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3話

 この席は特別なものだ。それは言われずとも分かっていることだ。

 誰が口火を切るのだろうか。

 そう思っていたのだが、ある意味で予想通りの人物が先頭に立った。


「先ほども申し上げたが、改めて自己紹介させてもらおう。私は京極将功、この外交使節団の責任者だ。君は、佐々木真菜君、でいいのだね?」

「ええ、そうよ。ご丁寧にありがとう。わたしは佐々木真菜で間違いないわ」


 自己紹介をしたことはないが、京極は正確に真菜の名前を言い当てた。

 京極の左に一人挟んだところに、件の青年が座っていた。

 彼から話を聞いたのだろう。


「そうか……君は二年前、行方不明になったとメディアで報道されて世間の話題になったのだ。まるで神隠しにでもあったかのように、忽然と消えてしまったとね」

「そう」


 なるほど、そういうことになっていたのか――二年前の出来事。

 真菜のことがどのように扱われたのか。

 興味が無かったと言えば嘘になる。


「我々が君を認識できたのは、彼のおかげだ」


 京極が紹介したのは、やはり例の青年であった。

 青年というほど若くはないのだろうが。特にこういう場に出てくる男性は、下手に若く見られる方が第一印象で侮られるため困る、という話を聞いたことがある。

 その印象を覆すだけの腕があれば問題は無いが、それにも手間がかかる。故に年齢をある程度重ねている方が良いのだと。

 この辺り、社交場に出てくる女性は実年齢より若く見られた方がいい、というのと真逆だ。

 ミスリルランクの冒険者になった真菜は、その実績に応じた様々な場に足を運んで経験を積んでいる。

 誰かから明確に聞いたわけではないが、そういう場で観察した結果、そうなのだろうなと思ったわけだ。


「はじめまして。僕は吉野貴文。ちょっと人と違う能力があって、外交使節団の末席に名を連ねているんだ」

「そうなのね。わたしの顔を覚えていたのも、その能力があったからかしら?」

「そうだよ。具体的には、この場では控えさせてもらうけれどね」


 それは当然の話だ。

 彼ら日本側にとってザングレイブ帝国は友なのだろうが、それと交渉の席では話は別だ。

 どちらも自国が不利にならないように、そして利益を得られるようにしなければならない立場。

 そこで手札を明確にするのは良くないので匂わせる程度にしたのだと思われる。

 ある程度は察せられるはず。相手にそれを考えさせるだけでも効果的だ。


「それにしても、無事で良かったよ」


 吉野はそう言って安堵の表情を浮かべた。


「まさかこちらの世界に来ていたなんてね。あの時はお母さんも同級生たちも君を心配して――」


 当時の報道のことを思い出しているのだろう。

 中学一年生の少女が行方不明になった。

 それをメディアがセンセーショナルに報じたのだろう。

 そんなことよりも、真菜には途中から吉野の言葉を理解できなくなっていた。

 いや、する余裕が無かったと言ってもいい。

 ちょうど、同級生たちも君を心配して、のところからだ。

 吉野は人を安心させるような柔らかい笑みを浮かべて話し続けているため気付いていない様子だ。

 それ自体は、若くして外交使節団に選ばれるだけあり見事な表情だ。

 ただ。ただ、だ。

 対面にいる京極。

 この様子を観察している皇帝。

 そして真菜の横に座っているアリス。

 この三名は、真菜の様子の変化に気付いたようだ。


「さすがにすぐにとはいかないけれど、きっと君を日本に戻れるようにしてみせるよ。僕らはそのためにいるんだ。だから……」

「吉野」

「……京極さん?」


 なおも話そうとする吉野を、京極が止めた。

 そのあまりに真剣な声色に、吉野はハッとして口を閉じる。


「ふふ……」


 思わず含み笑いが漏れてしまった。

 心配していた?

 同級生たちが?

