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5話

 海岸沿いの街。

 そこが、ゲートが開いた場所に構築された街、リンクバーグである。

 もともとは何もない土地だったが、日本に繋がるゲートが発見され、紆余曲折の末に街を築くことに合意がなされた。

 街というにはまだまだ不完全で空き地はいくつもあるが、日本の建築技術もふんだんに使われているので、この世界ではありえないほどの速度で街が築き上げられたと聞いている。

 異世界をくぐるゲートがある街ということで、その扱いはほかの街とは一線を画す。

 ザングレイブ帝国と日本が共同で統治が行われている。

 そんな初の共同作業の末に築かれた街を歩く真菜は、そこかしこに垣間見える日本の面影に、どこか郷愁に駆られていた。


「おーい、ゆっくり歩いてないで、速く行こうぜ真菜」

「まあまあ、いいではありませんか。真菜にとっては久々の祖国の雰囲気なのですから」


 リンクバーグにはつい先ほど到着したばかりだ。

 夕方以降に到着したのならば明日にするつもりだったが、

 真菜は街を歩いていた。

 人通りと活気はそれなり。帝都ほどではないが、新規で建築された街であることを考えれば、そしてこの街の特殊性を考えれば賑わっている方だろう。


「懐かしさを感じる、ってだけだけれど」


 アリスとアズにそう答える。


「それでも、ですわ。ゆっくり歩いているわけでも無いのですから」

「そりゃあそうだけどよ」

「それに、わたくしがいた方が話が早いのは分かっていますでしょう?」

「ちぇっ、そいつを持ち出されるとなぁ」


 アズは唇を尖らせて引き下がった。

 チューブトップに大きな胸を無理やり押し込み、ショートパンツに指ぬきグローブと、快活な格好をしている。

 のだが、裏を返せば女性としての自身の魅力、主に男性からどう見られるかについてはまったく興味が無いともいえる。

 美しい銀髪は「戦う時も錬金の時も邪魔だから」という理由でポニーテールにしている。結う位置がずれることなど日常茶飯事だ。

 褐色の肌にはいくつも消さなかった傷跡がうっすらと残っている。

 暁としてパーティを組んでからはきちんと治しているものの、それまでは傷など塞がって後遺症が残らなければどうでもいい、という対処をしていたというから驚きである。

 彼女の興味のほぼすべては錬金術に向いている。

 闘士として戦うのも、素材を自分で採るために必要だからであって、誰かから学んだわけでも無く我流というから驚きである。


「アズ、至近距離で見られるわけではないのよ?」

「分かってるって。それでも早く見たいんだよ」


 この世界とゲートがつながったままというのは褒められたものではないが、ゲートについてはザングレイブ帝国と日本がどういう仕組みかをずっと研究しているが、全く糸口が掴めていないことは分かっている。

 現在ではゲートを自由に使える人間は限られており、使用許可が出ていない者は一定以上近づくこともできない。

 ただ、このゲートを一目見たいがために訪れる者は結構いるようだ。

 日本のように車も無ければ新幹線も無いし飛行機も無い。

 この世界での旅行観光というのは、貴族など富裕層などの贅沢、行商人や冒険者の特権であり、一般市民は馬車で何日もかけて移動する際の運賃を払う余裕などない。

 現に、真菜たちもゲートを見るために街を歩いているのだ。

 ただアリスの権力と、自分たちの役割があれば、普通の一般人が近寄れる限界よりももう少し近くで見られるとのこと。

 本題はこの街にある学院での非常勤講師だが、せっかくこの街に来たのだから、ゲートを見学しないという選択肢はなかった。


「いやぁ、この仕事を請けて良かったなぁ。ナイス判断だ真菜、アリス!」


 アズも当然ながらこのゲートのことは知っており、一度個人的に見に行っていた。

 錬金狂いであるアズならば、新しく珍しい、興味を引くものに飛びつくのは当然の動きなので真菜もアリスもまったく不思議には思えなかった。

 ただその時は、遠目から眺めることしかできず、細かいところまではさっぱり分からなかったと帰宅後ごちていたのを覚えている。

 なので、しかるべき報酬を提示すれば、アズが飛びつくはず、と思った真菜の判断は正解だった。

 学院の非常勤講師自体にはまるで興味を示さなかったが、リンクバーグのゲートを見られること、非常勤講師として素材について国と相談できること、これについては強い歓喜を見せたのだ。


