほどまで濃密な殺気を隠し持っていたというのか……
「決行は半刻後よ。みんな、準備を急ぎなさい」
「「「了解いたしました」」」
後方で待機していた自軍の本隊へと歩を進めつつ、レーナ様は同伴していた兵を下がらせた。そのままご自身は文字通り最前線———突撃隊の先頭に屹立すると、腰に帯びていた長剣を鞘ごと外して地に突いた。
目を閉じ、静かに祈りを捧げるような彼女に見とれていたのは、どれぐらいだっただろうか。
「———将軍、貴方も準備なさい」
「……はっ!」
目を閉じたまま飛んできた済んだ声に、思わず姿勢を正して視線を彼女から剥がす。慌てて武具を身に付ける手が、しかし微かに震えているのを知覚して苦笑した。
これは———
「……この年で、まさか滾ることがあろうとはな……」
視界の端で、閉じていた目を見開き柄尻に手を置いて前を見据えるレーナ様。
その御姿に私は、童話で読んだ『戦神』の姿を重ねて頭を下げたのだった。