 笑えない冗談である。

 つまり……。


「つまり、その報道では、わたしが行方不明になった、ということしか報じられなかったのね?」


 真菜がいじめられていたことは報道されなかったようだ。

 メディアが気付かないはずがない。昨今のマスコミなら、その匂いを感じ取ったら鬼の首を取ったように報道するはず。

 そうならなかったということは、誰かが隠蔽したに違いない。誰からもタレコミのひとつすらなかったということだ。

 そんなことがあり得るのだろうか。あり得たのだろう。真菜が行方不明になったとしか報じられなかったのがその証左である。

 だから真菜は笑ってしまった。こらえることができなかったのだ。

 怪訝そうな表情を浮かべたのは京極。

 不思議そうな顔をしたのは吉野。

 真菜を案じているのはアリス。

 興味深そうなのは皇帝ガウディノール。

 四者四様。


「わたしがどうやってこの世界に来たか。それは、この世界に転移させられたからよ。同級生に暴力を受けて死にかけていた、というのが、召喚主の条件に合致したから」


 真菜の声に込められた無意識の威圧に、誰かが息を呑んだ。

 が、真菜は気にせずに話を続ける。


「確かにわたしの意志なんて関係なしの転移だった。日本みたいに人権なんて言葉は、こっちの世界では薄いわ。……けれども、そのおかげでわたしは助けられた。日が沈んだ後、死にかけの状態で体育館裏に放置されたんだもの。召喚されなければ死んでいたでしょうね」

