5話
「それではこちらをお持ちください」
ディエゴが差し出したもの。
獅子のたてがみに依頼完了証明書。
真菜には、ギルドへの私信が記載された封書。
「これがあれば、冒険者になる手助けになるでしょう」
「ありがとうございます」
「いえいえ、あなたほどの腕前で冒険者になっていなかったのが不思議なくらいです。良い判断でしょう」
街に入ってからここにたどり着くまでの道すがら、身分証明をどうするかの話になった。
そこで魔術と言う戦闘手段もあることだし冒険者になったらどうかと勧められたのだ。
冒険者になるということについて、ディエゴに太鼓判を押すような手放しに近いほめ方をされ、真菜は照れ臭くなってしまった。
けれども否定はしない。
修行などをしたわけではないけれど、対価を支払って得た力なのだから。
もとはアルヘラのもの。真菜にとっては貰い物の力ではあるが、これを手に入れるために何度も死んだ方がマシと思うようなきつい経験をした。
なので力を振るうことにためらいはないし、自分が得たものであると遠慮をするつもりは無い。
それがおごりにならないように気を付ければいい。アルヘラに、見限られぬように。
「それからこちらはお礼です」
追加で小さな革袋を手渡された
「これは……」
手に持っただけで分かる。
この中には金銭が入っていると。
アルヘラから宝石や貴金属、それから貨幣を持たされているので当面は困らないが、それでもありがたいことには変わりない。
「どうか受け取ってください」
懇願に近い形で言われ、真菜は彼らと出会ったときのことを思い出す。
救われてその礼をしないなど、商人の風上にも置けぬと。
これを渡すのは彼にとってのプライドなのだ。
真菜はありがたくこれを受け取っておくことにした。
「ああ、それと」
「?」
まだ彼の話は終わっていないらしい。
「冒険者になるのならば今後は敬語は使わなくても良いでしょう。冒険者というのは敬語など使わないものですからね」
「そうなんですか?」
「ええ。まあさすがに貴族などが相手の場合は最低限の礼儀として必要となりますが……高ランク冒険者にもなれば、貴族や王族相手にも使わなくなる者もおりますね」
「そうだな。まあいちおうきちんとした理由もあるんだ。無意味にこうしてるわけじゃねぇからな」
「へえ~」
現役冒険者のゴウゼンも言うのならそういうものなのだろう。
二人から聞いた冒険者のならわし、敬語を使わない、というやつに真菜が頷いていると、ディエゴは笑った。
「そういうわけで、今後は私にも敬語は不要です」
「わかり……うん、分かった」
「是非、うちの店をごひいきに」
慣れないことをする真菜に対し、ディエゴはうんうんと頷いた。
真菜としては年上相手に敬語を使わないのはすわりが悪い。
けれどもそれが冒険者の習慣だというのなら倣い慣れなければ。
郷に入れば郷に従え、という四字熟語もあることだ。
さて。
これで獅子のたてがみの仕事も、真菜の用事も終わりだ。
「よし、行こうぜ」
「ギルドまで案内してあげるわ」
「お願いしま……うん、お願い」
ギルドに向かうという獅子のたてがみの面々についていって、そこで冒険者になるのだ。
最低ランクであっても身分証明証としては十分な効力があるという。
ならば作らない理由が無い。
魔術で稼ぐとなったときに、ゴブリンなどを倒すことでお金を得られるのは非常においしいことだと思うのだ。
それに、憧れがないこともない。ひどいいじめを受けていた真菜にとっての数少ない癒しのひとつがweb小説だった。中でも異世界のお姫様に転生し、婚約破棄から出奔して冒険者になり自由と素敵な彼氏、そして名誉を自力で手に入れ、功績によって方々を見返す作品「転生したお姫様は自分だけの王子様を手に入れる」、略して「転姫」が大好きだった。
彼らについていきながら、冒険者になれることを楽しみにしていることに、真菜は気付いたのだった。
◇
歩き去っていく小さな背中を、ディエゴは目で追った。
実に素晴らしい才能。
商人としては平凡な才能しか持たなかったディエゴとしては、実に羨ましいと思った。
その道のりは平たんではなく、幸運もあったのかもしれない。
けれども、その幸運を掴み取るべく動いたのは彼女だ。
ただ座って口を開けていれば親鳥が餌を運んできてくれる、そんなことはありえないとディエゴは良く分かっている。
彼とて自分の才覚が通用する範囲で、足が棒になって折れるかと思うほどに走り回ってやっと店舗を構えたのである。
「まあ、無い物ねだりをしても仕方ありませんがね」
あれだけの若さであの魔術の実力。
ディエゴも幼い頃は、ああして冒険者になって強さで自分を顕示するという未来を夢見たことがった。
けれども剣を振っても大したことはなく、魔術の才能もなかった。
冒険者になることはできるが、ちょっと運が悪ければ早晩死ぬことになる――と出身の村の衛兵に言われ、断念したのだ。
その後は街に出て商人の丁稚から始め、今に至る。
「それよりも、あの子とかかわりを持てたことを幸運に思わなければ」
本当に思わぬ縁を拾ったものだと、自身の幸運を神に感謝するディエゴである。
真菜に出会えたこともそうだし、仕入れのために向かった街で、アストレルに戻るという獅子のたてがみを捕まえられたこともそうだ。
優秀な冒険者とつながりが持てるのは商人としていいことだが、それだけではない。
念願叶い、冒険者を主なターゲットにした店を開けたところなのだ。
ここでは揃えられない商品も紹介できるよう、あらゆる方法を駆使して伝手の構築もしている。
