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14話

 森の向こうにある山々。

 その中のひとつが中腹から吹き飛んだ。

 ゴブリンと闘っていた冒険者たち。

 戦地に到達した騎士たちの動きが一斉に止まった。

 そして、ゴブリンたちは慌てふためいている。

 もうもうと黒煙を噴き上げる山。

 この辺りには、火山などないことが分かっているが、まるで噴火でもしたかのようだった。

 上空に広がった黒煙が吹き飛ぶ。

 黒煙の向こうから現れたのは人間サイズの何か。

 冒険者たち、騎士たちはその何者かに注目する。

 視力を強化できる者は、上空にたたずむその人物を捉えることができていた。


「……スケルトン、か?」


 まとうローブのあちらこちらが焼け焦げ、右腕と右足が千切れているスケルトンのアンデッドだった。


「ただのスケルトンなわけがない……! あれがワイトセージだ!」


 そう、あのスケルトンが放つ威圧感は尋常ではなかった。

 そもそも飛べるスケルトンなどいない。

 となると魔術が得意で、過去には空を飛ぶ事例もあったワイトセージなどに限られてくるだろう。

 そのスケルトンを追うように、黒煙の中から飛び出した小さな影。


「あれは……女の子!?」


 騎士の一人が驚愕に目を点にする。


「ありゃあ真菜だ!」


 近場に突き出た岩に着地した小さな影。冒険者たちは真菜の姿をよく知っている。

 アイアンランクでありながら、ゴールドランクのゴンゾを下した新人として。

 魔術の腕を買われてガルビスに主力として指名された少女として。

 スタートダッシュの順調さから嫉妬もそれなりに買っていたが、それも実力の裏返し。

 その真菜が転移魔法陣で姿を消した。

 当然ながらゴブリンはいなくなったりしないので戦闘は続いたが、真菜を心配する者はそれなりにいたのだ。


「けがはしてねぇみてぇだ!」

「ああ、無事っぽいわね! ってことは……」

「今の爆発は真菜の魔術か!?」


 冒険者たちがざわつく。

 山の中腹から上を吹き飛ばすほどの魔術。

 実際に山に見えていたのはライオットが作り上げた幻影が原因であり、真菜の放った魔法に合わせて幻影の内容を合わせただけだ。

 真菜の魔法に山の中腹から上を破壊するほどの威力は出せない。

 これはライオットからのおまけである。

 ライオットからすれば、敬愛するアルヘラの力を受け取った者が舐められるのは我慢ならないのだ。

 故に、圧倒的な力を見せることで抑止力にしようという魂胆。

 元人間のライオットだから分かる。人間の社会には様々なしがらみがあるが、権力その他に張り合うのに一番手っ取り早いのは力だ。


「真菜……あいつがやったのか?」


 ガルビスは信じられないという顔で真菜を見ている。

 はるか遠くの岩に立ち、ワイトセージと向き合う少女の後ろ姿を。


『くくく……やるではないか、人間。我に手傷を負わせるとは予想外であった』


 かすれた、石と金属をこすり合わせたような耳障りな音が声となり、その場にいた冒険者、騎士に届いた。


『その奮闘に敬意を表し、この場は退くとしよう』


 空間がゆがみ、宙に浮く手負いのスケルトンの背後に黒い渦が生まれる。


『さらばだ、人間どもよ……』


 スケルトン――ワイトセージ――の姿は黒い渦に呑まれた。

 その渦もスケルトンを呑み込んだらそれ以上用はないとばかりに消えてしまう。

 そこには、スケルトンがいた形跡は一切残っていなかった。


「退かせた、のか? 本当に?」


 ガルビスは目の前の出来事が信じられなかった。

 冒険者ランクは、基本的にパーティを組んだ場合、同ランクの魔物の依頼を受けられる、というものだ。ソロで戦う場合、ひとつ下のランクが適切と言われている。

