7話
入学式から二週間。
授業はつつがなく行われていると聞いている。
真菜たちへの講師のスケジュールは今まで一度もなかった。
というのも、求められているのは理論と基礎でも実習でもなく、実戦。
現役ミスリルランク冒険者だ。
恐ろしい魔物と常に相対するような最前線に立つ者に、机に座っている生徒に対して理論理屈の説明をさせるよりは、ということだ。
真菜としても教壇に立たなくていいのならその方がいい。
「ついに初の授業ですわね」
現在は教員室の隣に割り当てられた三人用の教員準備室にいた。
常駐している教員は教員室にそれぞれ席を持っているが、真菜たちは非常勤なので教員室に席は必要ないのだ。
よって三人用の部屋が割り当てられた、というわけだ。
ソファとクローゼットとキャビネットが置かれており、授業で使うものなどはここに置いておくことができる。
授業で使うものの配送手配を利用した場合も、この部屋に届けてくれるのだという。
「アズは錬金術に使う器具などで配送手配を使うかもしれませんわね?」
「ここのガキどもがどんだけできるかによるけどな」
頭の後ろで手を組み、ソファーの背もたれに身体を預けながらアズは言った。
「最初はそんな大掛かりなものはいらないと思うわ」
「そうだな。アタシもそう思うぜ」
学生たちの状況はざっくりと資料で確認している。
すべてのカリキュラムに共通して言えることだが、さすがに今は帝国民の方が優れている。
しかし剣術や魔術については日本人も負けてはいない。
アニメや漫画で触れる機会は多々あったからだろう。
特にイメージにおいては日本人は帝国民よりも優れているといえる。
真菜にも大いに身に覚えがあった。
「さて、もうじき時間ね」
よいしょ、と真菜は立ち上がった。
魔術、剣術、錬金術の授業はそれぞれ選択制である。
魔術、剣術の授業については日本人帝国民共に全員が選択している。
分かり切っていたことだ。
日本人にとってかつて幼いころに夢見たファンタジーの世界をもっとも感じられる授業であると同時に、脅威が身近にあり命が日本よりも軽い帝国民にとっても有意義な授業なのだから。
錬金術の授業については選ばない者もいるようだが、それでも根強い人気である。
授業を担当するアズに自覚は無いが、暁の錬金術師アズのネームバリューはその界隈で知らないとなればモグリ扱いされてしまう。
本日行われるのは、模擬戦闘の授業。
特に真菜たちに期待されている授業だ。
座学と実習でどこまでやったかは聞いている。
真菜たちの担当は先述した通り模擬戦闘のカリキュラムだ。
一通りの基礎と実習の授業を行ったので、まずは体験してみよう、使ってみよう、という趣旨のようだ。
「では行きますわよ」
「おう。いっちょ雛どもをもんでやるとするか」
三人は連れ立って訓練場に向かう。
訓練場は屋根のないスタジアムのようだ。
グラウンドの広さは土がむき出しになっている。屋根がないのも、雨などが降った時にぬかるんだ地面で訓練ができるように、ということらしい。
訓練に使える面積はなかなか広く、具体的にはサッカースタジアムのフィールドくらいであると日本から派遣された教師から聞いた。
スタジアムは観客席も設えられている。
ここで何かしらの大会というか、そういうものも行われるのだろう。
そのフィールドには、六十人の生徒が整列していた。
彼らの正面、そして後ろにそれぞれ教員が立っている。引率、責任者というところだろう。
ひとまず、真菜たちは剣術の教員の後ろに並んだ。
「全員そろっているな」
真菜たちが到着したことを確認した模擬戦闘担当の教員バルジは、生徒たちを睥睨した。
「さて、諸君らは幾度か剣を手に取り、魔力についても触れ、基礎の魔術を覚えた者も出てきた」
これは帝国側の生徒も日本側の生徒も、優劣はないという。特に魔術について、その差は大人たちが想定していた以上に小さかった。
そのように語る偉丈夫。彼が放つ威圧感は相当なものだ。
抜き身のグレートソードを地面に突き立てている、というポーズもそれに拍車をかける。
簡単に自己紹介されたのは、元騎士であるということ。
足に古傷を負い現役を続けることはできなくなってしまったが、教導ならばできるということで白羽の矢が立ったのだという。
「覚えた力、振るいたくもなろう。若き時分である諸君らの歳の頃ならば当然の事。故に、この学院には帝国における戦闘の最前線にて最難関に立つ現役冒険者を、非常勤の講師として雇い入れている」
元騎士バルジは自身の眼力でもって生徒たちをにらみつけているからか、生徒たちはごそごそと話すどころか口を開くことさえない。
彼は面倒見がよく、立派な心根であることを真菜たちは知っている。
アリスも彼を「騎士の模範であると評され、今なお騎士を体現しようと自身を律し続けている者」と評価した。
