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16話

 結論から言えば、アズの勘は当たっていた。

 授業は滞りなく進み、昼休みに突入した。

 昼休み後は実習授業を行って、今日のカリキュラムは終了する。

 平凡な一日。

 アズの胸騒ぎも杞憂かな? という考えがよぎるほどに、何もなかったのだ。

 食事も終えて、午後は実習授業だ。

 魔術の行使実習は、専用の大演習ホールで行われる。

 だいたいではあるが、一般的な体育館を三つ横に並べたくらいの広さだ。

 これだけの広さがあれば様々な実習が可能である。

 さらに、ホール内部には保護結界が張られており、魔術が的を外して壁に飛んだ際に、建物の破損を防ぐことが可能だ。

 そこに全生徒五十四人が並んでいる。


「さて、始めるわ。全員準備はいいわね?」

「何かありましたら今のうちに申告なさいませ?」

「始まってからは聞かねえからな」


 確認のために問いかけてみたものの、生徒たちから声は上がらなかった。

 よってこのまま授業開始だ。

 彼らの目には、だいぶ生気が戻ってきているように見える。

 過日の実地演習にて六人の生徒がリンクバーグの地を生きて踏むことができなかった。

 そのため生徒たちの心のケアをしながら授業は続いた。

 やはりここでも、立ち直るのが総じて早かったのは帝国民。

 少し時間がかかったのは日本人だ。

 死ぬことが身近にあるかないかの差だろう。

 とはいえ、現在はこうして授業に出ることが出来ているのだから、ひとまずは上々、というところだろう。

 個々人で差が出るのは仕方がない。

 誰かと比べるようなことではないのだから。


「さて……今日は、弱い魔術を撃ってもらうわ」


 真菜が言う弱い魔術とは何か。

 そんなもので敵を殺せるのだろうか。

 そのような疑問は、授業の最初期だったら抱いたことだろう。

 しかしここまで幾度か授業を受けてきた生徒たちが、真菜の言葉の意図を理解できない、ということはない。

 魔力を調整しなければ弱い魔術にはならない。

 魔力の調整力を試す、というわけだ。

 大量にただ魔力を使うだけなら難しくはない。

 しかし少なく抑えるというのはなかなか難度が高いのだ。

 真菜は杖をアリスに預け、右手の人差し指を無造作に的に向ける。

 五十メートルほど先、木の杭に魔力吸収のエンチャントがかけられた的となる鎧が。

 指先に、ビー玉ほどの小さな火球を生み出し、放つ。

 それは五十メートル先の鎧のほぼ中心に命中した。


「デモとしてはこんなところね。さ、まずはやってみて。そして、うまくいかなかったところ、うまくいったところをきちんとメモにとっておくのよ」


 そういって、真菜は生徒たちを試射場に放流した。

 真菜が今放ったのは魔法ではなく魔術だ。

 この街に来てから本腰を入れて習熟した魔術。

 歴は短いものの、魔法の知識とアルヘラから得たもろもろによって、熟練の魔術師とそん色ない技量を誇っている。

 使えることと扱えることは違うと真菜も理解はしている。

 ただ、こうしてデモンストレーションをしたり、理屈を教えたりする分には全く問題ないレベルに仕上がっていた。


「場所は限られていますからね、譲り合って使ってくださいまし」

「目に余るヤツは放課後アタシが揉んでやるからな」


 試射場のブースは全部で二十。五十四人が一度に魔術を行使することはできない。

 アリスとアズに言われた生徒たちは、おおよそ三度の魔術行使で交代している。

 生徒たちがそれぞれ考えながら実習に励んでいるのを眺めるだけ。

 今、各々に足りないものを、一から十まで教えることはできる。

 ただそれをしてしまうと、課題を見つける力が養われない。


(ま、教導の仕方については受け売りだし、わたしが偉そうに言えることじゃないのだけれど)


