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6話

「……何故、そんなことに」


 ゴブリンの群れについて、ざっと大枠を聞いたフランは、口元に手を当てて厳しい表情を浮かべた。

 彼女が慄くのも無理はない。

 たかがゴブリン、されどゴブリン。

 ゴブリンについて検索した結果、真菜はそのように結論付けた。

 毎年、どこの国でもゴブリンによる犠牲者が出ている。

 駆け出し冒険者でも油断しなければ問題なく狩れる程度ではあるが、そうではない、戦う力を持たない者にとっては脅威そのもの。

 ゴブリンは男を食料に、女を苗床にする。

 襲われれば男の生存はまず絶望的、女の場合はすぐに殺されることは無いが、助けるのが少し遅れれば生きてはいても心が壊されてしまう。

 故に、ゴブリンの討伐は常設依頼として全国津々浦々どこの冒険者ギルドに持って行っても報酬がもらえるのだ。


「東の森にいるゴブリンは、あくまでも小規模なコロニーを作って細々と生きているのみだったはずです」


 フランはぽつぽつと語りだす。

 真菜にとっては知らない知識である。吸血鬼の女王たるアルヘラが、一つの街の近くにある森、そこのゴブリンの事情などという些細なことまで覚えているはずがないからだ。


「そうね。全滅させるのは難しくはない。けれど、闇雲に全滅させてしまうと生態系が崩れてしまうわね」

「ええ。そうなると東の森がどうなるか分かりません。ゴブリンたちが野生動物などを狩ったり死骸をあさったりするので、均衡が保たれています」


 人間にとっては脅威そのもので害悪でしかない魔物だが、それでも生物の一角として役割がある。

 彼らの話から、肉ならば死骸でも気にせず喰らう悪食な性質が、食物連鎖の一角を担っているのだと真菜は理解した。


「そのはず、だったんです」


 アストレアが明かした情報が、フランを悩ませている。

 ゴブリンジェネラルが率いる、百匹を超える群。

 そこには剣や盾を使うゴブリンナイト、弓を使うゴブリンアーチャー、更には二匹のジェネラルのそばには、護衛と思しきゴブリンソーサラーもいたというのだ。

 これだけ話を聞けば、さすがの真菜もかなりまずい状態だと理解できる。

 獅子のたてがみはディエゴもろとも全滅しかけたのだ。相当な脅威だと認識していたに違いない。

 けれども、彼らは道中ではそんな素振りも見せなかった。

 こうして真菜にも聞かせているということは隠すつもりはなかったのだろうが、それでもあの場面それを話されても、ゴブリンを殺したことで多少なり精神的にダメージを負っていたあの時では落ち着いて聞けたかどうか。

 今は落ち着いたからこうして冷静に話を聞けている。

 それを見計らったということだろう。

 冒険者にはそういう観察眼も必要なことであると、真菜はいい勉強になったと感じていた。


「現にオレたちも全滅しかけたしな」

「そうですね。それだけの脅威だったとギルド側に認識してもらえるのなら、死にかけた甲斐もあったというものです」


 ブリードとガイエスが所感を述べる。

 ゴブリンに全滅しかけたなど、それなりの経験値を積んで鍛え上げた冒険者ならば普通は恥ずべきものだ。

 けれども二人とも、恥じている様子はまったくない。

 恥などない、それだけ脅威だった。

 全く持って普通ではなかったと雄弁に物語っていた。


「それで……」


 フランの視線が真菜に向く。

 来た、と居住まいを正した。


「そこの真菜さんに、危ういところを助けられたと……」

「ええ」

「ああ、そうだぜ」


 アストレアとゴウゼンがそう言い、他の面々がうなずいた。


「セリエラ」


 アストレアから振られたセリエラはひとつ頷いた。


「真菜が使ったのは、ファイアボールとグレイブ。それによって二十匹以上戦闘不能になった。見事な魔術だった。魔術を使ったのはたったの二回だけれど、不意打ちの面もあってそれだけ倒せたのは間違いない。でも、新手の存在にゴブリンが混乱したことで、一気に情勢がこちらに傾いた」