むしろ普段は優しいと聞くが、今こうして生徒をにらみつけているのは戒めなのだろう。
模擬戦で使う武器は刃引きしてあるとはいえ、金属の塊を振り回すことには変わりはない。
その危険性ゆえに、遊び感覚を生徒たちから取り除こうとしているのだろう。
帝国の子どもたちはもちろんだが、それ以上に日本人の子どもたちに向けてだ。
「諸君らも気になっていただろう。非常勤講師三名を紹介しよう。ミスリルランク冒険者パーティ、暁だ」
生徒たちが真菜たちの姿を見るのは、入学式の時以来だ。
あれから二週間、一度も学院に来ていないのだから当然である。
「暁の槍使い、アリスフィアですわ。わたくしが武器を使った教練を担当いたしますわ」
「闘士のアズだ。アタシは近接戦闘全般を担当するぜ」
「わたしは魔術師の真菜よ。魔術を担当するわ」
スラっとしたアリスとアズはともかく、真菜には疑念の視線がぬぐえない。
見た目は中学一年生、十三歳のままなのだ。
ここに来ている生徒たちは全員が十五歳以上。
年下から何を学べるのか、むしろ学ぶ側ではないか。特に日本人たちからその思いは伝わった。
当然の感想だろう。
それは分かっていたのか、バルジは生徒たちをゆっくりと右から左に見渡した。
「彼女らが冠するミスリルランク。それは伊達や酔狂で得られるものではない。貴族に近い尊敬を集めるランクなのだからな」
バルジがそう言い募るものの、どこまで響いているか。
もっとも、彼らの現時点での評価など真菜にとってはどうでもよいことだ。
見た目が子どもであることで侮られる、というのは良くあることだった。
真菜としては仕事を依頼した側の気持ちも分かる。
ほとほと困った結果、高いお金を苦心して工面し腕利きの派遣を求めたのに、やってきたのがこんなちんちくりんでは文句のひとつも出るというものだ。
ただ、真菜にもミスリルランクとしての矜持がある。侮り文句を言う気持ちは分かるが、いつまでも言わせているわけにもいかない。
実力は結果成果で明かしてきたのだ。
今回の授業もそれであると言える。
授業をするにつれ、認識を改めていくことだろう。
「では、ここから先は彼女たちにバトンを渡そう。では頼んだぞ」
バルジはそう言って下がった。
教導を行うのは真菜たちで、彼含む他の教員は補佐と監督に回る手はずになっている。
真菜は一度ぐるりと生徒たちを見渡し、ひとつ決定した。
「この中で魔術を撃てる人は模擬戦に参加。魔術を撃てない人は魔術の訓練か模擬戦を選べる、でどうかしら?」
「そうですわね」
「それがいいかもな」
魔術の習熟状況には進捗の差があると聞いている。
はやく
現に真菜たちの結論を聞いてほっとしている生徒たちが確かにいた。
ただし。
「カリキュラムとしてある以上、いずれ全員が模擬戦の授業を受ける必要がありますわ。そこを勘違いしないように」
「どうせやるんだ。期限作っとくべきだろうな」
「そうね。ま、それは後で決めればいいわ。じゃあ……そうね、魔術師、戦士、闘士。それぞれ、一人一回はやるように。その後は好きな相手と闘っていいわよ」
真菜がそう言うと、生徒たちはわらわらと動き始める。
連れ立って動くもの、一人で動くもの様々。
模擬戦に参加しないと決めたのは全部で十二人。日本人生徒八人、帝国民四人。彼らは魔術の教師のところに向かったり、バルジのところに向かったり。それぞれ基礎の教練を行うようだ。
よって四十八人は模擬戦参加。
そのなかで真菜の前に並んだのは十人である。
アリスの前に二十二人、アズの前に十七人という形になった。
真菜のところに来た日本人は二人だけ。後は全員帝国民の生徒である。
「さて、それじゃあ……」
早速始めよう……そう考えたところで。
「へぇ~、ほんとに先生なんだねぇ?」
「佐々木真菜ちゃん、だっけ? ほんとに中学生じゃん」
日本人男子二人が真菜のそばに立った。
身長百四十七センチの真菜を見下ろしている。
「君たちは……竹山と野島ね。何か用かしら?」
軽く見上げてそう答えると、竹山と野島は一瞬たじろいだ。
見た目年下の少女に呼び捨てにされたのが予想外だったのだろうか。
実年齢で見ても真菜の方が学年は一つ下なので、相手を年上として敬うのもやぶさかではないのだが、現在は教師と生徒。
そこの線引きはしなければならない。
立場というものがあり、それは日本よりも帝国の方が厳格である。
でなければ身分制度社会であるはずがないのだから。
……という建前ももちろんあるが、相手が明らかに真菜を侮っているので、本音では上辺だけでさえ敬う気など一切起きなかった真菜である。
「いやあ、日本人だからさぁ」
「そうそう、しかも帝国人だっていうじゃん? せっかく日本と繋がって帰れるようになったってのにさ」
これは竹山と野島にとっては本音である。
行方不明になって帝国で見つかった。いわゆる神隠しからの奇跡の発見、というのが佐々木真菜という少女の扱いだ。
