お母様は出陣します
「……奥様、御召し物でございます」
「ありがとう、エリー」
私がまだ小娘だったころから、ずっと仕えてきてくれたエリーが衣服を差し出します。その手に乗っているのは、『王妃』という立場にはあまりに似つかわない簡素な服でした。
身に纏っていたドレスを彼女に渡し、代わりにエリーが持ってきてくれた服に袖を通します。わたしは別にドレスで戦ってもいいのですけど、せっかくのきれいな衣装を汚すのも気が引けるというものです。
今まで一日も手入れを怠ったことのない長髪を後ろで束ね、昔お父様に貰った髪紐でくくります。耳と、指に付けていた小物を外しながら箱にしまったところで後ろから声が掛かりました。
「レーナ、やはり行くのだな」
「……ええ、決めましたから」
多くの言葉は必要ありません。沈黙だけが、私たちの間を流れていきます。
お父様の仰りたいことは分かるのです。私に危ないことはしてほしくないと。生傷を増やすようなことはしてほしくないと。出会った時から、ずっと私に言い続けてきましたものね。
でも同時に、私が決めたことは最後までやる女だということも嫌というほど知っているはずです。若い時にはそれが原因で喧嘩もしましたが、今なら分かってくれると信じています。
だから、私は一言だけでいいのです。
「私は大丈夫ですから。私と、お父様の大切なものを守るために戦ってきます」
私の言葉に、お父様もまた笑みを深めて応じます。
「そうだな、それでこそレーナだ。私が何と言おうと、キミは決めたことは守り通す女性だものな。そんなところに惚れたと言ってもいいだろう。
だが、忘れないでくれ。レーナの帰ってくる場所は、私のところなのだ」
「あら、一度たりとも忘れたことはございませんよ? 少なくとも、貴方からプロポーズを受けたあの日からは」
「そうか……気を付けてな。色よい報告を期待しているよ」
「ええ、必ず。愛しておりますわ」
軽く頬付けをして、部屋の外へ。そこにはいつの間にか退出していたエリーが、武器庫の一番奥から私の剣を持って立っていました。
その手際の良さに、私はただ苦笑を漏らすことしかできません。
「ありがとう、エリー。さすがね」
「恐れ入ります、奥様。どうぞ」
差し出された長剣を腰に提げ、追加で渡された外套を上から纏って武器を隠します。外套の裏には短剣や短針などの暗器がきっちり仕込まれています。
一度大きく息を吸い、背筋を伸ばして気を引き締めます。
これまで何度も繰り返した、戦場へ出る前の『習慣』。
「さあ、行くわよ。『葬送の美姫』の名に恥じぬような、そんな働きでもって」
「ええ、奥様。いってらっしゃいませ」




