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9話

 森の調査を始めて五日目。


「はいはい、散った散った」


 アズがにらみつけると、女と見て近寄ってきたゴブリンたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 真菜が牽制に風の刃を近くに撃つと、逃げる速度が更に上がった。


「久々に来たわね、無謀なやつが」

「そうだな」


 ゴブリンは当然同種同士で繁殖をするが、人間の女性を苗床にするためにさらったりもする。

 真菜とアズに近づいてきたのはそういうことだ。

 実力の違いを認識できる程度には本能が優れていたようだ。その方が楽でいいので願ったりだ。

 実力差が理解できずにかかってくると面倒だ。理解していてもなおかかってくると更に面倒だ。


「よし、もうじき全部網羅できるな」

「時間かかったわねやっぱり」

「広いからなぁ。雑魚しか出てこないとはいえ、時間はかかるわな」


 太陽は中天を過ぎてしばらく経った。もう少しで夕方というところだ。

 外周をスタートに回りながら徐々に森に踏み入り、一日で森林の二十パーセントを網羅できるように調整して調査を進めてきた。

 今日でいったん全体の調査が終わる。

 拠点待機メンバーを一日交代制にし、本日は真菜とアズの当番。

 そう。何かあるとすれば見つかりにくい最奥部となるだろう。

 それは真菜たち三人の共通認識だ。

 最奥まで見て何も無ければ、後は改めて怪しいなと思ったところをピンポイントで狙って回る予定だ。

 報告するなら、時間ギリギリまで見て回って、出来る限りやった、と言える状態が望ましい。


「……ここが最深部か」


 リンクバーグの数倍の面積がある森。

 探索自体は難しくはないが、いかんせん物理的に広いので、当然簡単には網羅などできない。

 全体を見て回るとなると、真菜たちをもってしても五日間かかるわけだ。

 それもこれでひと段落。

 森の最奥部の拓けたところに真菜とアズは辿り着いていた。


「さぁて、何かあるならここだと思うんだよな」

「その心は?」

「んー、アタシが森に仕掛けするなら、やっぱここに持ってくるぜ」

「まるで誰か仕掛け人がいるみたいな言い回しね?」

「分かってんだろ、真菜」

「まあ、ね」


 リンクバーグの建築。

 学院の開校。

 順風満帆だったわけではない。

 帝国と日本での調整に手間取ったのもそうだが、それよりも帝国国内の話だ。

 誰も彼もが、この学院に賛成だったわけではないのである。

 それでもこうして学院が実運営されたのは、皇帝が強権を発揮して押し切ったからだ。

 それができるだけの権力を有しているすさまじい皇帝の証左ではあるものの、当然ながら反対派を押し切った以上、納得していない層もいる。


「アリスも言ってたろ、今回の調査は別にアタシたちが受けるような依頼じゃないってさ」

「そうよね。プラチナ……いいえ、ゴールドランクもあれば十分達成できるわね」


 そう、オークがごくまれに棲みつくくらいで大した危険が無い森なのだ。

 普通ならミスリルランクの暁が派遣されるような場所ではない。

 それでもなお、学院長のブリュンスタッドは真菜たちの派遣を決めた。


「つまり何かを掴んでんだろ? あるいは、勘か」

「勘……」


 まったく馬鹿にできない。

 真菜の素直な感想である。

 皇帝が直々に選んだのがブリュンスタッドだ。かつては宮廷魔術師長を務めたこともある傑物だ。

 三十年に渡って宮廷魔術師長を務め老齢を理由に引退するまで、飛びぬけた実績は無いが無難に仕事をこなし続けたのがブリュンスタッドだ。

 帝国の魔術師を統べる立場に求められる結果をきっちり出し続け、問題らしい問題も起こさずに務めあげるのがどれだけ大変なことか。

 自分でお金を稼ぐようになったからこそ、無難にプロの仕事をこなすのがどれだけ難しいかを理解し始めた真菜である。


「じゃあ、探すわね」


 真菜は手に魔力を込めて、魔法を放った。

