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14話

 生徒の救助は完了。

 賊の討伐もおおよそ完了した。

 現在は残敵殲滅のため教員及び暁から二人が交代で森に入って巡回している。

 生き残りを許すわけにはいかなかったからだ。


「投降した場合は?」

「問答無用で殺してかまいませんぞ」


 八帝剣は、皇帝の命令もしくは許可が無ければ動かすことはできない……つまり、ヴェルガーがここにいることは皇帝の意志といってもいい。

 当然のように非常に大きな権限が与えられているのは間違いない。それこそ、地方の一貴族では抗いようがないほどに。

 ならば、現場に駆り出されるような下っ端兵士に用はないというわけだ。

 真菜の問いに対するバルジの答えから、そう推測することができた。


「生かしておく必要など、ありませんからな」


 バルジの声は怒りとふがいなさに震えていた。

 生徒を巻き込んだことももちろんだが、それ以上にも理由があった。

 忸怩たる思いだろう。

 そしてそれは、真菜にとっても同様だった。


「分かったわ。見敵必殺ね」

「いい言葉ですな。引き続きその方針で行きましょうぞ」


 話し合いを終えて、教員用のテントから出る。

 そこに広がる光景。

 真菜はふがいなさを覚えていた。

 彼らは一様に暗い顔をしている。

 それもそのはず、課外学習を始める前にはいた顔が、今はいないからだ。

 特に日本人側の生徒が努めて視線を向けないテントがある。

 急遽設置されたそれは、いわゆる遺体安置所だ。


「……」


 さすがに全員というわけにはいかなかった。

 六十人で来たはずなのだが、救出できたのは五十四人。

 教員も含めて八人の死亡が確認された。

 彼らの沈痛な表情も当然だろう。

 昨日まで隣にいたはずの級友が、物言わぬ屍になっていたのだ。

 未来を担う人材を育てるための教員は、半端な人間を用意したわけではない。

 それでも二人も亡くなっているのだから。

 もうすぐアズとアリスが戻ってくる。

 そのあとは真菜も森に踏み入って掃討に当たる。

 現在は情報交換のためにここにとどまっている形だ。

 ここでの仕事もあと少し。

 掃討だけでもやり切って、せめて面目躍如といきたいところである。



 一昼夜をかけての念入りな掃討作戦のすえ、賊の殲滅が完了した。

 全員で帰途につく。

 道中は教員たちと協力して、生徒を守るために全力で警戒に当たったものの、人、魔物含めて一度も襲撃もなく無事にリンクバーグに到着することができた。

 生徒たち全員を学院に送り届けた後、その足で暁はバルジと共に学院長室に向かった。


「……まあ、最悪の事態は避けられた、と言えるであろうのう」


 真っ白の長いあごひげを撫でつけつつ、学院長ブリュンスタッドはため息をついた。

 何者かがあれだけの仕掛けをしていたことから、こういうことが起こると分かっていた。

 ただ、引けなかったのだ。

 中止にしてしまえば、その圧力に屈したことになってしまうのだから。


「とはいえ、犠牲者を出すことは防げませなんだ」


 バルジは悔恨を隠さない。

 分かっていたからこそ、犠牲者をゼロにしたい。そう思っていたし、非常勤である暁も含めて教員全体で共有していた。


「反省するのは良い。だが、必要以上に自分を責めぬことじゃ」

「はい、それは分かっております」


 頭を下げるバルジ。


「それでだ、今後についての話をしたいのじゃが」


 学院長はそう言って居住まいをただした。

 そう、過ぎたことを悔やんでいても仕方がない。

 それこそ、必要以上に自分を責める意味はないのだ。

 反省し後悔しふさぎ込めば犠牲者が返ってくる、というのであれば、それもいいのだがそうではない。


「八帝剣が動いているわね」

「うむ。陛下も独自の耳を持っておるのでな」


 当然の話だろう。

 明らかに、真菜たちが森の仕掛けを見つけたタイミングでは間に合わないのだ。

 いくら八帝剣であろうとも。


「さすがに八帝剣のヴェルガー卿にご協力いただくことはできぬ。我々は我々で動かねばならんのう」


 皇帝の勅命で動いている八帝剣。

 いくつもの任務と使命があるだろう。

 それを邪魔することこそ、むしろ事態収拾が遅くなる直接の原因になりかねない。


「そなたらの意見を聞きたい。これで、終わると思うかの?」


 ブリュンスタッドが問う。


「終わらないわね」

「ありえませんわ」

「無いだろうな」

「無いでしょう」


 学院長の前に座る四人の見解は見事に一致。

 ほぼ同時に四人が同じ答えを返した。

 ため息を一つつくブリュンスタッド。


「そうじゃな。これで終わりとするには虫が良すぎるのう」


 森にトラップを仕掛け、さらに兵士を配置する執念。

 学院を狙った一派は、かなりの力を入れてきている。

 相当な覚悟をして、手を出してきたと考えるべきだろう。

