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8話

 フランはギルド職員用の執務室を通り、まだ獅子のたてがみのパーティと話をしているはずのギルドマスターガルビスの元に向かう。

 この大騒ぎの当事者になってしまったことに同情の視線がフランに向かう。

 同情するなら変わってくれ、と思い、ふと立ち止まって見渡すが、視線を逸らされてしまった。

 そんなことだろうと思っていた。

 変わってくれないのならここに用はない。フランは急いで執務室の裏手の扉から廊下に出る。

 すると、すぐそこまで来ているガルビスと獅子のたてがみの面々がいた。

 ちょうどいいところに! と駆け寄ろうとするフランを、ガルビスが押しとどめた。


「聞こえていた。ちょうどいい機会だ、やらせてやれ」

「そんな!」


 まさか二つ返事での許可になるとは思わなかったフランは思わず目を丸くした。


「で、でも、二人は全財産を賭けるって……!」


 そう、これでは痛み分けにもならない。

 全財産を取られてはい終わり、となるはずがない。


「そうだな。お前の懸念も分かる。ゴンゾだからな」


 ガルビスも認識しているが、ならず者が流れ着く冒険者ギルドの中でも素行が悪いことで有名なのだ。ゴンゾは。

 なので目がつけやすそうな真菜が絡まれたらフランが間に入るつもりでいた。

 実際に間に入った。

 けれども途中から真菜が持って行ってしまったのだ。

 想像以上に真菜の気が強く、一歩も引かなかった。

 完全に予想外だった。


「まあ、悪いようにはしない。この件は俺が預かろう」

「ギルドマスター……」

「よっしまとまったな。んじゃあ見に行こうぜ」

「ええ、行きましょう。あの子が戦うところが見られるわね」


 こうした気が強い新人と既存冒険者との諍いは定期的に発生するイベント。

 冒険者たちにとってはいい見世物である。

 もちろん、興味がある新人でなければ獅子のたてがみのような実力派は見もしないが。


「フラン、俺の許可があるってことで進行は任せた」

「わ、分かりました」


 ギルドマスターに止めてもらうはずだったが、その彼が率先して許可を出してしまった。

 もう、決闘をやるしかない。

 それを理解したフランは覚悟を決めて執務室に戻っていく。


「……さて。あの威圧はどんなもんなのか、見せてもらうぞ」


 誰もいなくなったところでそう呟くと、ガルビスもまた修練場に向けて歩き出した。

 真菜とゴンゾの戦いを見守るために。



「お待たせしました。両者とも準備はいいですね?」


 

 数分後。

 真菜はギルドに併設されている修練場のど真ん中で、ゴンゾと向き合っていた。

 二人の間に立っているフランにそう聞かれ、真菜は頷く。


「俺も問題ねぇ。とっとと始めやがれ」

「手順がありますから。私の話を聞かないと反則負けにしますよゴンゾさん」

「チッ」


 焦らされていると感じるらしいゴンゾは舌打ちをして引き下がる。

 この場に立つまでそう待たされなかった。

 どうやらギルド内部で話はすぐにまとまったらしい。

 真菜から見えるフランは不承不承なので、この決闘そのものが不本意だが仕方なし、というところか。

 思いのほか冷静だった真菜は、そうして周囲に目を配る余裕があった。

 ぐるりと見渡してみる。

 この決闘の観戦者はそれなりにいる。

 その人波の中には獅子のたてがみの面々やガルビスもいた。

 それで薄々とだが察する。

 どうやらギルドマスターに止めてもらおうと思ったフラン。しかし当のギルドマスターがゴーサインを出したので、この決闘が実現してしまった。

 フランが不承不承なのはそういった背景があるのだろうと推測ができた。


「さて、条件はお互いの全財産を賭けた勝負。終了条件は戦闘不能および降参か、ギルドが止めた場合になります。また、今回の決闘では多少の怪我は不問としますが、殺害はいかなる理由があってもギルドは一切看過いたしません。対戦相手が死亡した場合、厳しい懲罰対象となりますのでくれぐれもご注意ください。よろしいですね?」

「ああ、いいぜ」

「分かった」


 今回の、ということは、時と場合によっては命を賭けた決闘もありえるということだ。

 やはり異世界。

 真菜が知る常識とは何もかもが違う。

 この辺りの認識の違いも正していかねばと思いつつ、今回は殺害はなしということで安心していいだろう。

 逆に、真菜としても致死攻撃はしないように気を付けなければならない。

 勢いでこうして決闘まで来てしまったが、真菜も魔法の扱い方はこれから覚えていくところ。

 気合を入れる。初手は、決まっていた。


「それでは、これからアイアンランク真菜と、ゴールドランクゴンゾの決闘を始めます。両者構え!」


 ゴンゾが盾を前に、剣を後ろに構える。

 その立ち姿は様になっている。伊達にゴールドランクではないということか。

 しかし、相対した感じ、それほど脅威には感じない。

 実際に戦うところ見たゴウゼンたちや、剣の柄に手をやったガルビスを見ていたからだろうか。


「はじめ!」


 催し物に沸き立つ観客の声に後押しされるように駆け出そうとするゴンゾ。

 その、出鼻をくじく。

 さきほどガルビスに向けて放った魔力の威圧。

 それを、ゴンゾに叩きつける。


「ぐっ!?」


 ガルビスに剣を抜かせかけた威圧。

 それを受けたゴンゾの足が止まり、その顔には冷や汗が浮かんでいた。


「く、う……」


 カチカチと手が震え、金属音が鳴る。

 動きを封じた。

 抗おうとしているのか、抗うことができないのか。

 どちらでもよかった。

 ゴンゾに向けて右手の杖の先を向けた。


(吹き飛べ)