「そんな……」


 愕然とする吉野。

 その様子から、本当に知らなかったのだろう。

 ふと、はっと我に返る真菜。

 そうだ、思わず感情に任せて魔力が漏れてしまったが、これ以上は無意味だ。

 真菜は一度深呼吸して、続きを紡いだ。


「わたしを助けてくれたのはこの世界よ。わたしが本当に苦しい時、日本では誰もわたしを助けてくれなかった。同級生も、教師も、誰もね」


 真菜にとっての事実は、誰も同級生を止めてくれなかったことと、それがエスカレートして死にかけたことだけだ。

 一度勇気を出して教員に話をしてみた。

 いじめなんてことがこの学校で起きていることになったら問題になるではないか。

 昨今のメディアの過熱ぶりは良く知っているだろう。

 君が過剰に反応しているだけだ。冗談なのだから君も笑って受け止めなさい。

 ……と言わんばかりに取り合ってもらえなかった。

 そんなことがあったのだから、今更何を言われようとも、日本に対しての感情をよくすることは真菜にはできなかった。

 ただ、それと真菜が働いた失礼は別問題である。

 彼を、吉野を責めるのはお門違い。彼は純粋に真菜が無事だったことを喜んでくれていたのだから。

 真菜は立ちあがって深く頭を下げた。


「ごめんなさい。八つ当たりだったわ」


 そう謝罪して、真菜は腰を下ろした。

 彼らは、彼は真菜の事情に一切関係ない。

 助けようがないのだ。その場にいなければ。

 真菜が日本から、地球からいなくなった後で、それを報道で知ったのだから。知らないことまでどうにかしろ、などと理不尽にもほどがある。

 しかしそのことを、その現場にいなかった者に対してぶつけても意味はない。

 現場にいない評論家が騒ぎ立てがなり立て、現場を邪魔する。

 冒険者をしているとそういう場面には幾度も遭遇した。その度に辟易してきた。

 現場にいなくてもどうにかしろ、というのは、その評論家とやっていることは同じである。

 それらを頭の中で何度も繰り返し、心を落ち着ける。


「陛下。どうやら少々の行き違いがあったようです。この場はこれで……」


 真菜の様子を見ていたアリスが立ち上がり、ガウディノールにそう言った。

 これ以上この席を続けるのは、誰にとっても益にならない。

 そう判断したアリスに、ガウディノールは即座に乗った。


「うむ、不幸な行き違いよな。我が友よ、予も少々疲れた。饗宴の用意もしてある故、旅の疲れを癒してもらいたい」

「恐縮ですがお言葉に甘え、今夜はしっかりと休ませていただきます」

「明日以降の会議を有意義なものにしよう」

「ええ、是非」

「ではな。この場は失礼するとしよう」


 まずガウディノールが立ち上がり、皇帝専用の出入り口から退室する。

 続いて日本人外交使節団が案内を受けて退室し、少し間をおいて大臣らが続く。

 最後になった真菜とアリスは、メイドの案内を受けて客間に通された。

 今日はここで休むように、ということだろう。

 皇帝の好意ゆえ、これを断ることは出来ない。

 宿屋など、ここに宿泊することを伝えるべき相手はいるかとメイドに聞かれたので、不要であると答える。

 拠点にいるアズはきっと調合室に引きこもっている。

 そこにいる間は基本的に周囲を気にしない。

 真菜とアリスが無断で外泊したところで、気にするどころか気付かない可能性の方が高い。

 これが帝都に宿を借りていたなら、伝える必要はあっただろう。

 じきに夕食を持ってくる、と告げて、メイドは退室した。

 外を見ると、既に日が落ちている。

 アリスに自覚はなかったが、ずいぶんと時間が経過していたようだ。

 さて、真菜の様子はどうだろうか。

 かなり繊細な内容の話だった。

 真菜は窓際から帝都の街並みを眺めながら……ふと「うーん」と言いながら背筋を伸ばした。


「はぁ……ごめんね、アリス。ちょっと熱くなってしまったわ」


 振り返って申し訳なさそうに告白する真菜に、アリスは安心した。

 何か気に病んでいるかと思っていた。

 実際に気に病んでいるが、それはあの場で少し興奮してしまったことに対して。

 アリスが見る限り、そこに過去から来るあれこれは無いように思えた。

 真菜の心のうちは真菜本人しか分からないので推測でしかないが、アリスとて辺境伯家令嬢として、ミスリルランク冒険者として数多くの経験を積んだ身。

 ある程度は見れば分かるのだが。


「大丈夫よ。思った以上に心は動かなかったわ。もっと狂うくらいに我を忘れるかと思ってたんだけど」


 それはそうだろう。

 かなり凄絶な過去だった。

 学び舎でいじめに遭い、あわや死ぬ寸前だったというのだ。

 それがこの世界に来て命が助かった。

 世界が違うのだからもう関わることはないと思っていたら、わずか二年後に再会と相成った。

 これで心が動かない方が嘘である。

 真菜が言う通り、狂って我を忘れてもおかしくなかろうに。心の傷はそれなりには癒えている、ということだろうか。

 ただ……そんな彼女に、アリスは言わなければいけないことがあった。


「真菜。これから、わたくしの予想をお話いたしましょう」


 真菜は興味深そうにうなずいた。

 アリスの予想ならばそう大外れはしないと分かっているからだ。

 貴族などに関することならば特に。


「あの場でのお話は陛下もお聞きになっていました。当然ながら、真菜に興味を持たれていると思いますわ」

「うん」


 まあそうだろうなと真菜も思う。

 皇帝ガウディノールはかなりの名君であると聞いたことがある。

