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13話

 真菜一人で十名の敵を倒した。

 百人いるのだとしたら、十分の一、処理したことになる。

 ただ、もっとペースを上げたいところだ。

 暁のメンバーとしては当然の戦果。

 教師たちを含む学院側の人員の中でもっとも大きな戦力である、という自負がある。

 だからこそ、自分たちがもっとも戦果を挙げるのは当たり前、ということでアズとアリスとも確認済みだ。

 広域に探査魔法を広げて周囲を観察する。

 戦闘が散発しており、うちいくつかの小集団はいっせいに同じ方向、教師の詰め所に向かって動いている。恐らく彼らは生徒だろう。

 散発している戦闘のうち一番近場に向かって進む。

 三人と二人だ。三人が生徒側だろう。

 しかし、様子がおかしい。三人はどうやらもめているのか一塊になっており、うち一人が突出して飛び出したのだ。


「飛び出した? いえ、これは……」


 自分から飛び出したわけではない。この様子と動きからすると、強制的に出されたような……。

 何かが不測の事態が起きているとみて、真菜は速度を更に上げた。

 時間にして数秒。

 そこで見つけたのは、一人で兵士二人に対峙する生徒一人と、彼を小ばかにするように見ている兵士たち。

 そしてそそくさと逃げ出そうと機を窺っている二人の男子生徒だった。

 ここは、全員の注目を一手に集める必要がある。

 虚を突く。


「はっ!」


 木の枝から跳び上がり、右足に強烈に力を込めて、そのまま地面に激突した。

 ずどんと地面が揺れ、土煙が巻き上がる。


「ひいっ!?」

「何だっ!?」


 それを即座に風で吹き飛ばした。

 狙い通り、その場の空気を一瞬で支配することに成功した。

 真菜が見たのは、探査魔法で見た通りだった。

 二人の兵士。

 彼らに対峙する日本人男子生徒。

 そしてそこからどうやって逃げようかと機を窺う日本人男子生徒二人。

 兵士たちと対峙している日本人男子生徒の腰は引けており、どうあっても戦えそうにない。

 そしてそんな彼に向かって、兵士たちは抜き身の剣をちらつかせていたのだろう。

 悪趣味なことだ。

 まあ、どうでもいいか。どうせやることは変わらない。


「ごきげんよう」

「貴様、なにモっ!?」

「さようなら」


 兵士のうち一人が、巨大な土の杭に貫かれて吹き飛ぶ。

 杭が大木に突き刺さって磔になった。

 それに怯んだうちもう一人。隙だらけで仕留めるのに苦労はしなかった。

 風の刃で首を刎ね飛ばして血の海に沈める。

 充満する血の臭いに、兵士と対峙していた生徒吉原はうずくまって吐いた。

 人が死ぬのを見たのはこれが初めてだ。

 惨殺というのが近い。

 実戦、それも殺し合いの修羅場はすでに去っている。

 しかし緊迫感が無くなったわけではない。

 当たり前だ。

 目の前には真菜によって抵抗のての字すら見せる間もなく殺された二人の死体が転がっているのだ。

 日本にいてはまず出会わない状況だ。

 それも事故ではなく、他殺なのだから。


「……無事だったようね」


 ともあれ、怪我はしていないようだ。

 後ろで窺っていた二人は、野島と竹山。

 血の臭いと死体と、死ぬところを直接見たことで気分は悪くなっているようだが、吐くまではいっていない。

 今うずくまっている吉原は近かったこともあり完全にやられてしまっている。


「気分悪いとは思うのだけど、ここに留まるのはお勧めしないわ」


 真菜は教師が詰めているテントの方角に向けた。


「急いであっちに向かいなさい、まだ信号弾はあるかしら」

「……まだ残ってる」


 竹山が詰まりながら答えた。

 躊躇なく殺したこと。

 自分たちが殺される恐怖を味わわされた相手に何もさせずに瞬殺したこと。

 実力ももちろんだが、それ以外にも違うことがあまりにも多すぎた。


「彼……吉原も頼むわよ。わたしは他にも救わなきゃいけない生徒がいるから」


 真菜は気付いている。