 真菜が選んだ魔法は、突風。

 魔法の名前などない。何でもいい。

 ただ瞬間的に強い風を起こすだけの魔法だからだ。


「うおおっ!?」


 後ろにごろごろと転がっていくゴンゾ。

 拍子に剣が手から離れた。

 十数メートル転がった先でようやく止まったゴンゾは、どうにか立ち上がろうとする。


「うっ……!」


 真菜の周囲に炎の矢が複数浮いているのを見て、ゴンゾは動きを止めた。


「てめぇ……」


 杖を持ってローブを羽織っていることから、真菜が魔術師だと気づいていたはずだ。

 もっとも、真菜からすれば気付いていなくても一向に問題は無かったが。

 それはそれとして、現状を理解していれば、これで終わりなことは分かるはずだ。

 真菜からすれば、もうこれはいつでもとどめを刺せる状態。

 魔術師を相手に魔術を使う隙を与えない。それは近接戦闘を行う者にとっては絶対にすべきこと。そのためにゴンゾは間合いを詰めようとしたのだ。距離があっては狙い撃ちされてしまうから。

 逆に真菜は時間を作ることができたら勝ちだった。

 別に詠唱が必要なわけではないが、こうして複数の魔法を同時に行使するには少し時間が必要だった。

 熟達すれば一瞬で使えるのかもしれないが、今の真菜には不可能。

 ただ、こうして炎の矢を複数使うことができた。狙い通りだった。

 真菜はすっと左手の人差し指をあらぬ方向に向ける。

 そこには、ゴンゾが手放した剣が。


「お、おい!」

「この程度の精度はあるよ」


 真菜は炎の矢を一本、その剣に向けて放った。

 目にもとまらぬスピードで飛んだ炎の矢。

 転がった剣に直撃こそしなかったがすぐそばに着弾し、爆炎を巻き上げた。

 炎と黒煙が収まった時、剣は熱と爆発によって破損していた。


「俺の剣!」

「大事なものなら離しちゃダメだよね」

「くそ、弁償しやがれ!」

「……?」


 分からない、とばかりに真菜は小首をかしげた。


「負けたら全財産なんだから、今更剣の一本くらい関係ないんじゃない?」

「ま、まだ負けてねぇ!」


 どうやらやるらしい。

 ならばいいだろう。真菜は魔力を込め、炎の矢を火球に変化させ、その数を倍にした。


「矢だと殺傷能力が高すぎるからね。これを全てかい潜って、わたしの元までたどり着けるならそちらの勝ちでいいよ」

「上等だ……があっ!?」


 声を上げた瞬間、ゴンゾの身体が小さな爆発に包まれた。

 ぷすぷすと煙を上げるゴンゾ。まだ倒れてはいないものの足に来る程度のダメージは受けている様子だ。

 真菜としてはかなり威力を搾った。ゴブリンに向けて撃った火球の威力を思い出し、それを基準に攻撃力だけダウンさせたのだ。


「ぐう……」


 火球のスピードが速すぎて避けられない。

 一発一発のダメージは、魔術の直撃を受けたにしてはそれほど大きくはない。

 ただ、何発も耐えきれるものではない。五発も受ければ確実に立ち上がれなくなってしまうだろう。これでもそこそこの冒険者経験があるゴンゾは、直感でそれを理解した。

 そして、真菜が周囲に浮かせている火球は、雑に数えても十五発以上はある。それの八割を避けなければならないのだ。

 そんなことは、ゴンゾの実力では不可能だった。

 ゴンゾの顔から、急激に戦意が消えていき、代わりに表れたのは恐怖。

 真菜にとって、ゴンゾを殺すのはとても簡単であると理解したからだ。

 今ゴンゾが生きているのは、真菜がきちんとこの決闘のルールを守っているからにすぎないのだと。

 がっくりと膝をついた。

 自分から喧嘩を売って負けたこと。今後の冒険者としての自身の活動を憂いて。


「ここまでだな。お前ら見世物はもう終わりだ」


 ゴンゾが戦意喪失したのを見て取ったガルビスが出てきて決闘を止めた。

 これで勝敗が決した。

 催し物は終わった。

 ギルドマスターにそう言われた観客たちが修練場からぞろぞろと出ていく。

 残ったのは真菜とフラン、ガルビス、そして膝をついてうなだれるゴンゾである。


「さて真菜、勝負は決した。ここから先はギルドが受け持つからお前も先に行っていいぞ」

「そう? じゃあ任せるね」

「ああ。見事なものだった」

「ありがとう」

「フラン。真菜を頼む」

「はい、分かりました。後はお願いします」


 真菜とフランが修練場を出て行く。

 ガルビスとゴンゾだけが残った。



「……手ひどくやられたもんだな」


 殺すのはNG。