彼らからすれば、異郷の地から日本に戻れるようになったのだから戻ればいいのに、と思っていたのだ。
「わたしにも色々事情があってね。……そうだ、ちょうどいいわ。あなたたち、わたしにかかってきなさい」
「あん?」
「俺たちのうちどっちかが先にやりゃあいいのか?」
「いいえ」
杖を突く音と足音を響かせながら野島と竹山から数メートル距離を取り。
「二人同時で構わないわ」
そう言いつつ向き直った。
これには竹山も野島も口元をひくつかせる。
「さすがに怪我させるのはなぁ」
「そうそう、さすがにちっちゃい女の子に殴りかかるってのはな」
意外と紳士的なのだろうか。
一瞬そう思ったが、すぐに「無いな」と結論付ける。
「心配いらないわ。その剣で私を殴り飛ばすつもりで来なさい。それでも指一本触れられないと思うけれど」
こうたきつけた方がやる気になるだろうか。
「……あぶねぇと思うんだけどなあ。でもなぁ」
「そこまで言われちまうと、こっちも引けなくなっちまうよなぁ」
真菜は与り知らぬことだが、彼らは真菜を利用しようとしていた。
中学生なら少しプレッシャーをかければどうとでもなると思っていた。
それが蓋を開けてみれば下手な同級生よりもよほど堂々している。
見下ろしてもまったく恐れている様子が無いのだ。
これはあまりにも想定外だった。
「そこまで言ったんだ! 怪我とかしないようにしてくれよな!」
刃を引いた剣を振り被り、竹山は真菜に突進すると足に向けて振り下ろした。
さすがに頭を殴りつけたら普通に死ぬと分かっている。
殺すわけにはいかないから、という竹山なりの配慮だったが。
ガッと音がして竹山の剣が止められた。
その手に持っている杖でもない。足の裏を振り下ろし、剣の平を踏み潰すようにして剣を止めたのだ。
一キロ以上もある鉄の塊を振り回した運動エネルギーはかなりのもの。それをびたりと止められ、竹山の手にはかなりの負荷がかかった。
「いっ……!?」
「ほら、動きを止めない」
「うっ!?」
真菜が杖を振りかざす。
痛みに顔をしかめていた竹山はそれに対応できなかった。
竹山を助け出すため、野島が覚えたての火の玉を放つ魔術、ファイアボールを真菜に向けて放つ。
巻き込まれてはかなわないと、竹山は剣から手を離して距離を取った。
(武器に執着しないのはいいわね)
飛来した火球を、真菜はぺしりと手の甲ではじいた。
当然火傷などしない。魔力で防護して行ったからだ。
さすがに完全な素手では火傷してしまう。
二年間欠かすことのなかった修行などを通じて真菜の基礎体力も更に上がってはいるのだが、さすがに皮膚が鋼鉄のようになるわけではない。
ただ、この程度の威力であればどうということも無い、というのが正直なところだ。
直撃を受けても、常に身体に巡らせている魔力の防護膜で防げたことだろう。
だが。
剣の一撃は簡単に対処され、ファイアボールはたやすくかき消してしまった。
剣を持っただけ、魔術を使えるだけの素人にどうこうできるほど、ミスリルランクは安くないということだ。
左手に風をうず巻かせて、竹山と野島に放った。
なんということはない、ただの突風である。
しかしすっかり驚き気を取られてしまっている彼らに、踏ん張る余裕は与えなかった。
ゴロゴロと転がっていってしまう竹山と野島。
二人が身体を起こすと、信じられないものを見るような目で真菜をみやった。
「これが実戦なら死んでいたかもしれないわ」
真菜は適当に魔術を行使した。
左手の人差し指の先に生み出したのは炎で出来た投げ槍……炎系の中級魔術である。
撃たれていたのが突風ではなく炎の槍だったなら……。
このメッセージがきちんと伝わったようで、真菜は満足げにひとつ頷いた。
「さて、竹山と野島は終了。休んでいなさい」
炎の槍を握りつぶしながら、模擬戦一戦目の終了を告げる。
この街に来てからも遊んでいたわけではない。
魔術師として授業を行う以上、魔法しか使えないのでは話にならない。
幸いこれまでの修行の積み重ねがあるからか、魔術を覚えるのに苦労はしなかった。
もちろん魔法の方が優れている。何せ想像力がある限り制限などないようなものだからだ。
だが覚えてみて初めて、魔術にも魔術の良さがあると知った。
簡単に言えば魔力の消費量が魔法よりも少ないこと。術式を通して発動する魔術は誰でも習得できること。
魔法の才能はアルヘラから譲られたもの。魔力を直接事象に変換する、と口で言うのは簡単だが、それには特別な才能が必要なものなのだ。
「時間は有限。どんどんいきましょう?」
それを皮切りに、次々と真菜へ挑む生徒たち。
彼らをそらしかわし受け止め続ける。
やがて授業終了の鐘が鳴った。
模擬戦闘の授業はつつがなく終わらせることができたと、安どのため息を吐く真菜であった。