 扱えるように努力はしたが、素地という意味ではここにいる帝国出身の生徒はもちろん、日本出身の生徒ともはるかに高いところからのスタートだった。

 どの口で、と思わなくもないのだが、死ぬ寸前まで追い詰められて運よく助かって得た力。

 運も実力のうち、は、冒険者をしていて肌で実感してきたこと。

 今得ている名声と財産と実力を、少々の後ろめたさと引き換えれば得られるのだから。

 ところで、のんびりと授業をしているようだが、実際にはそうではない。

 いや、授業自体はいつも通り、真菜に限らずアリス、アズから見ても、ひな鳥が努力する姿はほのぼのとしたものだ。

 しかしそれは外面だけの話。

 実際、その内面は全く別である。

 おそらくそろそろではないかと、真菜たちはもちろん、学院側もそう認識している。

 だから今現在、暁はそろって生徒たちと共にいるし、科目ごとに担当教諭が違う座学でも、三人のうち一人は必ず生徒たちのそばにいる、という配置になっている。

 ずん、と地面が揺れる。

 地震にも似ているが、それとは違い一瞬で収まる揺れ。

 間をおいて遠くから響き渡る爆発音。

 それも一度や二度ではない。


「来たな」


 壁に背中を預けて腕を組み、目を閉じていたアズ。片目を開けてぽつりとつぶやいた。


「そうですわね。機を見ていたのでしょう」


 アリスはアイテムボックスから槍を取り出す。


「落ち着きなさい」


 手を二度たたき、生徒たちの視線を集める真菜。手をたたくと同時に魔力を拡散させ、強制的に気付けをさせたのだ。

 爆発音と地面の揺れにパニックに陥りかけていた生徒たちは、真菜の声と魔力の波動で無事に注目を集めることができた。


「襲撃を受けているわ。下手人の標的はおそらく、貴方たちよ」


 再びざわつく生徒たち。

 だが、先ほどよりも取り乱してはいない。

 真菜の一喝が効いたようだ。


「アタシたちがお前らと行動を共にすることが多かったのは、これが理由だ」

「ええ、あなたたちを確実に守るためですわ」

「……ということは、この襲撃は分かっていたんですか?」


 アズとアリスの言葉に、生徒の一人から声が上がった。

 アンドレ・マリーだ。

 この学年では最高位の、公爵家令息である。


「ええ、そうよ」


 アンドレは「分かっていて黙っていたのか?」という思いを真菜は否定せず頷いた。

 何故なのか。何故自分たちが狙われているのに、当の本人に知らせなかったのか。

 そう問いただしたい気持ちをこらえたのが手に取るように伝わってくる。

 知らされていたら動揺していただろうし、そもそも今はそれどころではないのが分かっているからだ。


「……そうね。まずは受けに回るわよ」


 受けに回る。

 守るということ。

 ガンガンと入り口の扉がたたかれている。

 開けろ、などという言葉は聞こえてこない。

 そのたたき方からして、こじ開けようとしているのが手に取るように分かる。


「真菜。アズ」

「ええ」

「おうよ」


 アリスが前に出て槍を構える。

 その後ろにトンファーを手にして体から力を抜くアズ。

 一番最後に、生徒たちの盾となるように立つ真菜。

 この布陣が鉄板である。

 アリスがそのリーチと受けの技術を生かしたタンク兼アタッカー。

 闘志のアズが遊撃担当。

 そして後衛の真菜が補助、妨害、ダメージディーラーを戦局に合わせて使い分ける。


「あなたたちは、まずは魔術で防御。余裕があると認めたら攻撃をしてもらうわ」


 駆け出しとはいえ、さすがに五十四人の魔術がまとめて撃たれるとなかなかのものだ。

 先ほどまで実習をしていたので消耗はしているだろう。

 ただ、それも通常の実習に比べれば多くはない。こうなるのを見越して、弱い魔術を撃つ実習にしたのだから。


「じゃ、始めるわよ」


 何故、真菜の正面にアリスとアズが立たないのか。

 その理由が明らかになった。

 真菜は無造作に手のひらを扉に向ける。

 もちろん扉も保護結界の対象だ。

 しかし真菜は全く構わずに、火球を放った。

 それは一撃で金属の扉を吹き飛ばし、扉を壊して侵入しようとしていた賊どももまとめてなぎ倒した。

 扉部分の保護結界は吹き飛び、なくなってしまった。

 しかしこの結界の優秀なところは、一部が破壊されてもそれ以外の場所に影響がないことだ。

 一か所が壊れただけですべてが破壊されてしまうような設計にならないように構築したのだろう。

 なので扉を壊しても結界はほぼ残っているため、死角からの攻撃を受ける心配はない。

 むろん真菜としてもそれが分かっていたから扉を吹き飛ばし、こちらから先制攻撃を仕掛けたのだが。

 吹き飛んだ両開きの扉の先、つまり大演習ホールの外には、三十人ほどの敵がいた。

 正確に数えたわけではないのでざっくりだが。


「さて本番よ。みんな、しっかりね」


 再び起きる、生き延びるための闘い。

 だが、森の中と違い、生徒たちの顔に不安は少ない。

 ひとつは、あの時のように孤立無援ではないこと。

 もうひとつは、ミスリルランクパーティ暁が全員そろった状態で生徒たちを守るように立っているからだった。


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