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秘書と貴族は夜会をします

 エレナたちが大浴場で女子会をしていたちょうどその時、屋敷の真北に位置する執務室ではケーネとスティアーが対談していました。


 というのも———



「卿よ、よろしかったのですか? いくらナンコーク王国がご領地と友好関係にあるとはいえ、私のように素性の知れない男と対面で話をするなど……」


「おや、おかしなことを言いなさる。あの王女殿下が信を置くケーネ殿が、この場で変な気を起こすはずがないでしょう。私はこれでも、人を見る目には定評があるのですよ」



 そう言いながらグラスを傾けるスティアー。その大物然とした姿に、ケーネはただ苦笑することしかできませんでした。



(夕食の後、卿から『話したい』などと誘いが来た時には何かの罠かと疑ったが……これでは警戒していた自分が小物に見えてしまうな)



 しかし相手は大陸一の貴族と呼ばれるスティアーです。気を抜けば、たちまちに妙な言質を取られる可能性もあります。

 

 ここは慎重に、しかし情報をなるべく引き出そうと心に誓ってケーネは口を開きました。



「では、卿にこの夜会についてご説明頂いても? 主をお呼びになるのならまだ分かりますが、私のような一介の秘書に何の御用がおありなので?」


「そう自分を低く見積もるものではないよ、ケーネ殿。貴公が類稀な才を持ち、王女殿下の躍進に貢献していることは周知の事実なのだ。

 しかしまあ、こちらにも説明の義務はあるか……では、建前と本音、どちらがお望みかな?」


「……ではせっかくなので、本音の方を聞きたいですね」



 人を食ったような発言に、しかし僅かの動揺を隠してケーネは答えます。


 ならばとスティアーは言いました。



「この世を変えたいのだ。そのために、貴国に力を貸して欲しい」


「……は?」



 いきなり飛び出してきた突飛な話に、ケーネは目を瞬かせます。


 予想通りの反応だったのでしょう。スティアーは動じることなく続けます。



「今帝国が直面しているのは、単なる後継者問題ではないのですよ。血縁による為政者の選定、それこそがこの問題の根源だとは思わないかね?」



 スティアーからの問いかけに、しかしケーネは返す言葉がありませんでした。


 それほどに彼の言葉は、今回の問題の核心をついていたのです。



「大陸に存在する多くの国が、その意思決定者を血縁によって選定している。貴国のように代々の王が傑物であればそれも上手く機能するだろうが、普通の国ではそうもいかん。帝国のように、偉大な親の意志は往々にして子へは引き継がれないものなのだ」


「……確かに、賢王が二代続くことすら奇跡と言われておりますからね。卿の仰ることは分かりますが……」



 スティアーの言いたいことは分かります。血縁によって政を行う者を決めるのではなく、市民の中から志と学のある者が執政を行うべきだと。それが本当の『人のための政治』になるのだと。


 しかしそれは、あくまで机上の空論です。王家が権勢を誇る理由の一つには、そうした後継者争いを未然に防ぐということも含まれているのですから。



「血による支配、それを私は壊したいと思っているのだよ。だがそれには力が足りない。今の大陸を支配しているのは従来の考え方であり、対して私の考えは雛鳥のようなものだ。真っ正面から立ち向かえば踏み潰されるだろう」


「……では、どうすると? その方策が、卿にはおありなのですか?」



 ケーネの問いに、スティアーは迷うことなく頷きました。



「考え方が、思想が弱いのなら強くする以外の選択肢はないだろう。同じ思想を抱えている者を仲間として頭数を増やし、ビラや新聞、口伝などで人々の意識に浸透させる。幸か不幸か帝国臣民には不満が溜まっているから、それを煽って民衆の共感を手に入れる。それでも攻略できない識者や特権階級は、理論武装して言いくるめるしかないだろうな」


「……それは無茶というものです。それを仰るのが『貴族』たるスティアー卿だと言うのだから、なお始末に負えませんね」


「ははは、既に特権階級たる私が自らの地位をひっくり返そうとしているのだからな。これほど愉快なことはないだろう」


「笑い事ではありませんよ……この話、主へ伝えても?」


「どうぞご自由に。よく話し合って、それから決めてくださいとお伝えを」



 スティアーが語ったことを脳内でかみ砕きつつ、しかし心のどこか深いところが湧きたつのをケーネは感じます。

 

 それは『期待』と名の付く感情だということを、今はまだ知らずにいるのでした。



  

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