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4話

 翌日の夕方。

 真菜とアリスは、皇帝に呼び出された。

 昨日と同じように城内を侍女に先導されて歩く。

 途中から、昨日は歩いたことがない区画になったことに、真菜は気付いた。

 歩いた距離もそれなりにあるので、ずいぶんと城内の奥まで来たらしい。

 更に奥へ奥へと向かって歩き、そして通された先は。


「来たな」


 なんと、皇帝ガウディノールの執務室であった。


「陛下。お待たせして申し訳ございません」

「よい。両名とも、遠慮せずに座るがよい」

「失礼します」


 さすがの真菜も、皇帝相手に冒険者の流儀であるため口をきくつもりはない。

 高ランク冒険者、真菜と同じミスリルランクの冒険者であれば、王侯貴族に対して敬語を使わない者もいるようだが、その辺りは個人の裁量だ。

 真菜は使うという選択をした。

 真菜とアリスが腰かけると、控えていたメイドが紅茶を三人前、テーブルに置いた。

 それを確認してから、皇帝は自身の執務机から立ち上がり、真菜とアリスの対面に腰かけた。


「ふむ、いい面構えだ」


 真菜を見て、皇帝はそう言いつつひとつ頷いた。

 真菜には分からなかったが、アリスにはその意図は伝わったのだろう。

 要は、皇帝を前にして委縮することもなく堂々としていることを褒めたのだ。

 その辺り、真菜の肝の据わりかたははっきり言って十代前半の少女のものではない。

 冒険者になってから二年そこら。まさに破竹の勢いというスピードで実績を次々に積み上げたのが、真菜という少女だ。

 年若いながら、相当な修羅場をくぐっているのは間違いない。

 無論もともと才能に恵まれてはいたのだろう。だが、それだけで手に入れられるほど、ミスリルというランクは軽々しいものではない。

 つい先日も、ワイバーンの群れに加えてワイバーンの亜種を討伐しているという調査結果を、ガウディノールは受け取っている。

 ワイバーンは戦闘力が高いのはもちろんだが、かなり頭もいい魔物である。

 ワイバーンの亜種はそれに輪をかけて戦闘力も高く頭もいい。

 そんなワイバーンの亜種、とどめを刺したのはアリスだが、攪乱し弱らせ、とどめを刺しやすい状況にもっていくために場を支配したのは真菜だ。


「若いながら実に見事である。そなたらほどの腕は、我が騎士団にもそうおらぬからな」

「恐れ入ります、陛下」

「ありがとうございます」


 アリスが頭を下げるのに合わせ、真菜も同じだけ下げる。

 皇帝に対してどうすれば礼を失しないか、真菜には分からない。

 簡単なレクチャーは受けているが、最終的には「わたくしの真似をすればよいのです」とアリスが言うので、真菜はその通りにしている。

 貴族でもない者に、皇帝に対するきちんとした礼儀を厳しく求めるほど狭量ではない、とも言われているので、ある程度気楽にできるのが真菜にはありがたかった。


「さて……」


 皇帝は紅茶を一口、唇を潤す。

 彼が口にしたのを見て、アリスと真菜もまた紅茶を味わった。


「貴族であれば前置きというのは大事だが、そなたらは冒険者。よってつまらぬ慣習は無しとしよう」


 いきなり本題に入ったり、望みを直截的に伝えるのは、貴族としてははしたないとみられる。

 しかし真菜は貴族ではないし、アリスも冒険者として扱いそういったものは全て取っ払うという宣言だ。


「わざわざ呼んだのはほかでもない。そなたらに仕事を頼みたいのだ」


 やはりアリスの想像通りだった。

 皇帝の方も、予想されていたことを前提でいるようだ。


「承知いたしました。それで、どのような仕事なのでしょうか?」

「うむ。日本とは様々な話し合いを重ねてきたのだがな。本格的な交流の第一歩として、学院を設立することになった」

「学院、ございますか」

「まずは子供たちの学びをな。双方の教育を施してみることで、これからの時代に通ずる人材を育成しようということだ」