 あまり言葉数が多くはないセリエラであるが、魔術について話すときは饒舌になるのだろう。

 真菜が使った魔法について話すその口はよどみなく回転していた。


「統率がかなり取れててな。隙が見いだせなかったんだ。分かっちゃいたが、ジェネラルの指揮は相当なもんだぜ」

「けれど、やっぱりゴブリンね、突発的な事態に対処する力はそこまではなかったわ。ただただ、新手となった真菜に向かうばかり。あたしたちに背中を簡単に見せたもの」


 突然の攻撃に混乱し、あまつさえ背中まで見せる個体が出始めた群など、狩ってくださいと言っているようなものだ。

 一気に攻勢に出た獅子のたてがみによって群を粉砕、潰走させるに至ったのである。


「ファイアボールとグレイブ、ですか……」

「うん。威力は十分。発動も早い。ゴブリンの密集地帯かつ、私たちに被害が出ないところを瞬時に見極めた目も見事。申し分ないと思った」

「でも実戦慣れはしてねぇだろ?」

「そんなの誰だって一緒。ボクだってゴウゼンだって、初陣はあった。真菜はおそらく初陣だったか、戦闘経験が少ないだけ」

「ま、そりゃそうか……」


 初陣。それは誰もが乗り越えなければならないもの。ここにいる面々の誰にも”初”はあったのだ。それを指摘され、ゴウゼンは頭をかくしかなかった。

 セリエラは天才と称していいだけの才能の持ち主だ。

 まだ十七歳だが、めきめきと頭角を現し若手の出世頭として将来を嘱望されている魔術師で、ギルドとしても貴重な魔術師ということで注目株の一人だった。

 自分に自信と矜持がある分、魔術に対しては度を越してストイックなのが長所でもあり短所でもあるとギルドも把握している。

 そんな彼女が手放しでほめたたえる。

 これは相当なものだとフランは認識を改めた。


「お話は分かりました。私では手に余ります。少々お待ちください」


 フランは一礼すると、パタパタと会議室から出て行った。

 受付嬢の手に余るとなると、出てくるのはその上司。

 果たして誰が来るのだろうか。

 しばらく待っていると、部屋に近づいてくる二つの気配。

 扉を開けて入ってきたのはフランともうひとり。


「待たせたな」

「おう、直々か」

「そういう案件だろう、ゴウゼン」

「ああ、俺たちとしても話がはええのはありがてぇ」


 ゴウゼンと親し気に話す偉丈夫。低く少ししわがれた声は不思議とよく通った。

 真菜から見てかなり背の高いゴウゼンだが、彼よりもさらに大きい。

 真菜が小柄なのもあって、余計にそれを強く感じる。

 見上げる、という表現が決して大げさではなかった。

 彼は部屋全体をざっと見渡すと、最後の一瞬、真菜に視線を向けた。


(ん?)