 吉原は自己主張をそんなにしない生徒。

 そして竹山と野島が後ろにいて、吉原だけ突出していた状況。

 それを考えれば、どういうやり取りをしたのかは何となく想像がつくというものだ。

 吉原。竹山と野島。その関係についても。

 自分がナーバスになっているのに気付いてはいるが、それを制御するつもりはなかった。

 竹山と野島に鋭い視線を向ける。


「返事は?」

「あ、ああ」

「……分かった」


 二人の返事を聞き届け、真菜はその場から去った。

 倒すべき兵士、救うべき生徒が残っているのは事実なのだ。

 本当なら、出会ってきた生徒たち全員の面倒を見たいところだ。

 それは掛け値ない本音である。それが竹山と野島であってもだ。彼らの行いに思うところは多々あれど、それは私情である。

 プロとして、ミスリルランク冒険者として感情をいったん横に置く、というのは何度もやってきたことだ。

 ただ、彼らにだけ構っているわけにもいかない。

 真菜は再び森の中を駆ける。

 どうやらアズとアリスも順調に生徒を救い、兵士を討伐しているようだった。

 それは教員も同様。彼らも一線を退いて久しいながら、奮闘し続けている模様。

 感知できる範囲の生徒と思しき者たちの動きを見ればそう察することはできた。

 犠牲者ゼロとはいかないまでも、大多数を救出するに至っていると思っていいだろう。

 負けていられない。

 真菜もどんどん救助を行わなければ。

 現時点で助けられたのは十二人。助けられなかったのは十五人。

 倒した敵は十二人。

 他の場所でも同時に進んでいることを考えると、じきにひと段落となるだろう。

 時間との勝負なのだから当たり前である。

 誰も遊んでいるわけではない。

 真菜のように己の力が及ぶ範囲で全力で事にあたっているのだから、鎮静できないと逆に困ってしまう。


「近くにはいなさそうね」


 やみくもに走り続けてもたどり着けるかは分からない。

 一度立ち止まり、周囲を軽く見渡す。

 見える範囲にも人影はもちろん、一定以上の大きさを持つ生命の気配もない。


「なら……」


 真菜は超広域探査を実施する。

 人がいないところを無暗に走って時間を無駄にしたくはない。

 時間との勝負なのだから。

 普段使っている探査に比べて範囲はかなり広がるが、

 手のひらを地面につけ、探査を走らせた。

 この広大な森の全てを探査できるわけではない。だが、三分の一はいけるだろう。

 それなりに離れたところに二グループ、それよりも遠いところに三グループ。探査範囲のギリギリまで見ると、更に一グループ。


「少なくなってきたわね」


 戦闘を行っているグループも少ない。

 まだまだ森の巡回を止めるつもりは無いが、ずいぶんと減ってきたのは間違いないだろう。

 と、真菜の探査に触れたグループ、範囲の端の端で検知したグループから、一人が飛び出した。

 その速度は尋常ではない。

 一直線に真菜に向かってくる。

 真菜は拓けたところから茂みを背にした。

 いつでも遮蔽物を利用できるように、だ。

 そうして待つこと少し。

 高速で移動していた人物が姿を現した。


「……!」


 姿を見せたのは、壮年の男性。

 真菜からすればかなり年上だが、生き生きとしたエネルギーに満ちた姿は若々しい印象を見る者に与えるだろう。

 そして何より、すさまじい存在感。

 真菜に対しての敵意や戦意は見せていないが、戦場にいるからこその気迫はビシビシと感じていた。

 その鎧に刻まれる帝国の選ばれし騎士のみがつけられる徽章。

 一度も姿を見たことは無いが、その徽章のことは調べて知っていた。

 目の前にいる壮年の男性は八帝剣の一人だ。

 あいにく位階と名前まで確信は持てないが、ある程度の予測はつく。


「やはり、暁のリーダーか」

「あら、わたしを知っているの?」

「存じている」


 まあそれはそうか。

 八帝剣の地位に就く者が、暁のことを知らないはずがない。


「あなたは、八帝剣第三位のヴェルガー卿よね?」

「そうだ。グレイブシールド家のご令嬢から聞いたか」

