6・タクシーの男
暫くして、遠くに車のライトが近づいてきて黒塗りのタクシーが三人の前に停まった。
後部ドアが開いて運転手が前を向いたまま「どうぞ」と、素っ気なく言った。
アリアは助手席に座り、十無と昇は後部座席に落ちついた。
ラジオからは静かなクラッシック曲がながれている。時計は七時を過ぎていた。
「おなかすいたな。そうだ、何か美味しいものでも食べさせてよ」
「なにい、どうしておまえに奢る必要があるんだ」
悪びれないアリアに昇が言い返した。
「いいでしょ、付きまとわれて不自由を強いられているし」
「それはいつもと変わらないだろう」
「ああ、でも誰かさんは一文無しだったね」
と十無の方をちらりと見てから、アリアが意地悪く付け足した。さっきからずっと黙っている十無が気にかかっていたのだ。
その時、運転手がかすかに笑ったのを、十無は見逃さなかった。
「運転手さん、こいつの知り合いか」
運転手は無言で首を横に振ったが、十無は何か引っかかったようで、注意深く観察しはじめたのだった。
アリアはまずいと思ったが、どうすることもできずにハラハラしながら成り行きを見守っていた。
運転手は伊達眼鏡をかけて運転帽を目深にかぶり、顔はよくわからないようにしていた。車内にある運転手の名前表示には『中原洋』となっているが、偽名だった。
車内にある顔写真も、帽子をかぶり、眼鏡のため口元しかよくわからず、整った顔立ちで、これといった特徴がない風貌になっている。
それは、ヒロだった。
十無は昇に目配せをした。二人は運転手に何か胡散臭いものを感じ取ったようだ。
「運転手さん、無口だな。失礼だけど歳は」
唐突に昇が話しかけた。
「また、そうやって何でも知りたがる。職業病だね」
仲間だということがばれてしまうという最悪の状況をなんとか回避したいと、アリアは横から口を挟んだ。
そんなアリアの気持ちを知ってか知らずか、運転手は余裕の笑顔を見せ、初めてまともに口を開いた。
「っていうと刑事さんですか」
「ああ、そうだ。どこかで会ったような気がする」
そうはったりをかけて、十無はじっと運転手の横顔を見た。
「知り合いに刑事さんはいませんが」
運転手がふふっと笑った。
気がつくと辺りは見慣れた住宅街になり、双子達が住んでいるアパートの側まで来ていることがわかると、アリアはほっとした。
「着きましたよ、どうぞ」
「ああ、どうも」
時間切れとなり、双子はそれ以上のことを質問できずじまいになった。聞き足りなさそうにしながら双子が車を降りると、すぐにタクシーのドアが閉まった。
「おい、待て。そういえば行き先を言わなかったのにどうしてアパートに?」
十無がはっとして言った。
「またね」
助手席の窓が開いてアリアが手を振った。運転手も二人のほうを向いてウインクをした。
「あんまりアリアを引っ張り回すな。俺と会う時間が減る。じゃあな」
「おまえ、もしかしてあの女が言っていたヒロという奴か! おい、待て!」
十無は険しい顔をして、昇と共にタクシーに駆け寄ったが、車は難なくすり抜けたのだった。
視界から双子が消えたところで、ヒロが鋭い視線をちらとアリアに向けた。
「あの刑事たちと何かあったのか」
勘の良いヒロは何かを感じ取ったのだろう。アリアは即座に言葉を返せなかった。
ヒロと話すとき、アリアは無意識に緊張するのだった。
「気をつけろ」
そう言って、ヒロはアリアの首にかけているマフラーを軽く握って引っ張った。
「……何を」
「いや、分からなければいい」
含みを持った言い方をされてすっきりしなかったが、お小言がこの程度で済んでよかったとアリアはほっとした。
タクシーは加速し、夜の街に消えた。




