4話
「ええっと、わたしは真菜といいます」
「真菜、ね。名前といいそのきれいな黒髪といい、極東の出身かしら?」
言われて知識を検索する。
確かに極東の方には、日本を連想させるような土地があるようだ。
相手が勘違いしてくれるならば好都合。
どうせ、異世界から来た、などと荒唐無稽なことを話しても信じてもらえないだろうと真菜は判断した。
「はい、ずっと東の方から来ました」
嘘は言っていない。
確か地球の欧米でも、日本を含むアジア一帯を極東、と言い表すこともあると授業で聞いたことがある。
細かい区分、正しいところは分からない。当時は「ふーん」と思った程度で調べなかった。
東の方を極東、というからには、この辺りからはかなり遠い地域なのだろうと推測ができる。
アルヘラの知識から調べた限りでは、日本のようにお金を奮発すれば外国に行ける、というような遠距離移動手段は民間には普及していない。
一般的には向かおうとするだけでも数か月がかりの大移動なのだとか。
であるならば、雑な言い訳でも運が悪くない限りバレることはあるまい。
「ふうん、そっか。大変だったのね」
真菜の簡単な言い訳を聞いたアストレアは特に追及などもせず、頷いて納得したようだった。
端的な言葉から、様々な事情があるのだと勘違いしてくれたのだろう。
正しく人に言えない事情を抱えているので、勘違いなどではなく大正解なのだが。
ともあれ、良くここまでたどり着いた、と言わんばかりに真菜に同情的な視線を向けてきた。
「それでこの後はどうするの? やっぱりアストレルに向かってるのかしら?」
「アストレル?」
聞いたことのない名称が出てきて、真菜は首を傾げた。
「この先にある街よ。向こうから来たんだから、街に向かってると思ったんだけど」
違うの? と疑問符を浮かべるアストレアに、真菜はその街に行きたかったと肯定した。
真菜としては、アルヘラの知識で国と首都は分かっている。
けれども彼女としても、その国に多数ある街の名前と場所まではいちいち覚えなかったようだ。
まあそれもそうだろう、吸血鬼の女王からすれば、人間の街のひとつひとつなど些事に違いない。
「ああ、街の名前は知らなかったのね」
一方、アストレアはそういうこともあるか、と頷く。
彼女からすれば、街の名前を知らない真菜は妙だった。
そこを突っ込むのは止めておいたエルフの美女である。
見る限りお供もいない、少女の一人旅。
通常なら強制的に止めるべきだが、真菜の魔術の腕はかなりのものだ。
あの火球も、地面から生やした石の杭も、詠唱している素振りもなく発動していた。
ゴブリンが塊となって大量に自身の元に押し寄せているときも、恐怖心は覚えていたようだが狼狽はしていなかった。
あの恐怖心は持っているのが正しい。
戦闘において恐怖を覚えないような、鈍感と言うか蛮勇と言うか、そういう者から死んでいくと、アストレアは経験則で分かっていた。
正しく恐怖を覚え、それでも硬直せず、恐慌しないで戦う。
冒険者歴はそれなりに長いアストレアから見ても、じゅうぶんに初心者を脱していると思える。
それならば、とやかく言うまい、と決める。
冒険者としては、他人の事情に基本的には踏み込まない。
踏み込めば踏み込まれる。
これは暗黙の了解というやつだ。
「あたしたちもアストレルに向かってるの。一緒にいかない?」
「いいんですか?」
思いもよらない申し出に、真菜は思わずそう尋ねた。
それに対してアストレアはにっこりと笑った。
同行していいのならばぜひそうしたい。
1人でもたどり着けるだろうが、都度場所を確認しながらになるので、結構な手間なのだ。
「というわけで、いいわよね、リーダー?」
「たく、その流れじゃ断れねぇじゃねえか。まあ、断るつもりなんざねぇけどな」
アストレアが言うと、盗賊顔の中年の男は髪をばりばりとかいてため息をついた。
慣れた感じのやり取り。
リーダーは彼なのだろうが、アストレアが主導権を握ることも結構あるようだ。
まあ、そういうこともあるだろう。
「じゃあ、あたしたちのクライアントと、他のメンバーも紹介するわね」
「はい」
紹介されたのは、商人をやっているコボルトのディエゴ。彼が冒険者パーティ獅子のたてがみを護衛に雇ったという。
「お若いのに素晴らしい魔術の腕前。実に心強いことです」
と、真菜を幼いとは一切言わず、また事情を何も聞かず、同行を了承した。
ばかりか。
「街に着きましたら是非お礼をさせてください」
「お礼なんて、そんな」
「もらっておきなさい。ただで何かするなんてダメよ」
