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6話

 リンクバーグ異界交流学院、大公会堂。

 ゲートを見学した翌々日。

 記念すべき第一期生の入学式当日だ。

 真菜、アリス、アズの三名は大公会堂の教員席にまとまって腰かけていた。

 なるほど、さすがに日本と帝国双方に見せるべきものであるからか、かなり気合を入れて建築したことが見て取れる。

 場合によっては皇帝がここに登壇することも考慮に入れられているからか、建築については素人の真菜であっても「見事」と言えるだけのものだった。


『続きまして、学院長よりご挨拶を……』


 集まった生徒たち、教員たちに対して演説を行おうとしているのが、学院長ブリュンスタッド・レンドラット。

 皇帝によって直接面談を受けた末に採用された老人である。

 特に真菜とは六十歳以上の差がある。

 ただ、ブリュンスタッドが年老いてよぼよぼで耄碌しているかといえば全くそんなことはない。

 背筋はぴんと伸びて矍鑠としている。

 彼を年寄りと侮ることなどできないだろう。

 壇上にはマイクが設置されており、ここでも異世界と日本の交流が見て取れる。


『私が紹介にあずかったブリュンスタッド・レンドラットだ。さて諸君。まずは入学おめでとう』


 学院長の挨拶を聞きながら、真菜は生徒たちが座っている場所を見やった。

 大公会堂には、六十人の生徒が出席していた。

 建物が持つキャパシティに対して明らかに少ないが、まあ初回なので仕方ないだろう。

 この辺りは説明で聞いた通りである。

 なんでも初年度は日本から三十人、帝国から三十人の生徒を集めたとのこと。

 それによって問題点や改善点を洗い出して、次年度は一クラス三十人で四クラスを作る予定だという。

 徐々に受け入れられる生徒数を増やしていき、最終的には一学年で生徒三百人が最終目標との事だった。

 ともあれ、生徒の人数は少なくとも、人が少なくて見栄えがしない、とはなっていない。

 入学式と銘打っているが、実質的には交流が一定の成果を挙げたことを祝う式典のようなものである。

 日本人と帝国民が左右に分かれてまとまって座っている。

 その後方にはそれぞれの国の重役らしき者たちが雁首を揃えている。

 それに加えてテレビカメラも多数配置されており、この式の様子を撮影していた。

 まだ日本と帝国間での電波のやり取りはできていないようで、録画となるようだ。


「確か、貴女の国では十五歳から高等教育でしたわね?」

「そうね」

「小中高大、だっけか、めんどくさい分け方してんな」


 隣に座るアリスと小声でやり取りする。三人を覆うように防音と幻視の魔法をかけておけば、周囲に会話が漏れることはなければ、話をしていることがばれることもない。

 第一回目だからか厳粛さも求められているので、雑談などを漏らさない配慮である。

 リンクバーグ異界交流学院は、日本では高校に位置する。

 日本人生徒の場合、ここを卒業した場合の進路はざっくり分けて二つ。

 リンクバーグで働くか、日本に戻って就職もしくは進学となる。

 少なくとも日本での就職はかなり有利になると言われている。

 今日本での話題を席捲している異世界の学院。

 学業だけが重視されるわけではないため、応募の門戸は実質無制限。入学できるかどうかも単なる抽選だが、卒業はなかなかハードルが高いという前評判だ。

 ついて来れなければ割と容赦なく留年、退学がされるということである。

 ところで、アズが日本の学業について「めんどくさい」と評したのは、帝国にある学院及び学園は、ほぼそのすべてが一貫だからだ。

 大体七歳から十歳で入学し、最大で十度の進級があり、中学や高校に相当するものは存在しない。

