お嬢様は襲撃を受けます
「———っ⁉」
わずかな気配。しかしその確かな異変に最も早く気が付いたのはドラン将軍でした。
「敵襲! 総員、戦闘態勢を取れ!」
将軍が発する怒号に、一糸乱れぬ反応で武器を構える護衛たち。日頃の訓練を感じさせるその動きでもって、最速で主たる私を守るのに最適な陣形を組み上げていきます。
しかし、襲撃のタイミングを自由に決められる敵の方が一枚上手でした。丘陵を滑るようにして下り降りてくる十数名の襲撃者が、一斉に私の乗る馬車を目掛けて突撃してきました。
「馬鹿ッ! エレナ伏せろ!」
窓から襲撃者が迫るのを視認していた私は、ケーネに身体を掴まれて馬車の床に押し倒されます。至近距離にケーネの顔が迫って赤面する私は、しかし直後に頭のあった位置に刺さった矢を見て青ざめました。
「あ、ありがとう……」
「礼は良い! 将軍、敵の数は⁉」
「十五人ほど! 王女殿下はご無事ですか⁉」
「ええ、生きているわ!」
馬車の外から剣戟に交じって、ドラン将軍の叫び声が聞こえてきます。
「丘陵を挟むようにして挟撃を受けました! 何とか押し返しておりますが、劣勢であります!」
「なんて奴らだ……エレナ、ここは強行突破しか活路はないんじゃないか? 幸いにもスティアー卿の領は目前だ」
ケーネの声には焦燥が混じり、私を床に押さえつける手は微かに震えています。ケーネが振り返ると同時に、誰かの血が右のガラス窓を濡らして赤く染めました。
「エレナ、早く決断してくれ! 前方へ離脱するのでいいな⁉」
「ちょっと待って! 襲撃者も同じことを考えているでしょう。前方はやめて、丘陵地に向かって離脱なさい!」
「そんなことしたら集中砲火を食らいますぞ! 正気ですか⁉」
「いいから言う通りになさい! 将軍たちは敵兵に全力で応戦するだけでいいわ!」
馬車の外から飛んでくる将軍の怒鳴り声に、私も負けじと叫び返します。
丘の向こうに兵を伏せ、わざわざ回り込んで挟撃したということは相当の手練れです。こちらの戦力をきちんと把握した上での襲撃ならば、馬車が逃げる先———スティアー領のすぐ手前にも兵を伏せているでしょう。
であれば、敵兵が下ってきた丘陵の上に逃げるのが一番得策なのです。
私の命令に従って、急速に進行方向を変える馬車。敵味方関係なく押しのけるようにして猛進する馬車は、一心不乱に戦闘区域からの離脱を図ります。
「———追え! 何としても逃すな!」
賊のリーダーと思しき男が叫びますが、しかし賊徒の足は止まったままです。その意識の間隙を突いてナンコーク兵が反撃し、一気に戦況がこちらへ傾きます。
しかし———
「エレナ、やっぱり追撃が来た! このままだったら追いつかれるぞ!」
「やっぱり来たわね! ケーネ、もっと飛ばすことは出来ないの⁉」
「無理だ! 向こうは荷物を積んでないんだぞ。重量差で必ず追いつかれる!」
恐る恐る後ろを確認すると、四人の騎兵が猛スピードで馬車を追撃していました。そのうちの二人が矢をつがえたのを見て、慌てて私は頭を下げます。
瞬間、窓ガラスを突き破って飛来する二本の矢。
「なんで揺れる馬の上から精密な狙撃が出来るのよ! そんなに腕が立つなら、賊なんてやめてウチで働きなさいよ!」
「アホなこと言わずに打開策を考えろ! 蜂の巣にされるぞ!」
「軽口を叩いたのはこちらの勝利が確定したからよ。三、二、一、ほら」
私のカウントダウンが終わると共に、馬車の後方へ向けて大量の矢が降り注ぎました。
矢が飛んできた方角には、襲撃者の三倍はあろうかという数の弓兵が。全員が揃いの徽章を付けて矢を構えています。
「一体、何が……」
「自領付近で起こっている諍いに、まともな領主が無関心なはずがないでしょう? スティアー卿の手勢が、援護に来てくれたのよ」
馬車が丘を駆け上がり、その後ろから襲撃者を片づけた将軍たちが到着したのを待って弓兵たちが馬車に駆け寄ってきます。
警戒心を露わに馬車を囲もうとする護衛たちを一声で制し、私は馬車から降りてにっと笑いました。
「……エレナ王女殿下ですかな? 主の命により、貴女様の救出に参りました」
「ありがとう、おかげで助かったわ。貴方たちはスティアー卿の配下、ということでいいのかしら?」
「いかにも。かの御方の領地を守護する領兵にございます。私が司令官のイワヒム、王女殿下を安全に領主様の元へ送り届けるようにと命じられております」
「そう、なら案内して頂戴。ドラン将軍、こちらの被害は?」
「特には。傷を負った者もおりますが、皆かすり傷です」
「良かった……! じゃあイワヒムさん、案内をお任せするわね」
「かしこまりました」




