嵐の前の静けさ、あるいは……
メタナリア人を排斥していることで有名な帝国において、唯一かの人種の入国、居住を自由としている地域がここスティアー領です。
人種、性別、年齢の如何に関わらず全ての人を受け入れる自治領———それが私のスティアー領に対する認識でした。
そんな自由な領を経営する若き天才、スティアー卿に先導される形で私は彼の領館を歩いていました。
「しかし、道中では助かりましたわ。卿のお計らいがなければ、今こうして生きていたかすら怪しいというもの」
「玄関でも申し上げましたが、お呼びたてした以上客人の安全を守るのはホストの務めですよ。むしろ援護が遅くなって申し訳ないぐらいです」
まあもう少し早く来てくれれば安心はできたでしょうけど、あの状況での援護にしては最高のタイミングだったと思います。現に後ろでドラン将軍が何か言いたげな表情を浮かべていますし。
精強で知られた帝国兵の中でも、ここの領兵は一段格上の強さを誇ると聞きます。機会があれば、訓練風景などを将軍に見せてあげたいですね。
「さて、到着いたしました。手狭ではございますが、どうぞゆるりと休んでください」
そう言いながら案内されたのは、どう考えても『手狭』と表現するには大きすぎる広間でした。その奥に続く個室が、どうやら私の部屋ということのようです。今回は侍女をミリダ以外に連れてきていないので、護衛は男性がほとんど。この広間で寝てもらうことにしましょうか。
「お気遣い、ありがとうございます。———ケーネ、貴方だけ奥の部屋で私とミリダと一緒に寝て頂戴。他はここのお部屋を使わせてもらうとしましょう」
「「了解いたしました!」」
「お夕食は七時からご用意しております。どうぞ好きなタイミングで食堂にお越しください」
侍女と思しき女性が、一礼をしながらそう告げます。ケーネと同じ黒髪が良く映える、目の覚めるような美人さんです。
(彼女が噂のアリナさんでしょうか。卿を陰ながら支え、その精神的支柱とまで謳われる才媛———初めてお目にかかりますけど、ミリダのような身のこなしから考えて護衛も兼ねているのね)
その立場から、出立前にケーネとミリダがふと気にしていたことを思い出して苦笑します。二人と立場の似ている彼女が、同じように主を支える。そこに何かしら感じるところがあったのかもしれません。
そんな彼女の申し出ですが、私は少しスティアー卿とおしゃべりしたい気分なのです。
「せっかくですから、夕食は卿と一緒に頂きたいですわ。どうでしょう、七時から夕食会になさりませんか?」
「そうですな、私は所用がありますので……少し遅いかもしれませんが、八時からで如何ですか?」
あらかじめ用意していたのでしょう。よどみなく帰ってくる返答に私は横合いに控えるケーネを見ました。
(晩御飯、八時でいいわよね?)
(俺らは構わねえが、護衛の連中は腹空かせてるだろ。先に食べさせたほうが良くないか?)
(確かにそうね……ありがとう)
「卿にはお手間を取らせてしまうのですが、こちらも遠路を歩いた身でして。護衛だけ先に食事をとらせても?」
「おお、構いませんよ。———アリナ、そのように手配してくれ」
「かしこまりました」
こちらの要望を伝えると、色よい返事が。卿の指令でアリナと呼ばれた黒髪の侍女が、一礼をして去っていきます。
「それでは、夕食までしばらくおくつろぎください」