 ワイトセージはミスリルランク。ワイトセージを倒し切るには、ミスリルランクの冒険者がパーティを組まねば難しい。

 さすがにそれだけの人材は揃えられなかった。しかし対処せざるを得なかったのだ。

 手傷を負わせて逃げの一手を打たせるならば、ミスリルランクのパーティは必要ない。そう思ってここまで出張ってきた、のだが。

 ガルビスの肌を刺していた圧倒的威圧感が無くなっているのは分かっていた。

 ワイトセージは自身が現役だった時にも出会ったことのない、レアな魔族。

 確かにそこにいて、そして今はいない。

 それを追い払ったのは、ほぼ間違いなく真菜である。

 ガルビスは前に出て戦う剣士なので魔力に関しては本職ほどではない。個人差があるという魔力の違いまでは分からない。

 だがミスリルランクで鍛えられた勘が、真菜であると告げていた。


「ギルドマスター!」

「……ああ!」


 そうして考察をしている間も、ガルビスは周囲の観察を怠ってはいない。

 冒険者たちに包囲網を敷かれたゴブリンたちが、指導者を失って慌てふためいている。


「畳みかけろ! ガンガンいけ!」

「応!!」


 ゴブリンたちはまだ残っている。

 ゴブリンキングも健在であり、まだまだ油断していい状況ではない。

 できる限り被害を抑えながら片づけなければならない。

 もちろん冒険者たちも分かっている。

 さすがにワイトセージがいたときはそちらに意識を割いてしまっていたが、目の前から完全に目を離してしまったのはごく一部、まだまだキャリアが短い者だけだった。


「後で話を聞かなければな……」


 真菜から、何があったのかは聞かなければならない。

 もう冒険者たちの後ろに騎士も陣取り展開を終えている。

 もう後は後片付けだけである。

 これだけの戦力があれば、ゴブリンの駆除完了は時間の問題。


「ガルビス殿。我々もある程度出るぞ」

「分かりました。お願いします」

「色々と気にはなるが、まずは眼前の脅威を取り除かねばな」

「おっしゃるとおりです」


 ガルビスに話しかけてきたのは、領主が抱える騎士団の団長。

 仕事から、それなりの頻度でやり取りをすることがあり、顔見知りである。

 騎士と冒険者は戦術が違うし、都市によっては犬猿の仲だったりする。

 が、アストレルでは幸運にもそんなことはなく、彼と連携するのは難しくはない。

 冒険者は魔物退治のエキスパート。

 騎士は集団戦闘の専門家。

 両者がそれぞれの力を発揮すれば、ゴブリンの掃討は難しいことではなかった。

 むしろ、互いの邪魔をしないようにする方が大変だった程である。



「……ん」


 まぶたが開いていく。

 頭がぼんやりとしている。少し、疲れているだろうか。

 ゆっくりと身体を起こした。

 見渡した真菜の視界に入ってきたのは見慣れてきた部屋。

 宿泊している宿屋、白鷲の止り木亭の一室だった。


「……そっか、昨日は早めに切り上げて戻ったんだっけ」


 ゴブリンの討伐は無事に完了した。

 アストレルに帰還してからは街を挙げてのお祭り騒ぎになった。

 どうやら、ゴブリン異常発生の報はいつのまにか街全体を駆け巡っていたようだ。

 人の口には戸が立てられない、とはよく言ったものだ。

 もっとも死活問題でもあるので、街の人間が敏感になるのも当然であろう。

 特に、この世界は日本と違って死が非常に身近だった。

 日本にいながら常に死の気配を感じていた真菜などは少数派であろう。

 ふと日本にいた頃のことを思い出してカッとなってしまった。


「ふう……もう、いいんだ、気にしなくて」


 もう関わりは絶たれたのだ。

 あの地獄から解放されて手に入れた自由はとても大きいものだった。

 働かなくてもいい、働いてもいい。

 もちろん働かなければ食えないのだが、働く日と働かない日を選ぶことができるのだ。