「その通りです。それに、助けられたのに礼をしないなど商人の風上にもおけないのです。どうか私の顔を立てると思って」
「はあ……、そこまで言うなら……」
真菜にはその真意は分からなかったが、ディエゴとしては優秀な魔術師が同行するということは即ち優秀な護衛がひとり増えるということ。
また場合によっては知己を得られるということ。
心証をよくするためにはなんでもする所存だ。
もっとも、お礼というのは心証どうこう以前の問題で、ディエゴが商人であるために必要なことである。
商人も生き馬の目を抜く厳しい世界。救われておいて礼をしなかったという話が広まれば、今度はディエゴが足元をすくわれる。
純粋に商人としての才能が無い、という話にもなるのだ。
ともあれ、真菜は商人の馬車に同行して街を目指すことになった。
他のメンバーを紹介してもらいがてら話を聞くと、街まではもう二時間もしないうちに着くという。
先刻自分で確かめたときにも、それほど離れていなかったのでまあ妥当なところだろう。
エルフのアストレアから紹介を受けたのはパーティの面々は、リーダーのゴウゼン。
狼獣人の男性、斧使いのブリード、人族の女性、スカウトのシーラ。リザードマンの男性、弓使いのアンセル。人族の女性、魔術師のセリエラ。人族の男性、神官のガイエス。
セリエラを除き全員が成人済み。
オレンジマークのスマートフォンで調べてみた印象では、なかなかにバランスのいいパーティであるようだ。
「偉いもんだな、一人で旅なんてよ。オレがガキの頃はバカしかしてなかったぜ」
「そりゃそうだろうな。お前なら。だがここまで来れたんだ。それは素直に誇っていいだろ」
「だが危険。今回はよかった。今後はひとりは避けるべき」
「……同じ魔術師として忠告する。できれば……仲間がいた方がいい」
「そうですね。術者は基本、敵を引き付けてくれる仲間が作った隙を利用して術を行使するものです」
順にブリード、シーラ、アンセル、セリエラ、ガイエスである。
彼らからの忠告は押しつけがましいものではなく、純粋に真菜を心配してのものだ。
その優しさは、はっきりいって母親以外では久々に受けたもの。
故に、真菜はその忠告を素直に聞き入れることができた。
しかも彼らの人ができているのは、真菜の過去について一切詮索してこないことだ。
一応バックボーンについては簡単なエピソードを捏造してある。
アルヘラの知識にそうした方がいいとあったので、それに従ったのだ。
だが、それはあくまでも捏造。
表に出すたびに嘘をつくことになるので、話さなくていいのなら話したくない、というのが真菜の本音であった。
「間もなくつきますよ」
とりとめのない会話を続けていると、御者台のディエゴから声がかかった。
馬車の荷台でのんびりとしていた真菜は、そういわれて幌の隙間から外を覗いた。
すると、立派な城壁が少しずつ迫ってきている。
高さは十メートルはあるだろうか。
こちらから近づいているので迫っているように錯覚しただけだが。
やがて馬車は街に入るための検問の列に並んだ。
なかなかに長い列ができている。
「結構大きな街ですね」
「そうね。この辺りでは一番大きな街じゃないかしら」
アストレアが言うには、この街は各地方の主要都市から続く街道が集約するところで、交通の要衝になっているのだという。
各方面から訪れる人間が多いため、自然と街の規模は拡大されていったのだとか。
この国全体で見ても、五本の指に入るほどの巨大な街。それがアストレアだそうだ。
なお、この国はダルダリアス王国。はるか昔、この地域にはびこっていた魔物を討伐するために近隣に住む人々をまとめ上げた英雄が立ち上げた国だ。
国家機関だけでは手が足りない諸問題を解決するためにその英雄が作り上げたシステムが冒険者、そして冒険者ギルドのはしりである、という文献が正史として代々受け継がれている。
ともあれ、二千年は昔のことなので真実を突き止めるには至っていない。今も歴史学者らそれぞれ様々な説を立ち上げては侃侃諤諤とやり合っている案件だ。
アルヘラはそれ以上の時を生きているので、それが真実だと知っていたが。
真菜は、この件については何があっても心に秘めておこうと決める。下手につつくと大騒ぎになりそうだし、それをどこで知ったか問い詰められれば、自分の事情を全て詳らかにしなければならないからだ。そして正直に明かしたとして、信じてもらえない可能性の方が高い。
それはさておき、待つことしばらく。
ディエゴの馬車の順番がやってきた。