「確かに、アズを引っ張り出せたのは真菜のファインプレーでしたわね」

「アズを引っ張り出すなら錬金狂いであることを利用するのが一番だと思ったのよ」

「いやあ、照れるぜ」

「褒めてないわよ?」

「……錬金狂いって、アタシを褒めたんだろ?」

「まったく、この子は……」


 などと言葉を交わしながら道を進み。

 グランザラードなどと比べれば広くはない街なので、あっという間に海岸までたどり着いた。

 リンクバーグは北が海に面している街だ。

 左側には港があり、右側は砂浜になっている。そして真ん中には海に突き出た岬があり、そこにゲートは存在していた。

 十メートルほどの間隔を置いて、真円の石柱が二本屹立している。

 日本の測定により、高さ約七メートル、直径は約一メートルであると分かっている。

 ミリ単位まで正確な数値が出ているようで、それは帝国側にも共有されているが、ただ見学するだけの者にとってはそこまでの詳細な情報は不要だ。

 その石柱からは青色の光が上側、中間部、下側より三本伸びている。青色の光は両方の柱から伸びており、中心付近で交差しており、そこに巨大な青白い球体を形作っていた。

 どうやらその青い球体がゲートのようで、その向こうには日本があるのだそうだ。

 だそうだ、という言い回しなのは、真菜たち……というか、一部の外交担当官以外の帝国民はそのゲートを通過したことが無いからである。


「あれがゲートなのね」

「そのようですわね」

「いやぁ、見るのは二回目だけど、やっぱとんでもないなぁあれは」


 真菜たちは観光客がゲートに近づける範囲での最短距離で、ゲートが青白い光を輝かせている様を眺めていた。

 あのゲートをくぐった先は、東京湾富津岬沖にある第二海堡だとのこと。

 そこにもこれと同じゲートが存在している。

 第二海堡は国有地であるがゆえに一般人はまず上陸できない。異常な物体が突如出現したということで即座に政府で対策委員会が設置され、調査隊が編成された。

 なので、実は世界を渡ったのは日本の方が先なのだ。この辺りの即応性などははっきり言って日本側の方が圧倒的に速かった。

 その後、この地域を収める貴族が出している領地内警備隊によって不可思議な物体が発見され、色々あって今に至るわけだ。

 二年前当時の貴族の苦労が伺える。その貴族が辣腕で皇帝ガウディノールにも一目置かれるほどの政治家でもあったからこそ、ファーストコンタクトで戦争に至らなかった。

 ……日本が作ったと思われる案内看板にはめ込まれている金属板に、帝国が掘ったと思われる帝国文字でゲートの説明が記載されており、そこの内容をかいつまむとそんなところである。