 六年、三年、三年でいちいち通う学校が変わるのは面倒だ――アズはそう言ったのである。


「ふふ、カメラが頻繁にあなたに向けられますわね? 真菜」

「そうね。まあ異世界側の日本人だもの。わたしをカメラに収められる日を待っていたんだと思うわ」


 幾度となくレンズが向けられていることは真菜も気付いていた。

 どうしようもないので放置するしかない。

 この後マスコミと接することは無いのがありがたい。

 マスコミはこの学院内どころかリンクバーグ内でも、自由に歩き回っての取材や、無許可での帝国民への接触権限は与えられていない。

 撮影機材などについては更に厳しく、リンクバーグを統治する日本側及び帝国側から許可を得なければ持ち歩くことすら許されていない。

 無断で撮影した場合、カメラを物理的に破壊及び投獄も辞さないというのが帝国側の姿勢である。

 ここはマスコミ側が報道の自由を持ち出して猛反発した。

 それもあって日本側もかなり粘って交渉したそうだが、帝国が一切譲らなかった。

 現に以前それを破った某局は、通報を受けてかけつけた騎士たちによって取材班全員取り押さえられた。

 その際は撮影機材を問答無用で叩き壊された挙句に投獄され、弁償など一切してもらえないどころかなかなかの保釈金を支払わなければならなくなったそうだ。

 最初はそのことをやり玉に挙げて様々な文句を垂れ流したが、マスコミに配慮し続けてきた政府は毅然とルール違反を暴露。

 国としては一切補償もしないどころか、今後帝国関連では某局をハブると公式発表したおかげで、今はすっかりおとなしくなっているという。


「あれで映像、ってのが撮れるんだろ、お前の故郷はすげぇよなぁ」

「しかし、扱い方によってはプライバシーの侵害にもなる機器ですか……危うさも孕んでいますわね」

「ええ。だから事前知識なしに近づくのは危ういわ」


 射影機の開発すらされていないため、アズはその技術に感心しっぱなしであるが近づこうとはしない。

 それには真菜の忠告が生きている。

 この辺り、知らない素材を雑に扱うと危ないのと一緒、というたとえが腑に落ちたようだ。


「さすが、陛下のご英断ですわね。民の姿を無秩序に公開されるのは困りますもの」


 カメラでの撮影という文化が出来ていない帝国からすれば、そのような得体の知れないもので帝国内部のことを垂れ流され、あまつさえそれがデータとして残るなどありえない、ということで一致している。

 民を守る国としては当然の判断だった。むしろ限定的とはいえこうして入国を許しているのだから、かなり寛大であろう。

 そこは日本側ががんばった結果ともいえるだろうか。

 一方、真菜についての情報は漏れているらしく相当数の取材申し込みが来ているそうが、一律で断るよう当局に申し入れているので、今のところ何も連絡は来ていない。

 ともあれ、すべての情報は守れないと真菜も分かっている。

 マスコミの情報収集能力は相当なものだ。

 更に帝国との交流という恰好のネタに喰いつかないはずがないからだ。

 ありとあらゆる手段を講じてくるに違いない。

 真菜としては、それに驚かないように心構えしておくだけだ。


「真菜に注目してんのはマスコミ? だけじゃないけどな」


 アズの言う通りである。

 真菜に興味を持っている者は日本側、帝国側問わず多数いる。

 日本出身の帝国人。これが相当なパワーワードであることは真菜も理解していた。

 帝国人も真菜を気にしているが、それ以上に視線をくれるのは日本人が多い。

 どうにかして真菜を取っ掛かりにできないか、というところだろうか。

 そこには決して良い感情は含まれていなさそうな視線もあるように感じるのだ。


(……穿ち過ぎかしらね?)