 気のせいだろうか。

 見られた気がするが、本当に一瞬だった。

 その後はなんでもなさそうに、先ほどまでフランが使っていた椅子にどっかりと腰かける。

 席を奪われた形のフランだが、自分はそうするのが当然とでもいうようにギルドマスターの後ろに立った。


「新顔もいるって聞いたから名乗っておくぞ。アストレル支部冒険者ギルドのマスター、ガルビスだ」


 ガルビスと名乗った大男は、そう名乗って腕を組んだ。


「フランから大枠は聞いた。ゴブリンの件が相当やばいのは理解している。それでだ、そこに助太刀したっていうのは、そこの子どもか?」


 ガルビスは真菜に視線を向けて言う。

 中年の偉丈夫からすれば、真菜は間違いなく子どもだろう。

 彼からすればそんなつもりはなかろうが、大岩のような体躯と鋭い眼光、ただその佇まいだけで威圧感抜群だ。

 子どもを相手にして、その威圧感が恐ろしさに変換されてしまえば間違いなく泣かれてしまうかおびえられてしまうことだろう。

 真菜としては、先にゴブリンから、リアルに獲物を見る目で耐性がついていたのが功を奏していた。

 害するつもりがあるのかないのか。

 威圧感があろうとも、その差はとても大きいものだ。


「えっと、真菜と言います」


 苗字……ファミリーネーム的なものは名乗らなくてもいいのだろうと判断した真菜は、自身の名前だけ名乗った。

 ゴウゼンたちはもちろん、偉いはずのギルドマスターも名乗ったのは自分の名前だけだったからだ。


(ちっと威圧してみたんだがな……顔色ひとつ変えないとは肝が据わってやがる)