 自身の周囲一帯、数百メートルの魔力反応を探り当てる探査魔法である。

 ヴン……とモニターの電源が入った時のような音が響き渡り、真菜を中心に球状の膜が広がっていった。


「……!」


 本当に、勘とやらは馬鹿にできない。

 探知して一発で、魔力に反応があったのだ。


「何かあったか?」

「ここにあるわ」


 反応があった場所に歩み寄り、真菜は地面をつま先でとんとん、と叩いた。


「地面の下、か」

「ご明察。じゃあ、掘り出してみるわね」

「おう」


 真菜は地面に魔法をかける。

 今度は、土をせり上げる魔法だ。

 これで地中に埋まっているものを地面に出そうというのである。

 ずずず、と、土柱がせりあがってくる。


「……ああ、アタシにも分かるぜ」


 土柱の高さが三メートルを超えたところでアズがそう言ったので、真菜は魔法を止めた。

 ミミズや小さな虫が大量に生息している。

 広大な森が育つにふさわしい肥沃な土だ。

 アズは手袋をはめると、土柱の中ほどに手をゆっくりと突き入れた。


「こいつだ」


 引き抜かれたのは赤紫色の玉。

 台座が口を限界まで開いた髑髏で、玉には蛇がからみついている。


「悪趣味な見た目ね」

「造形に関しちゃ個人の好みだからな。だがまあ、効果って意味じゃあ、悪趣味ってのは間違っちゃいないな」

「へえ? どんな効果?」

「ちっと待ってろ。今解析してる」

「急がなくて大丈夫?」


 大丈夫なのは分かっているが、真菜は念のためにそう問いかけた。

 これで時間をかけるとまずい場合、調べる前に「こういう手順で壊してくれ」とアズが要望するからだ。

 かつてそういうパターンで、真菜が魔法で吹き飛ばしたことがあったのを覚えている。


「ああ、すぐには発動しないから大丈夫だ。……えーっと」


 アズは適当な切り株の上に玉を置くと、魔法陣を作り上げた。

 ふわりと青白い光が魔法陣から舞い上がる。

 真菜はその様子を黙って見つめる。

 これは対象物を調査する錬金の術。

 この術に限らず、錬金術は全般に相当な集中力を必要とするのが分かっている。

 少しでも邪魔すると、アズほどの錬金術師でも普通に失敗することがあるのが錬金術というものだ。


「……うん。…………なるほどな」


 真菜が見守り始めてからそう時間をおかず、アズは魔法陣を解除し、大きく息を吐いた。

 ひとつひとつに多大な集中力を要するため、精神の消耗が激しいのだ。

 むしろアズだからこそこの程度で済んでいると言える。


「何か分かった?」

「ああ。結論から言やあ、こいつはここで必ず処分だな」

「そう。その結論に至った理由は?」

「こいつは、設定した範囲内で死んだ魔物の魔力を吸収する魔道具だ。主に自然に死んだりした、放置された死骸が対象になる」


 冒険者が討伐した魔物は対象にはならない。

 魔力の吸収はじっくりと、丸二日間かけて行われるからだ。

 魔物の魔力源はそのほとんどが魔石による。

 そしてその魔石は、討伐証明部位以外に確実に金になる素材なのだ。

 例えばゴブリンの魔石も真菜たちにとってはお小遣いにしかならないが、駆け出し冒険者にとってはどれだけ集められたかで何日宿に泊まれるか、どれだけ食べられるかの死活問題である。

 故にここに来る冒険者は必ず魔石をはぎ取るので、冒険者が討伐した魔物は対象にならない、というわけだ。

 実際は対象にならない、ではなくできない、というのが正しいが。


「つうわけで、冒険者が討伐した魔物の魔石は、ハナッから頭数に入れてない、ってところだな」

「なるほどね。じゃあ、ここで壊さないとまずい理由をお願い」

「おう。こいつは吸収した魔力が規定値を超えると、魔力の元になった魔物の特徴を持ったキメラの核になるんだ」

「……!」

「ついでに、キメラの素体になる魔物の概要も組み込まれててな。フレイムリザードの概要が組み込まれてやがる」

「フレイムリザード? 洒落になってないわね」

「ああ、そうだな。てめぇの訓練相手をこいつで生成する、ってんなら百歩譲って無しじゃないかもしれないが……まあ、危険性と管理の面倒さを考えたらその用途じゃ実用性は低い」