「さて、行ってみましょう」


 ここから先は辺境伯の令嬢という強力なカードを持つアリスの出番である。

 警備をしている兵たちの中でそれなりに地位がありそうな者に目をつけて話しかける。


「ちょっとそこのあなた、少々いいかしら」

「ん、なんだお前たちは……こ、これは失礼いたしました!」


 近づいてきた真菜達三人を見て怪訝そうな顔をした兵士だったが、次いでアリスがギルドカードで身分を証明したとたん、彼は大慌てで直立不動になった。


「いえ、構いませんわ。わたくしが身を明かす前のことですもの。以降も同様の態度では困ってしまいますが」

「寛大なお言葉、感謝申し上げます! して、何か御用でございますか?」


 直立不動で敬礼をする兵士。

 彼は右手の指を揃え、甲を額に当てた。

 帝国の敬礼である。

 これは大昔の帝国で皇帝に対して行われた敬礼だ。皇帝は、光から目を守らなければいけないほどに眩く輝いている、ということを示すためのもの、とのことだ。

 それが長い時間をかけて浸透し、今では軍全体で採用されているとのことだ。

 長い歴史を垣間見えて感心したものである。


「用というのはほかでもありませんわ。もう少し近くで、あのゲートを見てみたいのです。無論、ある程度の距離は保ったままで結構ですわ」

「それは……」


 ある程度地位が高そうだとはいえ、そのような判断を下せるほどの裁量は持っていないだろう。

 何せこのゲートを中心として街自体を帝国政府が管理しているのだ。

 いわば国有地である。

 立ち入りを禁止しているのは別に独占だとかそういうことではない。

 いたずらにゲートに飛び込まれは困るので管理しているのだ。

 そこに近づかれては元も子もない。


「あなたで無理ならば、上官に話を通しなさい。これも持っていきなさいな」


 アリスは一通の封書を取り出し、その兵士に手渡した。

 そこには皇帝から勅命に近い形で出された依頼についての詳細が描かれている。

 断ってもいいと言われていても、正面切って皇帝に断りを入れるなどできようはずがない。

 それほどに皇帝の依頼というのは効力が半端ではない、ということだ。

 結論から言えば、真菜たちは更に近いところでゲートの観察ができていた。

 アズは前回よりもかなり近いところでゲートが見られているのでご満悦でだ。

 止めなければとっととゲートの近づいてしまうかと思ったものだが、実際はそれは杞憂だった。


「んん? いや、さすがに危険だしな。ここからでもじゅうぶんだぜ」

 そう、離れたところからしか見られなかったことを思い出せば、この程度、ということらしい。


「しかし、立派なものですわね」

「そうね。こんなものが突如現れた、なんて……にわかには信じがたいわ」


 真菜とアリスもまた、このゲートの圧倒的存在感にしばし目を奪われていた。

 アルヘラから借りた知識でもってこのゲートについての考察を行っているが、さっぱり分からない、という結果が出ている。

 明らかに天然物ではない。

 となると誰かが作ったことになる。

 では誰が?。

 分かるわけがない。

 何の目的だったのだろうか。

 しかもつないだ先がよりにもよって日本。

 真菜がこの世界に来ていることもあって、何となく作為的にすら感じてしまう。

 わずかな光をたたえているゲートを見つめながら、真菜はそんなことを思う。

 ふと、真菜の真正面にフードを深くかぶったローブの女性がいるのが分かった。

 女性?

 男性?

 ふと女性だと思った真菜ではあるが、よくよく見れば男か女かはさっぱり分からない。

 気になるのは、先ほどまでは間違いなくいなかったのに、今は真菜から見て十メートルほどの距離に立っていた。

 いったい何者なのだろうか。

 警戒を高めようとする。

 ……ここまでで、真菜が見知らぬ人物を見つけてから警戒を高める、という結論に至るまでに要した時間は一秒弱。

 明確に敵だとは分からない状態、つまりそれなりに気が抜けたところからスタート。

 ……と考えればかなりの即応力だが、これこそ真菜が冒険者を続けるうえで得た、大きな無形財産のうちのひとつである。

 かの人物からすさまじい勢いで何かがあふれ、四方八方に広がっていく。

 殺気は感じない。

 害意も感じない。

 敵意も感じない。

 攻撃では、ない。


(変われ! 真菜!)


 頭の中で叫ぶ声が聞こえる。

 それが誰か。

 考えるまでもなく。真菜は身体の制御をその声に引き渡した。

 真菜の身体が意志とは無関係に動く。

 右手が真横に振られた。


「あらぁ」


 直後、その人物から驚きと残念さが混じったような声が聞こえた。


「弾かれちゃったねぇ。ちょっち遅かったかぁ」


 中性的な声。

 男性のものにも聞こえるし、女性のものにも聞こえる。見た目からは性別を判断できないのと同じだ。

 そこで改めて、アルヘラは周囲を見渡す。

 彼女の目を通し、真菜にもその光景は飛び込んできた。

 すると。


(……!)