 特に人材方面については有能だったり将来がある者に目が無く、実力があったり見込みがあったりすればどんどん登用するのだと真菜も聞いている。

 それを考えれば、日本出身でミスリルランク冒険者である真菜を逃がすはずがない。


「故に、何らかの仕事の打診があるかと思いますわ」

「だろうね。そして、打診と銘打ってはいても、事実上の強制だと思っているんだけど、間違ってるかしら?」

「いいえ、合っていますわ」


 皇帝からの直々の仕事の打診。

 これは基本的に非常に名誉なことであると言われている。

 皇帝としては断ってもいい、ということだが、断るなどありえない、という空気が既に出来上がっているのだとか。


「仕事を依頼されたら受けるしかないわね。報酬はいいんでしょ?」

「ええ。最低でも、仕事を受ける方が得ている相場に更に五割が上乗せされた額が提示されるそうですわ」


 つまり、普段の日当が銀貨二枚の者ならば、皇帝からの仕事は銀貨三枚が提示されるとのことだ。


「金払いがいいクライアントの仕事は、また受けたくなるものね」

「ええ。陛下もそう思われるのを狙っているのでしょうね」


 直接お伺いしたわけではないので予想ですが、とアリスは言った。


「もうひとつありますわ。真菜、あなたは召喚されたとおっしゃいましたね? それが誰なのか、そこも尋ねられるでしょうから、今のうちに答えを考えておくといいでしょう」

「なるほど……まあそれもそうよね」


 真菜は納得した様子で頷いた。

 それについては、答えは決まっている。


「召喚者に聞いてみないと、答えていいか分からないのよね……」

「ふむ……恩人の意向で、ということでしょうか」

「ええ、正にその通りよ。さすがねアリス」

「もう半年も共にいますからね。おおよその推測はできますわよ」


 真菜とアリス、二人で笑い合う。


「そういうことでしたら、特に奇をてらわず思うままにお答えするのが良いでしょう」

「ふうん? アリスがそういうなら大丈夫みたいね」

「ええ。そういった義理人情を大切にする者は、むしろ陛下が好まれる人物ですから」

「じゃあそう伝えるのがいいわね」


 さすがにアルヘラのことは簡単には話せない真菜。

 何かあることは分かっているが、無理に聞き出すつもりは無いアリス。

 秘密を明かせないことと信頼は別にイコールではないのだ。

 それよりも、謁見というのは非常に神経を使う。

 肉体的には大したことなくても、精神的にはかなり疲れることになるから休んだ方がいいとアリスは真菜にアドバイスする。

 アリスも疲れるのかしら? と尋ねれば、当然ですわ、と答える。

 先の会議室でのことだって、平気そうに見えるよう虚勢を張っていただけだとアリスは笑った。

 大貴族の長女であるアリスが疲れるのならば、慣れない真菜など何をかいわんや。

 運ばれてきた豪華なディナーに舌鼓を打ち、豪華な風呂に案内されて身体を清め、とっととベッドにもぐりこむ真菜とアリスであった。



 本日の政務を全て終え、床に入るまでのわずかな時間。

 夜の帝都を眺めながら好きな酒を嗜むのが、ガウディノールの憩いの時間である。

 ゆったりとした椅子に身体を預けながら、考えるのは日本人外交使節団と、日本出身の少女真菜との再会の席のこと。

 ずいぶんと濃い、負の感情だった。

 皇帝としてこの地位に就いてからは様々な感情を向けられてきたが、あれほど純粋な負の感情を見たのは、ガウディノールをして久方ぶりであった。

 数年前の冬目前、とある貴族の重税と圧制に苛まれていた領地の領民が、視察に出た皇帝の目の前に躍り出た時以来か。

 それでありながら決して我を忘れず、声を荒げたりもしなかった。

 年若い少女にしか見えないが、かなりの精神力を持っているのだと予想がついた。


「しかし、元日本人か……」


 調べさせたところ、二年前にダルダリアス王国から帝国に訪れ、以降は帝国国内で冒険者として活動し、様々な実績を残してきたことが分かっている。

 そのことと彼女の発言から考えて、既に故郷の日本に対して帰属意識はないように、ガウディノールには見えた。

 当人の口からそう聞いたわけではないので推測でしかないが、彼は自身の目を信頼していた。

 後は、実際のところはどうなのか、明日会ってみてもう一度判断の機会を設ける予定だ。

 元日本人で、記録的スピードでミスリルランクになった冒険者。

 しかも見た目はかなり若い。二年前から外見が変わっていないそうだ。それにも何か理由があるのだろうが、皇帝的にはあまり重要ではない。ガウディノール個人として興味は引かれるが。

 二年前からあの見た目であったとして、二年が経った今でもまだ十代前半であろう。

 ミスリルランクほどの人材は、皇帝をしてそう何人も確保できていない。

 ならば、手元に引き込むための画策をするのは悪くなさそうだ。

 若いことは問題ではない。

 実力があることが、ガウディノールにとっては重要なのだから。


「面白いことになってきおったな」


 グラスをわずかに揺らす。

 琥珀色の酒に入った氷がからりと清涼な音を鳴らした。

 明日だ。

 真菜、アリスと会う時間を設けている。

 果たしてどんな話を聞けるか。

 どんな反応をするか。

 どんな考え方をするのか。

 実利を追うのは当然だが、人間としても実に興味深いと思わず笑うガウディノールであった。


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