若将官は故郷へ戻ります
「おお、リック! 戻ってきていたのか!」
集落の入り口を抜けると、かがり火を焚く女性から武器の手入れをする男性まで、様々な人から青年へと声がかかります。リックと呼ばれた青年はそれらに手を上げて応じると、村の長が住んでいる家へと入りました。
「いいタイミングだ、リック!」
「王都で軍に入ったんだよな! 確か、先の戦でも部隊を任せてもらったって聞いたぞ?」
「なら、リックに指揮を執ってもらえばいい。向こうの連中なんて恐れるに足らんな!」
村長の周りで地図を囲みながら相談していた男たちが、口々に彼へ声を掛けます。男たちの言う通り、青年は共和国との戦いでエレナから騎兵隊を任されていた将兵でした。
盛り上がる場の雰囲気を緊張した面持ちで制しつつ、リックはゆっくりと口を開きます。
「いや、それどころではないかもしれないんだ。とりあえず話を聞いてくれないか?」
実戦を経験したリックのただならぬ口調に、村の男たちが一斉に口をつぐみます。
「俺が共和国との戦いで、騎兵隊を率いていたのは事実だ。だがその部隊が、今はここへと向かっている」
彼の言葉に、場の空気が一斉に凍り付きます。
リックの言ったことは、もちろん嘘です。そもそも自国の小規模な対立に騎兵隊を出すわけもなく、実際エレナが連れて来たのは歩兵と工兵だけでした。しかし、軍に在籍しているリックの言葉は男たちの脳内にするすると入ってきます。
言い換えれば、それだけ今の状況が冷静な思考を奪わせる雰囲気だということです。
「ど、どうするってんだ……何倍もの軍勢を打ち破ったような精鋭を、俺たちが相手できるわけないぞ……」
「リックは⁉ お前はどちら側につくんだ?」
「そうだ、当然俺たちの側につくよな?」
すがるようにリックへ詰めかける男たち。しかし彼は、顔を伏せて肩を震わせます。
それは怒りを抑えているようでも、涙を流すのを堪えているようにも見える姿。少なくとも、リックへと詰めかけた男たちの目にはそう映りました。
「……俺が、たとえここに残ったところで騎兵隊は止められない。奴らは容赦なく村を蹂躙し、罪人として引っ立てるだろう。司令官にドランという男がいるんだが、あいつが冷酷な奴なんだ。今騎兵隊を率いているのもドランだよ」
広がる驚きと落胆のさざ波。ほどなくしてそれは、絶望へと変わっていきます。先ほどまであれだけ盛り上がっていた場の雰囲気は見る影もなく、男たちは次々と顔を伏せます。
「軍の責任者は王女殿下だ。殿下は心優しい方だから、今回の対立も流血を避けて治めるように命じられた。だがドランが功を焦って、騎兵隊を両方の部族へ突撃させるって計画を立てたんだ。
王国にだって、一応大義名分はある。殿下が財を投じて開発した金鉱を、一部族が権利主張し始めたんだから。しかも間の悪いことに、王宮には外国の使節団が滞在してるんだ。彼らを安心させるため、事態の早期終息を望んだって不思議じゃない!」
一同が絶句します。にわかには信じられない話ですが、確かに筋が通っているようにも思えます。しかも自分たちが知らない使節団の話まで持ち出されては、反論する余地がないというものです。
「ど、どうすればいいんだ……このままじゃ、俺たちは犯罪者だぞ……」
「そうだ、王女殿下へ具申するのは⁉ 作戦の指揮をなさっているぐらいだから、近くまで来ておられるのだろう?」
「リック、案内してくれ!」
「落ち着け! 王女殿下はこのような事態も予想しておられる!」
そこでリックが声を張り上げます。
「将兵の俺が、部隊を抜けられたのも王女殿下のおかげなんだ! 殿下が『互いの部族がそれぞれ歩み寄って和解するのなら、こちらに鎮圧する理由はなくなる。もし和平を結ぶのなら、その場には私も同席するから』と仰られたのだ。
考えてもみてくれ。ご自身の利益すら投げ打って学校を設立し、我々民のために尽くしてくださった殿下が一方的な弾圧なんてするはずがないだろう!」
「儂らには、すでに和平への道しか残されていないという事か……リック、場の設営は任せられるか? 王女殿下をお迎えして、向こうの連中と和解しようと思う。
皆は村の全員に今のことを伝えておけ。かがり火を消して、武装の解除をすぐに始めろ!」
村長の決断に、部族の男たちが慌ただしく動き始めます。
その動きに手を貸すリックが、小さく微笑みながら会心のため息をついたことには、誰一人として気付くことが出来ませんでした。