「身分証を」
口調も態度もかっちりとした兵士が、ディエゴに話しかける。
「門番ご苦労様です。こちらを」
ディエゴは用意してあった商人ギルドのギルド証を提示した。
世界中に根を張る商人ギルドの所属であれば、大体の街では身分証として認められる。
門番は持っていた水晶をギルド証に翳した。
これは犯罪歴、指名手配がされていないかを見る魔道具だ。
ひとまずそれが無ければ、危険な者ではないということで通行が可能である。
「商人ディエゴか、優良な商売人であると聞いている。こちらは問題ない。では、次に荷台を検めさせてもらう」
「ええ、どうぞ。商品と現金のほかに護衛の冒険者たちも乗っています」
「了解した」
「なんだ、獅子のたてがみか。お前たちなら問題ないことは分かっているが、これも規則でな」
「毎度同じこと言わなくていいんだよ。ホレ、ご苦労さん」
「ああ」
どうやら、ゴウゼンらはこの門番兵と知己のようだ。
ゴウゼンはあらかじめ集めておいた全員分のギルド証をまとめて門番兵に手渡した。
幌を開けた門番兵は、ゴウゼンたちのギルド証を次々と改めていく。
冒険者ギルドが発行したもので、商人ギルド証と同じ確認方法、確認内容となる。
「そこの娘。お前も身分証を出せ」
そう言われるのは当たり前の流れ。
しかし真菜は困った顔をするしかなかった。
身分証など持っていない。アルヘラが用意した物資には様々なものがあったが、身分証はなかったのだ。
「あら、真菜ちゃん、身分証無いの?」
「えっと、はい……魔物に襲われた時に無くしてしまったみたいで」
何も考えずに口から出たとっさの言い訳。
こんな嘘をついて、相手が乗ってくれなかったら次になんていうのか……と考えるも後の祭り。
しかし、アストレアたちが同情的な視線を向けてきたことで、これで通用したことが分かった。
アストレアたちは真菜が魔術を使えると知っているのだが、それゆえに魔術師一人ではどうにもならない状況は多々ある、というのも良く分かっていたのだ。
例えば半包囲されたような状態でろくに魔術を使わせてもらえなければ、魔術師など戦闘力のない一般人とそう変わらない、という認識は、武器を取って戦う者ならば誰もが持つ共通認識だ。
もっとも魔術師も魔物と戦う者。刃を手に直接肉を裂かないだけで、現場には出る。とはいえただやられてしまうのは三流のやること。そういうこともあろうかと、逃走の手段をいくつか用意しているのが当たり前だ。
あれだけの火球と石の杭の魔術が使える真菜なので、そういった逃走手段で逃げ出し、命は拾ったもののはずみで身分証を落としてしまったのだろう、とアストレアたちは勘違いしたのだった。
「そうか、それは不運だったな。では、仮の身分証を作ってもいいんだが……」
「ああ、こいつの人間性については獅子のたてがみが保証するぜ」
「私も保証しましょう。彼女には助けていただいたのです」
「……そうか。ならば問題ない。すぐに仮身分証を持って来よう」
門番兵は別の兵士に変わりを頼み、裏へと引っ込んでいった。
「あの?」
身分を保証する。
真菜にとっては簡易の後見人ができたのと同じ。ありがたいことだが、何故そういう話になったのだろうか。
「えっとな、人間性について保証するやつがいなくても仮身分証は作ってもらえる。けどその場合は門番兵の聴取の後になるんだ。この聴取が長くてな」
ブリードが言う。
なるほど、そういう理由なら分からないでもない。
とられる時間を考えると、身分を保証した方が効率的というわけだ。
ただ、身分を保証するということは、保証した人間が責任を負うということではないか。
そんな真菜の懸念を読み取ったのだろう。
「俺たちだって誰でも保証するわけじゃねえ。お前さんを見てきて問題ないと思ったからだ。心配すんな」
「そういうことです。それに、街の中でどこかのギルドに所属するなりして身分証を改めて発行したら、保証もそこまでですし」
身分証は無いと支障が大きいので、できればすぐに作った方がいいと、獅子のたてがみの面々も、商人ディエゴも口をそろえた。
そういうことなら、厚意に甘えておこうと決める真菜である。
すぐに先ほどの門番兵が戻ってきた。真菜は仮身分証である鉄のカードを門番兵から受け取った。
無くして再発行となるとかなりの金額を取られるので管理には要注意とのことである。
真菜はそのカードをマジックバッグに入れておいた。
「では、ようこそアストレルへ」
門番兵の歓迎する声を受けて、馬車は街の中へ入っていったのだった。