 自分が学院を狙う立場だとしたらどうする。

 皇帝がかなりの力を入れていることは、貴族や権力に近い者であれば誰でも理解している。

 それが分かっていながら手を出したのだ。

 そして創立後間もないこのタイミング。

 実績が積み上がり盤石になる前に土台を崩しにかかったとみるべきだろう。


「わたしなら。森での作戦だけじゃなくて、その次に打つ手も用意しておくわ」

「そうですわね。そしてそれは、襲撃がうまくいかなかった場合にそのまま実施しても、望んだほどの効果は得られないでしょう」

「必ず成功するって妄信して失敗したときのことを考えてない、なんて敵さんの頭お花畑は期待しない方がいいだろうな」


 真菜、アリス、アズはそれぞれ思うところを口にする。


「うまくいかなかった場合に打つ手も用意していると考えるのが自然でしょうな」


 バルジもまた、暁に賛同した。


「そなたらの言う通り、そのままやっても効果が薄いと分かっているなら、そこを出来る限り補強するじゃろう」


 現状この学院に勤める者と認識を合わせるまでもなく共有できていたことに、ブリュンスタッドは頼もしさを覚えていた。

 それが分かっているのならば話は早い。

 彼は一度目を閉じ、数秒。

 そして上がったまぶたの下にある瞳には、強い決意がこめられていた。


「では、今この瞬間をもって、厳戒態勢に入る。委細はこれから詰めるが、そのつもりでな」


 ブリュンスタッドはそう力強く告げる。

 真菜たちはそろってうなずいた。

 ここで一度話は区切りでいいだろう。厳戒態勢の采配については学院側が考えること。

 真菜は、意見を求められれば暁として答えるが、何も言われない場合は領分を考えて口を出さないと決める。

 だが、それ以外に、学院長に言うべきことが真菜にはあった。


「ひとついいかしら、学院長?」

「む? なんじゃ?」


 話が終わったのでいったん四人に退室するよう言おうとしたその出鼻をくじかれ、ブリュンスタッドは首をひねった。


「今回、残念な結果になった生徒の中に日本人がいたわ」

「そうじゃな」

「となると、マスコミはそこを突いてくる可能性があるわ」

「ふむ……」


 マスコミについては聞かされている。

 なんでも、情報を即座に日本全土に届けることができる情報組織だとか。

 日本という国は帝国に比べるとその国土は小さいが、北から南の距離は帝国とそう変わらない。

 それほどの距離があろうとも、情報の伝達に遅滞はないという。

 そんな力を持つ機関が民間であることも、帝政が当たり前の国に住んでいるブリュンスタッドにとっては大きな驚きであったが。


「日本側もその全てが賛成、というわけではないと聞いておる」


 学院の設置。

 そもそも、帝国との交流自体も。

 それに賛同する者がいれば、反対する者もいる。

 もちろんその構図は帝国でも起こりうる。

 ただ、その場合の実情は日本と帝国ではだいぶ異なっていた。

 帝国では、国としていったん決定したことに異を唱えることは、すなわち反逆罪と同義なのだ。

 なので、異論を唱えるなら決定前にせねばならない。

 皇帝が強行決定することもあるが、基本は帝国でも侃侃諤諤の議論が行われるのだから。

 しかし日本では、決定後でも異論を唱え、中央当局を批判することさえできるという。

 信じられないが、政治形態が違うとここまで違うのかとカルチャーショックを覚えたのは記憶に新しい。


「確か、マスコミには反政府的な組織もあるのじゃったな」

「そうよ。そしてマスコミが持つ力はかなり大きいわ。報道の仕方次第で世論を操作されかねないのよ」

「厄介じゃな」


 真菜の言わんとしたことを理解したブリュンスタッドは大きなため息をつく。

 反対派。そちらについているマスコミが、今回の件を大きく取り上げて突っついてくるというのだろう。

 その影響力は馬鹿にできないものだと真菜は言う。

 日本人だった彼女が言うのならば間違いないだろう。

 これはガウディノールに上奏せねばならないと、学院長は決意した。


「日本で生活していたときはそんなこと気にもしなかったけれど」


 この世界に来て様々な経験を積んだうえで日本のことを色々と思い返して考察すると、それまで気付かなかったことに気付けるようになった。

 それは新たな視点を得たことと、人として成長したからだろう。


「契約を切ってはいるから問題はないのだけど、それをあたかも問題かのようにされたときにどうするか。それを考えておいた方がいいわ」


 そのようなこと、帝国では許されないのだが、日本ではまま起きることなのだとブリュンスタッドは理解した。

 彼だけではなく、生粋の帝国民全員が面倒そうな顔をした。

 真菜がこのタイミングで言い出したこと。

 とすれば、彼女が思い描く未来は、高い確率で起きるのだろうと理解できたのだった。


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