 周囲の人々が止まっている。

 目に映るものすべてから色が消え、灰色の濃淡があるだけになっていた。

 全員が止まったフリをして誰かをからかう。

 そのようなフラッシュモブ……演技などではない。

 まるで、時でも止まったかのような


「せいかーい、君以外の時間が止まってるんだよ。いやぁさすが日本人だ。即座に気付くなんてねぇ。あー、ますます惜しいねぇ」


 真菜を日本人だと正確にいい当てた。いや、言い当てたというより既に知っていた、というニュアンスが強いように感じられる。

 既に、身体の制御役は変わっているのに。

 真菜はただ後ろから見ているだけなのに。


「……間一髪であったな」

「ふうん? 君が出てきちゃった以上、これ以上は望めないねぇ。さすがに君を相手にすると時間がかかるからねぇ」

「そうとも。やすやすとはやらせぬぞ」

「時間かけすぎると他の神に見つかっちゃうからなぁ。ここまで、だねぇ」


 その言葉を残し、深くフードをかぶったローブの人物はパチン、と指を鳴らしてから掻き消えた。

 しばらくたたずむ真菜の身体。

 すると、だんだんと色がついてきた。

 灰色の世界が、一斉に、そして急激に色を取り戻していく。


「こんなすげぇもんを作り上げるなんてなあ。こいつはアイディアが沸くぜ」


 どうやらアズにとっては、自身の錬金術に一石を投じてくれるかもしれないと楽しそうである。

 アリスは、そんなアズを見て仕方ないな、とため息をついて苦笑いしていた。

 二人とも、気付いていない。

 つい今しがた、そこにローブの人物がいたことにも。

 時を止められていたこと。

 アルヘラが交代をしなければ、真菜自身も止まった時間のなかに囚われていたに違いない。


「……っとと」


 気付けば、身体の制御も真菜に戻ってきていた。

 世界の「色」に気を取られていたので、バランスを崩してしまった。


「おいおい、大丈夫かよ」

「どうしましたの?」

「何でもないわ。ちょっとバランス崩しただけ」

「っだよ、だらしねーな。もっと腹に力入れろよな」


 アルヘラと入れ替わっていたことがばれていないのなら問題は無い。

 アリス、アズに大丈夫、と告げてから、真菜は改めてゲートに目を向ける。


(……今のは)

(うむ。そなたが予想する通り、あれは時間を自在に操るわざだ)


 やっぱり。

 真菜はそうだろうと思っていた。

 周囲が止まり、空間全体が灰色になっていた点から、平常ではないことは予想がついていた。


(狙われたのはそなただ)

(まあ、状況から考えるとそうなるわよね……)

(何を考えているのか分からぬが、な。あるいは何も考えていないのかもしれん)


 何も考えていないとは恐ろしいこともあったものである。

 ただ、それよりも大きな問題がある。

 対応が遅れてしまったことである。

 殺気も害意も敵意もないものだから、発見が遅れてしまった。


(あれは時空神だ)

(時空神?)

(うむ。時間と空間を自在に操る権能を持つ神。時空神クロノエリアだ)

(クロノエリア……)


 アルヘラは「これは推測だ」と前置きしたうえでつらつらと考えを明かした。

 時空神クロノエリアがゲートを作ったのではないか。

 時と空間の神であるクロノエリアの権能ならば世界の次元を飛び越えることも決して不可能ではないからだ。

 敵意が無いのは当たり前、害すつもりなどないからだ。クロノエリアは基本的に善神である。

 生きとし生けるものを導き、助け、世界の秩序を守るのがその仕事。

 ただその代わり、敵意や害意はなくとも結果的に害になることはあるのだとか。

 というのも、クロノエリアの性質はいたずら好き。

 世界の秩序に影響のない範囲でいたずらを仕掛け、対象の反応を見るのが大好きだという。

 対象を害そうという気はなく、ただ、慌てふためく姿が見たいだけ。

 ただそこは、はた迷惑であっても神は神。この世界に遍く生きる者とは基準も価値観も違うため「神にとっては」大した害ではない、というだけだ。

 害意はなくとも。

 そのいたずらの結果が、仕掛けられた側にとっては害になった事例は枚挙に暇がない。

 生来らしいその性質もあいまって非常に面倒な神である、とアルヘラは結んだ。

 なるほど。だから、真菜も気付かなかったのだ。

 殺気はおろか、敵意も害意もないままに仕掛けられては、初見で前提知識がなければ対処など不可能である。

 しかもそのいたずら、子どものちょっかいレベルではなく、時間と空間をつかさどる神が行うのだ。

 必然、子どものいたずらなどとは比較にもならない。


(ゆめ気をつけよ。いつでもわらわが助けてやれるとは限らぬからな)


 時空神クロノエリアは何を考えているのかは分からないから、遭遇したらひたすら逃げろ、とアルヘラは言う。

 神ゆえに様々な制限があるようでそうそう現世に現界できるものではないそうだが、来るときは来るという、それも唐突に。

 確かに逃げるのが得策だと、真菜は素直にアルヘラの助言を受けた。

 神と相対するなどまっぴらごめんである。

 それに満足したのか、アルヘラの意識が深層に沈んでいくのを感じるのだった。


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