 真菜自身に自覚は無かったが、はっきり言ってその変化はかなり異質なものだった。

 実際。

 普通に自己紹介を返してきた真菜に対し、ガルビスは内心そんなことを考えた。

 そんな両者の心の変遷はさておいて、話は進んでいく。


「ええそうよ。あたしたちは確かにこの子、真菜に助けられたわ」


 アストレアがそれを認めつつ、真菜に視線を向ける。

 なんとなくその視線の意図を感じ取った真菜は、懐に忍ばせておいた手紙をテーブルに置く。


「……なんだこれは」

「ギルド宛てよ。手に取ってみたら?」

「ふむ……構わないかね?」

「えっと、どうぞ」


 聞かれたので、読んで構わないと返事をする真菜。

 何を書かれているかは真菜も把握していない。

 自分のことに書かれているらしいが、あくまでもギルド宛てだ。いわば他人への手紙なので、それを勝手に覗き見る気にはならなかった。


「商人ディエゴからか……」


 どうやら、ディエゴはガルビス相手でも名を口にさせる程度には冒険者ギルドに影響力があるらしい。

 ガルビスは顎に手を当て、ディエゴの私信にさっと目を通す。

 果たして何が書かれているのだろうか。

 ギルドに登録する力になる、とのことだったが。


「なるほどな」

「何て書いてあったの?」

「将来が楽しみだから正しい判断をお勧めする、だとよ」

「へえ、ずいぶんじゃない」

「全くだ」

「?」


 少しいじわるな笑みを浮かべたアストレアと、苦笑したガルビス。

 二人の表情の意味は真菜には理解できず首をかしげるのみだったが、当人たちは当然理解している。

 ギルドはディエゴに間違えるなよと釘を刺されたわけだが、何も無ければそんなことを言われたりはしない。

 つまり、過去にそれをやらかしたことがあるというわけだ。

 当然やられた冒険者側は面白くない。いつ自分たちが間違いの被害を受けるか分からないからだ。

 一方ギルドとしても、こう言われるのは面白くはないが、前科があるので仕方なし。

 それがアストレアのいじわるな笑みと、ガルビスの苦笑に表れた。


「ディエゴお墨付きか。ずいぶん買われたもんだな」

「はぁ……」


 と言われても、手紙の内容を今知ったのでそれしか返事のしようがない。


「ふむ……真菜、お前は冒険者になりたいか?」


 そう訊かれれば、もちろんこう答える。


「はい、十三歳ですが、なれるのなら」

「十三か……いや、十二歳からだからなれるぞ」


 一瞬ガルビスが詰まったのは、十三歳に見えなかった、幼く見えたからだと真菜にも分かった。

 分かっている。同級生の中でも背が低く、制服を着ていなければ普通に小学生に見られていたのだ。中学に上がりたてだったから仕方ない、と真菜は思いたがったが。

 仕方ないと思う反面、そんなに子供っぽくないと心のどこかで思う真菜である。

 もっとも、ガルビスが詰まったのはそれだけが理由ではない。

 日本人である真菜は、押しなべて幼く見えるのだ。

 それは異世界だから起きることではなく、地球でも起きていたことだ。


「そうですか。問題ないのなら、なりたいです」

「そうか。それならば……せっかくここに俺がいるんだ。ディエゴの口添えもあることだし、この場で実力をちぃと見てやろう」

「ちょっと、ギルドマスター」

「心配いらん。何もここで魔術を撃てってんじゃない」


 ここで実力を見せるということで慌てるフランを、ガルビスは落ち着かせた。


「そうだな。魔力でもって俺を威圧して見せろ。それだけでいい」

「お眼鏡に叶ったら飛び級、ってやつですか?」


 冒険者にはランクのようなものがあるのではないか。

 そう思った真菜は、無知を装って聞いてみることにした。


「甘く見るな。いきなり上のランクにはさせてやれん」

「そうですか……そうですよね」


 いきなり飛び級で冒険者になる。

 かの「転姫」の主人公は、転生後にひそかに行っていた修行によって実力を認められ、GからSまであるランクのうちDからのスタートだった。

 大型新人の登場か!? と沸くシーンは、間違いなく真菜にとっての最初の山場である。

 さすがにそう甘くはないらしい。分かってはいたが、真菜はついがっくりとしてしまった。


「ランクは冒険者を護るためにあるもんだ」


 真菜にはゴブリンを複数匹まとめて消し飛ばす力がある。それは間違いない。

 しかし、実力があろうと、冒険者として生きるための知識が最初からすべて身についているわけではない。

 そういった無知からの死で将来有望な若手を失わないためにこそ、ランク制度があるのだとガルビスは説明した。


「だが……お前は既に実戦も経験しているからな。この試技結果次第でランクアップの査定に加点してやることはできる」


 ランクアップは当該ランクで規定数の依頼をこなした後、ギルド側の査定によって問題なしと判断された者だけが試験を受けられる。

 査定で点が足りなければ、これこれの依頼を追加で受けて点と経験を補えとアドバイスされるわけだ。

 その査定に、加点してもらえるということ。

 メリットが無いわけではないようだ。

 そう考えた真菜だが、実際はとんでもないことである。現に、フランはその驚きを表に出さないよう必死だった。

 ランクは冒険者を護るためにあるので、その査定は当然シビアなものになる。駆け出しがバタバタと死んでいくギルドで誰が登録しようと考えるのか、ということだ。

 それを、ギルドマスター直々に査定を甘くすることも考えると言っているのだ。


「さて、魔力による威圧だ。やってみろ」


 魔力による威圧。

 どうやればいいのか、真菜にはさっぱり分からなかった。

 アルヘラから巨大な力を渡されたのは確か。けれども、いちいち細かい使い方までは教わっていない。

 しかし分からないことを前にして、真菜にはやれることが一つあった。

 そう、困った時のオレンジマークのスマートフォンである。

 それによると、魔力に感情を乗せて放出することを言うらしい。

 主な用途としては威嚇。敵の足を止めさせたり、だ。効果が高ければ完全に委縮させ、敵をただの的にしてしまうことも可能なのが魔力による威圧。

 なお、真菜には関係のない知識ではあるが、戦士などは闘気や覇気で魔力の威圧と同じことができるし、もっと上のレベルになれば戦士や魔術師といったジョブに関わらず、実力からにじみ出る存在感だけで威圧が可能とのことだ。

 それはともかく。

 魔力に感情を乗せる。


(足を止めたり驚かしたりするなら……これから攻撃する、叩きのめす、でいいのかな)


 もっとも感情が現れるのは……そう、あの光景。

 地面に横たわった真菜を踏みつけようと振り上げられた足。

 あれを甘んじて受けるなんて二度とごめんだ。思い出すだけで、カッと目の前が赤くなるような感覚さえある。

 もしも今彼女たちと再会したら、容赦も躊躇いもなく魔法で迎撃するだろう。その結果どうなるかなんて、心底どうでもいい。

 その、怒りもないまぜになった、激情のるつぼ。

 それを魔力に乗せて――ガルビスに向けて解き放った。


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