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天才王女は窘められます

「———暇が、欲しい?」



 卿との密会を終え、王宮に戻って数日したある昼間。いつものように執務室で決裁書に追われていた私は、リリンフェルトの思いつめたような表情をまじまじと見つめながら思わず聞き返してしまいました。


 いえ、理由は分かっています。私が先日、彼の友人であるリクルーゼ氏が無事であることを伝えてから、リリンフェルトの様子が変だったのです。恐らく帝国まで会いに行きたいということなのでしょうが、まさかこのタイミングで言い出すとは思いませんでした。



「ねえ、リリンフェルトさん。貴方の働きぶりにはとても感謝しているから、私も最大限の配慮はしたいわ。

 けれど、暇を取ってすることは何? もしも友との再会を果たしに行くと言うのであれば、私は止めたいのだけれど? この時期に単身で帝国へ向えば、どんな目に合うか分からないわ。私を乗せた馬車だって、行くときには襲撃に遭って———」


「それでも、行きたいのです」



 私の言葉を遮って発せられた、強い意志。同時に机の上に一封の封筒がそっと置かれました。



「リクルーゼが生きていたのなら、その頬を二三発はぶん殴って心配させたツケを払わせなければ気が済まないんです。ですから王女殿下、これを預かっておいて頂けないでしょうか?」


「私に退職願なんて預けて、どういうつもり? ますます貴方を外へ行かせたくなくなったわ。

 それに奥さんのエスティアさんはどうするの? 彼女とはよく話し合ったのかしら?」


「……いえ、まだ相談できておりません。ですが、王女殿下からお許しいただけたならすぐにでも……!」


「順番が逆よ、リリンフェルトさん。そういう重要なことは、まず奥さんに相談なさい。その上で私の元へ来るならまだ話は分かるけれど、相談もできないようなことを一人で決めるものではありません」


「そう、ですか……失礼いたしました」



 気持ちは分からなくもないけれど、仕方のない処置でしょう。あれだけ護衛が居てもなお襲われたのです。今一人で帝国へ乗り込むのは自殺行為とほぼ同義なのです。


 そう自分を納得させ、書類へ再度目を落とした瞬間。思いがけない声が執務室に響きました。



「———行かせてやれよ、エレナ。責任は俺がとるからさ」


「何を言っているの、ケーネ? 貴方、今の状況分かってるのかしら?」



 執務室から出て行こうとするリリンフェルトを引き留めながら、ケーネは私へ強い口調と眼差しを向けます。


 それはまるで、判断を誤った王を諫める忠臣の眼差しでした。



「ああ、よーく分かってるさ。そんなもの、俺もリリンフェルトもよく分かってる。今下手に動けば、高い確率でロクな目に遭わないってことぐらいな」


「なら———」


「でもその危険を承知の上で、コイツは行きたいって言ってんじゃないのか? このご時世だ、今会えるはずの人間が明日にはどうなってるか分かったのもじゃない。リリンフェルトだってよく悩んで、それでも抑えきれないからエレナにお願いしに来たんだろう」


「うっ……それはそうかもしれないけれど……」




 理性的に考えるのならば、間違いなく行かせるべきではないでしょう。でもケーネがそこまで言うのなら、もしかすると私の頭が固すぎるだけなのかもしれないと思ってしまうのも確かです。


 お父様ならこんな時。どうなさるのかしらね……そんな考えがふと頭をよぎりますが、そんなことを考えても詮無いことです。



「……ケーネ、貴方さっき『責任は取る』って言ったわよね? 具体的にはどうするつもり?」


「ついこの間の密会で気付いたんだが、卿の領地までなら割と安全なルートを見つけてな。俺がそこまでリリンフェルトを案内しようかと。何も策がなくて言ったわけじゃないんだぜ?」


「かかる日数は?」


「俺だけなら一日もかからん。まあ、往復に一日と少しってところだな」




 はぁ、まったく。そこまで計画していたのですか……その用意の良さから察するに、リリンフェルトはケーネにあらかじめ相談していたようですね。


 私は大きくため息をつくと、引き出しから一通の封筒を取り出してリリンフェルトに渡します。



「仕方ないから、貴方に一週間の休暇をあげるわ。それはスティアー卿からのお手紙だから、彼にゆかりのある人間が見れば歓迎してくれるでしょう。リクルーゼもそこにいるはずよ」


「ありがとうございます、ありがとうございます……!」


「でも、これだけは忘れないで。

 貴方は今も、これからも私の家臣よ。だから必ず、無事で帰って来なさい。私に退職願を使わせないで」


「分かりました。王女殿下の命、しかと胸に刻んでおきます」






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