 二年間、当然ながらどちらの政府も遊んでいたわけではない。

 双方が戦にならぬよう細心の注意を払いながら交流を重ねてきた。

 世界同士の交流など前代未聞。協力して二方向で動いていた。

 扉をどうにか制御し塞ぐことは出来ないか。

 良き隣人として末永く付き合っていくためにはどうするか。

 の二方向だ。

 自分たちの世界でさえままならないのに異世界との交流など、帝国も日本も望むところではなかった。

 なのでその扉が閉じてくれるならそれに越したことはない、というのは帝国と日本の共通見解。

 よって双方が優れた技術者を派遣し、扉を処置できないかという方向で動いている第一対応会議。

 だが繋がってしまった以上は放置はできない。

 双方の民が勝手に世界をまたがないよう管理する必要があるし、扉の処置ができなかった時のことを考えどう交流していくかを検討する第二対応会議。

 依然としてどちらの部隊も現在進行形で動いているが、二国の頭脳が集まった第一対応会議の総力をもってしても、扉がどのような原理なのか解明の糸口すら掴めていないというのが現状のようだ。

 扉が即座に塞がらない以上は今後も関係は続くとみて動くべき。その前提のもと第二対応会議の方では両国共に益をもたらすにはどうするかということで様々な案が出て調整が行われていた。

 その一案であった交流のための学院が初めての具体的実現例として、開校というところまで来た。

 開校に至るまでには侃々諤々と議論が続き、合意するまでにはかなりの時間と数多の調整を要したがそこは割愛するとして。

 双方から教員を出すことになったので、それにふさわしい人材を探していた。

 ……というのが皇帝の話だった。


「わたしたちはその学院の非常勤講師、というわけですね」

「その通りだ」

「常勤講師でない理由はどのようなものでしょうか」

「現役のミスリルランク冒険者を長期間学院に縛り付けるのは不可能だ。冒険者として常に即応できるようにしてほしいと方々から陳情が上がってな」


 既に一線を退いているならともかく、現役冒険者が自由に動けない場合、活動拠点となっている国にもたらす不利益は尋常ではなくなってしまう。

 現役ミスリルランク冒険者が常に動ける状態でいることは絶対に必要である、ということだ。


「そなたらは出勤できるときだけ出勤すれば構わぬ。依頼があればそれを優先する、という契約となる予定だ」

「じゅうぶん理解出来ましたわ」

「具体的な授業内容については、学院の理事から聞いてもらえばよい」

「承知いたしましたわ」

「報酬は一日あたりの支払いだ。ミスリルランク冒険者を一日拘束する依頼の平均から算出し、その二倍を支払うことを決めている」

「かしこまりましたわ」


 それ以外にもいくつかの話があったが、どれも暁にとってじゅうぶん有利な条件である。


「……あ」


 ふと、真菜は何かを思いついたように声を出してしまった。

 これは少々失礼だ。

 真菜は頭を下げて謝罪しようとするが、ガウディノールは手でそれを制した。


「気にするでない、楽にせよ。そんなことよりも、予はそなたが何を思ったのかに興味があるな」


 当然ながら、真菜よりもアリスの方が発言する回数は多い。

 アリスの付き添いなので、などと他人事を気取るつもりは無かったが、なるべくなら発言回数が少ない方がいいと思ったのも事実である。


「えっと……わたしたちのパーティにはもう一人、ダークエルフのアズがいるのですが、彼女もでしょうか?」

「もちろんだ。その者の武力も錬金術も、ミスリルランクにふさわしい実力であると聞いているのでな」


 さすがは皇帝。

 情報収集に全く抜かりが無い。

 隠していない情報のほぼすべてを把握されていると考えていいだろう。

 ならば、これはどうか。


「では、恐れながら陛下に申し上げます」

「うむ」

「彼女はわたしもアリスも「錬金狂い」と呼ぶほどに錬金術に傾倒しておりまして……なかなか入手が容易ではない素材について国が相談に乗ってくれる、の方が釣れると思います」