 それよりも、こうして魔物の生息域にあらかじめ仕込み、混乱と破壊を目論む方が、この魔道具の使い方としては常道だろう。

 だから、破壊すべき、というわけだ。

 フレイムリザードはプラチナランクの魔物。真菜とアズならばたいした敵ではないが、学院の生徒で勝てるものではない。


「状況を考えると……規定値までは後少し、というところかしら?」

「その通りだ」


 こんな森でフレイムリザードなんかが出た日には、完封しなければ被害は甚大なものになる。

 理由は言わずもがなだ。

 殺意が実に高い。


「それで、これを破壊するとどうなるのかしら?」

「察しがいいな。途中で破壊されると、その時点で吸収した魔力リソースを元にキメラが強制的に生成されるようになってるぜ」

「ふうん。それなら話が早いわね」

「ああ。壊されてキメラが出てこない、ってのを恐れたんだろうが……アタシらみたいなのに見つかったのが運の尽きだな」

「そうね。もっとも、わたしたちみたいなパーティは滅多にいないでしょうけど」

「それもそうか」


 アズがいることで、普通なら詳細不明の危険物扱いされる魔道具が丸裸になる。

 更に真菜が同行していれば魔法による様々な対処が可能であり、アズ自身もアタッカーとしてスペシャリスト。

 普通の冒険者パーティでは、謎の魔道具について現地で即座に対処、なんてことはできない。

 下手に手を出して爆発でもしたら目も当てられないからだ。


「よし、それじゃあぶっ壊すぞ」

「いつでもいいわ」


 真菜は既に杖を抱えて魔力を通しており、見た目と裏腹に戦闘態勢は整っている。

 アズは玉を中空に放り投げると、腰を落としてトンファーを構えた。


「よっと!」


 トンファーがうなりを上げて真横に振られる。

 そのすさまじい勢いと威力。

 玉が粉々に破壊されると同時に、アズは後ろに跳んで距離を取った。

 玉の中から湧き出た煙が徐々に一か所に形作られていく。

 そして現れたのは、アズの予想通りフレイムリザードのキメラだ。

 尾はゴブリンの腕になっており、その手には剣が握られている。

 更に前足と後ろ脚の付け根からはコボルトの腕が伸び、身体全体がややスライムのように半透明のゲル状になっていた。


「うぇ、気色わりぃ」

「やっぱりキメラは何度見ても慣れないわ」

「同感だぜ!」


 形作られたフレイムリザードが臨戦態勢を整える前に、アズが攻撃する。

 トンファーを握った左腕がぎちりとパンプアップする。

 普段は明らかに女性らしい細腕だが、これも筋力強化の魔術によるもの。


「せぇ、のっ!」


 どん、と大きな衝撃音。

 体長五メートル、体重数トンはあるフレイムリザードの身体が二十メートルも後退した。


「火柱、立て」


 中ほどを握った杖を横にして振り上げる。

 すると、フレイムリザードを包み込むように火柱が立ち上がり、圧倒的な高温でその巨躯を焼き焦がしている。

 すさまじい熱量が発生しているが、それは森には一切影響していない。

 薄い水の膜で火柱を包み込み、更に気流を操作して熱を上空に逃がしているからだ。

 複数の魔法を行使している形だが、真菜にとってはこの程度どうということはない。

 時間にして数分。

 フレイムリザードのキメラはすっかり焼却され、わずかな骨が残されているのみだった。


「討伐完了っと」


 真菜もアズも灌漑など一切ない。

 フレイムリザードがキメラになって底上げされたところで、フレイムリザードはフレイムリザードだ。

 ワイバーンよりも格が落ちる魔物ごときに今更後れを取る二人ではない。

 死骸も残っていないことを確認したアズがしゃがみ込み、砕け散った玉の欠片を拾い集め始める。

 真菜はその間周囲の警戒だ。

 それが終わったら引き続き森の調査である。

 玉を仕掛けた者が「こんなこともあろうかと」精神で何か二手目を残している可能性があるので引き続き森の探索は継続するものの、依頼はほぼ八割達成。


「今日はアリスのところに戻りましょうか」

「そうだな。続きは明日にしようぜ」


 既に夕方になっている。もうじき火も落ちてしまうだろう。

 夜の森は非常に危険だ。

 足元が見えない上に敵も見つけにくい。

 灯りはいくらでもどうとでもなるが、それは同時に誘蛾灯の役目も果たしてしまう。

 いくら魔物が寄ってきても、この森であれば真菜たちなら問題は無い。

 ただ、面倒なだけで。

 そもそも夜の森はよほどの理由が無ければ、普通は歩かないように気を付けるのが冒険者の基本だ。

 真菜もアズも、暗くなった森を歩くのはごめんなため、急ぎ足で森からの脱出をはかるのだった。


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