 そういう制限があったからこそ、よりひどいものになった。

 殺さないように加減したアイアンランク、登録したての真菜に、ゴールドランクのゴンゾが負けたのだから。


「まあ、相手の実力を推し量れなかったお前が悪い。全財産、甘んじて払え」

「……剣はなくなっちまった。盾と鎧はギルドで査定してくれ。口座の中身もくれてやる」


 我の強いゴンゾだったが、今はずいぶんとしおらしい。

 反省しているのかどうかは分からないが、受けた衝撃は相当なものだったのだろう。

 精神的に参っている。まあ、それも仕方のないことだと思うが。

 もう冒険者をやることはできまい。

 こんな結果になって、他の冒険者からどんな目で見られるかを考えたら。


「これに懲りて反省して、今後は新人いびりをやめて真面目に依頼をこなすっていうなら、考えはなくもないぞ」


 ゴンゾは思わず顔を上げた。

 まさか。

 そんなことは無理だ。

 そう、表情が語っている。


「武器と鎧、当面の活動資金はギルドからの借金だ。利率もきついもんになる。それでもいいのなら、もう一度だけチャンスをやってもいい」

「本当か……?」

「ああ。それらすべてを呑むというのなら、再起の手伝いをしてやろう」


 特別扱いもいいところだ。

 ギルドも冒険者を大事にするが、やらかした者に対してここまで手厚くするなどまずありえない。切り捨てられて路頭に迷うしかないのが普通だ。

 これはひとえに、ガルビスのゴンゾに対する感謝と、現状を鑑みての特別措置である。

 真菜の実力の一端を披露させたこと。

 獅子のたてがみと真菜が持ち帰ったゴブリンの異常繁殖だ。

 そして、真菜に対する恨みの感情の抑制。特にこれが大きい。何もかもを失って怖いものが無くなった人間と言うのは強いのだ。恨みという強い感情のベクトルが復讐に向いた時、正に捨て身となるだろう。そうなると非常に面倒なことになる。

 その辺り、真菜はまだまだ感情で判断する子どもと言うことだ。

 ギルドとしては、真菜とゴンゾどちらが惜しいかと言えばもちろん真菜である。まだまだ十三歳の子ども。この程度のフォローはしてやってもいいと思うくらいには、ガルビスも真菜に期待していた。


「考える時間は与えてやれん。今決めろ」


 ゴンゾはこれを蹴ることは出来まい。

 どんな仕事をやってもうまくいかず、乱暴者ゆえに方々から追い出され続けたゴンゾが、最終的に流れ着いた先が冒険者だったのだ。

 どうやら冒険者としての適性はそこそこあったようで、中年になってはいるもののゴールドランクまで来ている。

 日々の暮らしには全く困らず、そこそこのぜいたくをしながら暮らしていけるだけの稼ぎはあったはずだ。

 ここ数年は停滞しているいらだちからか依頼を受ける回数が減り新人冒険者に絡むまねを始めてしまったが、それさえなければギルドとしてはゴールドランクの平均レベルで依頼を片づけていってくれる悪くない人材ではある。


「……分かった。その条件を呑む」

「いいだろう。しばらくはきつかろうが、反省は言葉でなく態度で示せ。行動に表れているうちは、少なくともギルドはお前に味方し、真っ当に扱うと約束しよう」

「ああ……すまねぇ……っ」


 ゴンゾはうずくまった。

 まあ、このくらいでいいだろう。そこまで大きな期待はしていないが、彼がまじめに仕事をするならギルドにきちんと貢献できる力があることは分かっている。立ち直るかは、彼次第だ。

 それよりも真菜だ。

 やはり想像以上の魔術の腕だった。

 ゴンゾを加減したまま下すだけの力がある。つまり、力の次元が一つ以上違うということだ。

 最低でもプラチナランク以上はあると確信ができた。

 現時点でしかも自身の目で確認できたのはガルビスにとっても非常に大きいことである。

 早く知りたかった真菜の実力の一端。

 それを見せてくれたゴンゾにそれなりに感謝しているからこそ、救済という褒美をあげたのだ。


(さて、こいつのことより、今後のことを考えねばな)


 例のゴブリンの件。

 嫌な予感がする。かつてのミスリルランクの勘が、これはまずいと訴えている。


(まずはすみやかに調査させるべきか)


 放置は当然できない。

 そして、早い対応が求められるものの、実情を知らなければ効果的な対策はとれない。

 さっそく頭の中で調査に向かわせる人員の選定を始めるガルビスだった。


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