自身が叶えられなかった冒険者の夢。
今は、若人がその夢に挑戦する姿を見て応援するのが彼の楽しみ。
商人とは、ディエゴにとって趣味と実益を兼ねていた。
「あれだけの実力ですから、色々と面倒は起きるでしょうが……是非、また来て欲しいものです」
ディエゴの実感がこもった言葉。
この街で数多の人と関わる仕事をしているからこそでたもの。
そして、この街は悪い街ではないが、決していい街でもないことも、彼は良く知っていた。
後に、年老いたディエゴは語ったという。
あの出会いは本当に素晴らしいもの。
まさに彼女は幸運の女神であったと。
◇
雑多な空気と騒がしさ。
それは、真菜がイメージしていた冒険者ギルドとそう変わりなく。
獅子のたてがみに連れてこられた真菜は目を輝かせて中を見渡していた。
「よし、んじゃ色々済ませちまおうぜ」
ゴウゼンが先導してギルドの中を突っ切ってカウンターに向かう。
「あら、ゴウゼンさん」
「フランちゃん、今戻ったぜ」
まだ夕方前で、これから混み始める時間帯。
なので受付カウンターは空いていた。
それでもギルドの中が騒がしくアルコールの臭いが充満しているのは、依頼を早く終わらせたり、今日を休養日にした者たちが心の洗濯と称して飲んでいるからである。
彼らに尋ねれば、昼間っから飲む酒は美味い、と言われることだろう。
真菜は酒など飲んだこともないので、味など分かるはずもないのだが。
「無事で何よりでした」
「おう、戻りがてら護衛の依頼を受けてきてな」
ゴウゼンが依頼完遂の証明書をカウンターに置く。
受付嬢である青髪の美女フランは、それを手に取って上から下までさっと眺めると、ひとつ頷いた。
地球ではありえない地毛の色に、改めて「ここは異世界なんだなぁ」と感慨深く思う真菜をよそに、話は続く。
「ああ……これは、ディエゴさんですね」
冒険者に対して商売を展開しているディエゴのことは、ギルドも承知しているのだ。
「おう、向こうから指名されてな」
金額の割もよく、食事代なども多少もってくれるディエゴの護衛依頼は冒険者にとっては良案件である。
もっとも、護衛依頼は一人前と言われるランクを超えてから受けられるようになるので、その割の良さを味わうには自分の実力を上げなければならないのだが。
「はい、確かに完了となっています。お疲れさまでした」
「報酬はいつも通り振り込んでおいてくれ」
「了解しました」
報酬はすべて冒険者ギルドの口座にて一元管理するのが獅子のたてがみの習わしだった。
「……それで、その子は?」
フランは、見かけない真菜の存在に一目で気付いていた。
何か事情があるのだろうと気になったが、ひとまずは仕事を優先したのである。
ともあれ、護衛依頼の仕事は証明書を見て完了したのを確認し、証明書を完了のトレイに置くだけだ。
日払いが必要な新人冒険者と違い、口座に振り込んでおくだけなのもこの場での手続きが簡単になる理由である。
これが討伐依頼で即金払いだと、当然ながらここまではやく終わらない。
「ああ……それについてちっと話したいんだがよ……」
少し声を潜めたゴウゼンに何か気付いたのか、フランは「ちょっとお待ちください」と言い残して裏に引っ込んでいった。
そしてすぐに戻ってくると。
「部屋を押さえたのでそちらでお伺いします」
「分かった」
フランの案内で通された部屋は、ある種の会議室だ。
ここではあまり公にしたくない、或いはすぐには明かせないことを話すのに主に使われる。
簡易ではあるが魔術的な防諜もかけられており、中での会話が聞き取られることはめったにない。
「それで、なんでしょうか?」
腰を落ち着けたところで、フランが改めてゴウゼンらに問う。
……当然、真菜は置いてきぼりだが、今は声を上げる時ではないと口をつぐんでいる。
すると。
「よし、アストレア、頼む」
「ええ? またあたしなの? ちょっとは自分で話すことを覚えなさいよ」
「いーんだよ、俺が話すよりお前の話の方が分かりやすいんだからよ」
「……ったく。フラン、あたしが説明するわね」
そのやり取りはいつものことのようで、フランは苦笑して頷いた。
「えっとね、端的に言うと、森の中で大量のゴブリンに襲われて。あやうく全滅しかけたのよ」
「ええっ?」
フランは思わず立ち上がった。
この街の近くにある森と言えば、東の森以外にはない。
そこはいわば初心冒険者がパーティを組んで本格的に狩りを覚えていくための登竜門的な位置づけだ。
駆け出しの冒険者が狩りに行くことを冒険者ギルドが認めるほどだ。
ギルドとしても、今後大成するかもしれない新人冒険者をいたずらに散らせるのは大きな損失になるかもしれないと理解している。
そのうえで駆け出しが狩りに行くことを認めているのだから、当然ながら危険が無いとは言わぬものの難易度はかなり優しい。
だからこそ登竜門的位置づけになっているのであって、少なくともCランクである獅子のたてがみほどのパーティが全滅の危機に瀕するような場所ではない。
「何があったんですか? ……いえ、何がいたんですか?」
そう。
獅子のたてがみの実力は確か。
ゴブリンなど、百匹群れたところで彼らにとっては物の数ではない。
そうではない何らかの要因があった、或いはいたと考えるのがふつうである。
「そうね、いたわ。ゴブリンの群れを率いていた、ジェネラルが二匹」
「ゴブリンジェネラル……!」
フランは今度こそ目を丸くし、アストレアをまじまじと見つめたのだった。