「ええ」


 八帝剣が動いているとは。

 ガウディノールが、この襲撃計画を知って何も手を打たないはずがない、とは思っていた。

 だが、帝国が誇る剣のうち一本をこちらに寄越すとは思いもよらなかった。

 八帝剣は全員が漏れなく貴族だが、実力最優先で選ばれるため平民出身も多い。

 よって言葉遣いを気にしない者も結構いるのだ。

 ヴェルガーなどはまさにそれに当てはまる。


「巧妙かつ繊細な探知だったから様子を見に来たが……なるほど、噂にたがわぬ腕だったな」


 ヴェルガーは真菜を腕を組み頷いている。


「お前たちがここにいるのならば安心できるというものだ」

「ずいぶんと評価してくれるのね」

「お前の力の一端に触れてなお気付けぬようでは、八帝剣は名乗れぬ」


 なるほど、帝国最強の剣の一角を担うとなれば、そういった感性も必須となるのだろう。

 そこは冒険者も同じだ。

 ミスリルランクとして、そういった目は必要になると実感している。

 それと、同じことということか。


「あなたはどうするの?」

「もう少し森の中の様子を見たら、次なる仕事に向かうことになる」

「そう」


 皇帝からの直接の命令でここに来ているのだ。

 他にも仕事があってしかるべきだろう。

 であれば、邪魔をするのは良くない。

 彼は彼で色々と動く必要があるはずだ。

 真菜たちが自分たちで動く必要があるように。

 その内容については別に聞こうとは思わない。聞いたところで助太刀できるわけでも無し。

 ただきっと、彼が動くことで真菜たちにはプラスになっているはずだ。


「ではな。ここはお前たちに任せる」

「ええ。あなた方の活躍は後で聞かせてもらうわ」


 背を向けて歩き出したヴェルガーは真菜の言葉を背中に受け、さっと右手を挙げて応えて木々の向こうに消えていった。

 真菜はしばらくヴェルガーが消えた方向を眺めていたが。


「とんでもないわね。さすが帝国が誇る最強の剣」


 正直、戦闘にならなくてほっとしている。

 敵だった時のことを考えて、迎撃と不意打ちの魔法は用意してあった。

 結果的に使うことはなかったが、むしろ無駄になって良かった。

 ヴェルガーと戦うことになるなど考えたくもない。

 簡単に負けるつもりはなかったが、勝てる自信があるとは、とてもではないが言えない。

 それほどの迫力があった。戦ったわけではないので実際の強さはは分からないが、大体想像はつく。間違いなく真菜と同等か、それ以上に強い、と。

 だが、彼は敵ではない。全面的な味方ではないのかもしれないが、敵対する可能性が無いだけでも全然ありがたい。


「……さて、気を取り直して、すべきことをしないとだわ」


 真菜はぱん、とほほを両手で挟むように軽くたたくと、切り換えて再び生徒保護に乗り出すのだった。



「さすが巷で話題の冒険者。あの若さであの実力とは……」


 実際に顔を見て分かった。

 あの少女、ヴェルガーと総合力では並び立ってもおかしくはないと。

 ミスリル冒険者としてもてはやされて調子に乗っている、と揶揄する者もいるが、実際のところは実力通りだ。

 単なる妬み嫉みだ。

 相対した距離であれば、ヴェルガーの勝利だろう。

 それは疑いない。真菜は優れた魔術師だ。ただ、そのぶん近接戦闘では前衛職に及ばないと聞いている。

 もっとも、これでもし真菜との距離が十分に空いていたらどうなるだろうか。

 あれだけの探知ができる魔術の攻撃に狙われながら距離を詰めるなど、想像すらしたくなかった。

 得意な距離が違うだけで、その総合力ではそう変わらないのだ。


「ふむ、彼の者らは陛下の依頼でこの地にいるのだったな」


 少なくとも皇帝の依頼が有効なうちは敵となることはあるまい。

 であれば、ヴェルガーはこの森を離れることにした。

 暁がここにいるのならば任せてもいい。

 ヴェルガーに課せられたこの地での仕事はまだまだ終わっていないのだ。


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