 純粋な興味の可能性も十分ある。

 どうやら、日本という単語に対し、ずいぶんと過敏になっていたようだ。

 それが無自覚だったとようやく自覚した。

 ともあれ、真菜は既に帝国で一定の地位を確立している。

 ミスリルランクだけでも輝かしいもので、数多の冒険者が目指し渇望する頂き。

 更に皇帝から直々に非常勤講師の役目を依頼されたことで、事実上役人という扱いであるとアリスは言った。


「胸を張っていればいいのですよ」

「そうそう。アタシたちはちゃんと成果を挙げてんだからな」

「……そうね」


 アリスとアズが言う。

 その通りだと真菜は笑い、雑談終了と告げてから幻視と防音の魔法を解いた。

 堂々とその視線を受け止める真菜であった。



 入学式はつつがなく終わり、既にHRも終了している。

 既にほぼすべての生徒が寮の割り当てられた部屋に帰っている。

 明日からは普通に授業が始まるのだ。

 学院が始まって記念すべき初授業。

 日本人の生徒も帝国人の生徒も、明日からの授業に向けて準備をしているところだろう。

 だが、そんな真面目なばかりではない者もなかにはいる。

 もちろん表立って反抗したりしたりはしない。

 目立つことをして目をつけられないよう猫を被るくらいのことはする。

 逆に言えば、見られなければいい、ということだ。


「はあ、だりぃ」


 竹山 慎吾は寮の裏庭で、壁に寄りかかってぼんやりしていた。

 入学の式典は長かった。

 時間にするとおおよそ三時間というところだ。分かっていてもだるいものはだるい。

 そういうのがこらえられないからこそ、今ここにいると言っていい。

 帝国で冒険者として就職する道もあると聞いた。

 事前に簡単に聞いた話では、街の外などで魔物を倒したりする仕事のようだ。

 命がけだが、うまくいけばかなりの稼ぎを得られる可能性もあるという。

 つまり、力が強ければそれだけで生きていけると竹山は理解した。

 面倒な規律やルール、そういったものに縛られているのは性に合わないと常々感じていた。

 抽選が当たった時は飛びついたものだ。


「……あー。くそ、ヤニ持ってこれなかったんだよな」


 いつものように胸ポケットを探って、たばこが無いことに気付いて竹山は舌打ちした。


「さすがに見つかって取りやめンなったら困るもんな」


 竹山の横にはもう一人座っている。

 野島 洋介だ。

 竹山と野島は会ってすぐに理解した。同じ人種であると。

 二人して特に約束するでもなく、こうして集まることができていた。

 考えることは大体同じだったのだ。

 どうやらお互いにたばこを吸っていたという共通点があったことも今判明した。

 二人とも、目の前の相手が我慢していることが慰めになった。


「持ったままこっちに向かうことはできなかったからなぁ」

「ああ、見つかったらどうなるかわかんねぇしな」


 さすがに、リンクバーグ異界交流学院が大人たちにとってどんな位置づけなのかは竹山も野島も理解している。

 ゲートをくぐる時には持ち物検査とボディチェックが行われた。

 スマホも持ち込み禁止であり、リンクバーグ内でのみ使える専用の携帯電話が支給された。

 電話とショートメール以外の機能がないシンプルなもの。スマホですらなくカメラやブラウザといった機能さえもない。

 相当に厳重だ。

 武器はもちろん、たばこや酒などの禁制品が見つかっていたらどうなっていたことか。

 ルールに表立って逆らうのではなく、どうやってすり抜けるかに主軸を置いていた。

 当然、それには乗り越えると危うい線の見極めが大事なのだ。

 竹山も野島も、その嗅覚が働いてたばこを持ち込まなかった。

 何かたばこに変わるものを見つけなければ、ストレスが溜まるばかりである。


「……そういや」

「あん?」


 口寂しそうな竹山から視線を外し、野島がぼやく。


「覚えてるか、慎吾。センコーの席に日本人がいたろ?」

「ああ、いたな。ガキだったな」


 つい先ほどの事だ。忘れるはずがない。

 教員席に座っていた日本人の少女。

 彼女のことは竹山も野島もよく知っていた。

 二年前に行方不明になった中学一年生の女の子。

 それが帝国で見つかった、と連日テレビで放送していた。

 詳しいことは全く分からない。行方不明当時は中学一年生だった、ということと、佐々木真菜という名前しか公開されなかった。

 情報がなかったことがかえって様々な推測や憶測を呼びSNSでも非常に盛り上がった。

 ついには陰謀論まで出てきた始末。

 だが、竹山も野島もそんなことにはまったく興味を持たなかった。

 今大切なのは、日本人の少女が教員席に座っていたことだ。

 二年経過しているはずなのに中学一年生の姿のままというのは謎だが、それもまたどうでもいい。


「センコーになるくらいだから、結構融通利くんじゃねぇか?」

「確かにな。じゃあ……」

「あいつに頼めばうまいことやってくれんじゃね?」


 竹山と野島は笑い合う。

 うまいことやってきたのだ。

 バレないように。

 こっそりと。

 そういう人種であることを二人とも分かっていた。

 ならばどうするか。

 後は、実行するだけである。

 うまくいくことを疑っていなかった。

 相手は小柄な少女でしか、ないのだから。


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