天才王女は会議を開きます
私が軍部に顔をだしてから数時間後、偵察に出ていたミリダの部下から新たな情報が入りました。それとほぼ時を同じくして、王宮にドラン将軍が到着。という訳で、軍のトップと影の宰相を集めて会議を始めます。
「王女殿下、敵の軍勢は如何ほどなので? それによって連れて行く兵の数が変わるのですが……」
「『敵』を帝国正規軍とみなす場合、その数は概算で8万ほどになるわ。対してスティアー領を守る領軍は2万というところね。密偵からの情報によれば、両者は領境付近で睨みあっているとのこと」
「ぬ、ぬう……状況は薄々聞いておりましたが、なかなかに厳しそうですな……」
「というよりも、スティアー領の軍勢だからこそ持ちこたえているといったところでしょうか。あそこの軍は強者揃いと聞きますから、今の状況でも何とか均衡を保っているのでしょう」
将軍が唸りながら押し黙り、ミリダがその言葉を継いで場に重い空気が降ります。一番情報を持っている彼女が『何とか』と表現したということは、諜報部から入ってきた情報はかなり絶望的なのでしょう。
しかしその重苦しい沈黙を破ったのは、先ほどから黙って地図を眺めていたアルカルトでした。
「———もしかすると、この戦は勝てるかもしれませんよ? そう悲観的になる必要はないのかもしれません」
「……どういうこと? 詳しく話して頂戴」
「はい、それでは。
まず今回の指針ですが、基本的には挟撃しかあり得ません。正面からぶつかり合えば間違いなく、数で圧倒されるでしょうからね。加えてスティアー領の周りには目立った高所もないので、砲を設置するなどして高所の有利を生かすこともできませんし」
「し、しかしアルカルト殿。いくら敵の背後や側面を突いたと言っても、兵の数が圧倒的すぎではないですかな? 大軍の一部が転進し、挟撃隊と対峙するだけで戦局は一気に傾きますぞ」
「相手が万全の状態なら、ね?」
ドランに返すアルカルトの言葉に、私は鈍器で頭を殴られたような心地がしました。
そう、そうなのです。何て大切なことを見落としていたのでしょう。
「王女殿下はお気づきになったようですね。そう、士気の問題があるのです。
ミリダさん、先ほど『両軍は均衡状態にある』と仰っていましたが、それは間違いないのですよね?」
「え、ええ。そのように報告を受けたけれど……」
「なら、それが何よりの良い証拠です。いくら領軍が精強だと言っても、平地戦においての兵力差は絶対的ですよ。これはあくまで私の見立てですが、この兵力差なら帝国軍はすでに領地を攻め落としていてもおかしくないはずです」
「けれど、それが上手くいっていない……だから兵の士気に問題があると、そう言いたいわけね?」
「その通りです、王女殿下。帝国の正規兵とは当然、帝国臣民なのです。同じ帝国の民に対して弓を引く———いくら上官からの命令とはいえ、気乗りしなくて当然でしょう。
それに、スティアー領は帝国全体へかなりの物資を無償で提供していたと記録に残っています。そんな恩人に対して意気揚々と拳を振り下ろせるのは、気の狂った特権階級だけなのではないでしょうか?」
帝国が傾きかけた時、真っ先に支援を申し出たのはスティアー領でした。食品や衣料品、医薬品などの必需品を数多く備蓄していたかの領は、困窮する帝国市民へ無償で配ったのです。
8万にも及ぶ帝国正規兵のうち、その物資によって救われた人間はそう少なくないはずだ、とアルカルトは語ります。
「一方で領軍は自分たちの安寧を守ることに全力を尽くしますし、こちらの兵は王女殿下のお言葉で士気が最高潮まで上がっております。タイミングさえ間違わなければ、何も勝てない戦ではないのですよ」
「……そう聞くと、何だか戦えそうに思えてきますな。王女殿下、いかがいたします?」
「詳しいことは今から考えるとして、とりあえず私はアンネとスミスのところに行って兵站を調達してくるわ。その間に、粗方の作戦方針は決めておいて頂戴。
それとミリダ、諜報部にケーネとリリンフェルトの居場所を調査させて。最悪の場合、あの二人を救出さえできれば問題ないのだから」
私の言葉に、ミリダが重々しく頷きます。私の言ったこととはつまり、最悪の状況ではスティアー卿を見捨てるということに他ならないのですから。
でも、仕方ありません。私にとっては王国の民が最優先です。彼らの安全と発展に寄与することが、私に課せられた使命なのです。