 その言い回しに、アリスが止める間もなく、真菜は話し切ってしまった。

 皇帝が一瞬目を丸くした。

 非常に珍しい表情である。

 しかし彼は即座にそれを引っ込めると、額に手を当てて呵々大笑した。

 わずかながら天を仰ぐほどである。


「くっく……いや、すまぬな」

「いえ……」


 皇帝がここまで愉快そうに笑うことなど、大貴族故そこそこ面会することがあるアリスをして、一度も見たことはなかった。

 何のことはない、「錬金狂い」と「釣れる」という言い回しが、思いがけずガウディノールのツボに入っただけだ。

 立場上、そのようなフランクな言い回しは彼の周りに存在しない。もっとかしこまった話し方をするのが当然と認識されており、誰も彼もが言葉には細心の注意を払っている。

 もしも聞きたければ自分で意図して口にしないといけないのだ。

 それを他人の口から言われるとは思っていなかった。


「あいわかった。では、錬金の素材について帝国が便宜を図ると約束しよう」


 ミスリルランク冒険者ならば、たいていの素材は金で何とかなる。

 アズなどは素材となれば全く金に糸目はつけないので、真菜やアリスからすると信じられないほどに高価なものでもぽんと買ったりするのだ。

 だが、金とミスリルランクという名声があったとしてもどうにもならない素材というのも確かに存在する。

 国が専売独占し、流通を厳しく管理しているものなどがそれに該当する。

 その辺りを帝国が相談に乗ってくれるとなれば、アズは二つ返事で乗ることだろう。

 これで三人揃って学院の非常勤講師就任が内定したようなものだ。


「日本側からも素晴らしい教員が送られてくることだろう。が、それに恥じぬ人材を我が国も送り込めるわけだ」


 この学院は、異世界同士の交流において検討されたいくつもの案のうち、ついに具体的な実現がなされるものである。

 よって入学する生徒はともかく、就任する教員についてはまさしく国の顔。

 なので、帝国としてはかなり奮発したというわけだ。

 さて、呼び出された主な目的はこれで終わったと言えるだろう。

 皇帝側に用がなければ「下がっていい」などの言葉で退出を促すはずだ。

 しかし、皇帝はそうしない。

 まだ用があると言っているわけで、それは真菜とアリス側も分かっていたことである。


「さて、後は予の個人的な質問だが……」


 ガウディノールはメイドに視線を送る。

 それを受けたメイドにやや冷えた紅茶を淹れなおさせ、ちょうどいい温度のそれを口に含んだ。


「個人的な質問でございますか」

「うむ。真菜、そなたへの質問だ」

「わたしで答えられることならば」

「何、別に難しいことではない。そなた、召喚されたと言ったな」


 やはりそのことか。

 覚悟が出来ていたので驚かずに済んだ。


「そなたをこの世界に召喚したのは誰だ?」


 そしてアリスが想像した通りの質問であった。

 これに対し、真菜の答えは決まっている。


「それについては……召喚者の意志を確認しなければいけません」

「ほう?」


 真菜の回答に、皇帝は興味ありげな顔をした。


「わたしにとっての恩人です。不義理を働くような真似をしたくありませんので」

「なるほどな……あいわかった。そなたの召喚主の件については不問としよう」


 この辺りはアリスが想定した通りである。

 義理を前面に押し出したところ、皇帝はこれ以上聞いてはこなかった。

 その方がありがたい。

 まだまだ、アルヘラについては秘匿した方がいいと思っている。

 何せ同じ暁のメンバーであるアリスにもアズにも話していないのだから。


「いずれ機会があればまた同じ質問をするかもしれぬな」

「はい……お答えできるようであれば包み隠さず」


 ほぼ社交辞令のような挨拶ではあるが、ガウディノールは決して口だけの男ではない。

 でなければ、この若さで皇帝の地位につくことなどできなかった。

 機会があれば、と彼は言ったが、その機会を必ず自分で作り上げるだろう。

 問題は、その時にどうするか、である。

 真菜は、それまでにひとつの方針を決めておく必要がある。

 謁見は終わった。

 新たな仕事を得たことでしばらくはくいっぱぐれることはないだろう。

 もう金は余るほど持っているものの、収入があった方がいいに決まっている。何が起きるか分かったものではないし、いきなり状況が変わることもありえるのだから。

 ともあれ、後は細々とした調整を行って。

 いざ、日本と繋がっているゲートがあるところへ向かうだけであった。


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