 義務教育として学校にいかなければならないあの頃とはわけが違った。

 唯一心残りは母のことだが、今の真菜にはどうしようもない。

 世界の次元を超えるなど、元魔王のアルヘラをして、多数の厳しい条件をつけることで針を細く細くして、ようやく人ひとり分の穴を穿つことができた、というレベルの難易度。

 興味本位で検索してみた結果、条件が少なく漠然としていると、多数の穴を穿つことになってとてもではないが魔力が持たないとのことだった。

 真菜にどうにかなど、できるはずもない。


「さて、ガルビスさんに説明しに行かなきゃ」


 昨日、アストレルに戻ってからは勇士として報告も何もなくいきなり街を挙げてのお祭りの主賓となってしまった。

 詳しい話などできるはずもない。

 仕方なしと食べ物と飲み物を楽しんでいた真菜だったが、周囲が酒に呑まれ始めたのをみて、自身に睡眠導入の魔法をかけて眠気をアピール、引き上げたのである。

 よって、今日は昨日はできなかった説明をしなければならない。

 何を聞かれるのかは分かっている。

 転移魔法陣に呑まれたあと何があったのか。あの爆発は真菜のものなのか。どうやって生き残ったのか。

 それらのことが聞かれるに違いない。どう答えるかは決めていた。

 着替えて顔を洗って朝食を摂って。

 真菜はギルドにやってきていた。

 早朝の混雑する時間帯は避けている。


「フランさん」

「来ましたね」


 一番近かったカウンターにフランが立っていたので声を掛けると、彼女も既に訳を知っていたようで頷いた。


「それでは、ギルドマスターのところへどうぞ」

「うん、お願いね」


 そういえば、ギルドマスターの執務室には立ち入ったことがない。

 フランに案内されたのは、立ち入ったことのない区画。建物の外観を思い返すと、ちょうど一番奥にあるひときわ立派な扉。


「ギルドマスター。真菜さんがいらっしゃいました」

「通せ」

「はい」


 フランに促され、真菜は扉を開けて入室する。

 これが貴族ならば案内した者が扉を開けるのだろうが、ここはギルドだ。

 フランはあくまでもただの道案内役である。


「朝早くからよく来たな」

「そう? もう朝一の依頼はあらかた消えてるでしょ?」

「まあな。だが、この時間から動いている人間は限られるさ」

「それもそっか」


 業種によって日の出から働きだすところと、昼前から動くところがある。

 日の出から動く業態……例えば冒険者向けの商店や弁当屋などは、朝だけ本格的に営業してそれ以外は半分店じまいしているようなところもある。

 逆に夜だけ開けているような店は、この時間はまだ閉まっていることがほとんどだ。


「というか、今日はもっと仕事の減りはゆっくりかな、と思ったんだけど……」


 宿からギルドに向かって歩いていると、二日酔いで頭が痛そうにしていたり、道端で寝こけて路地の端っこに押しやられたりしている冒険者が道端にぼちぼち転がっていた。

 あれだけどんちゃん騒いだらさもありなん、と思っていざギルドに来てみたら、思いのほか掲示板がスカスカだったのだ。

 つまりあれだけ騒いで、今日はしっかりと仕事に出ている冒険者もそれなりにいるということだろう。


「今日を休みにしてるのは、酒に呑まれた馬鹿か、慌てて稼がなくていい連中だ。アイアンランクともなれば、休む余裕なんざめったにない」


 言外に、真菜は特別だ、と言われた。

 わざわざ言われなくても自覚しているので特に何か返すことはない。


「立ち話もなんだ、まあ座れ」

「うん、ありがとう」


 促され、真菜はガルビスの対面に座った。

 フランが現れ、二人の前に淹れたてのお茶を置いた。

 簡単に終わる話ではないからだ。

 真菜はありがたく一口。

 しぶみとほのかな甘み。鼻に抜ける香り。

 紅茶については良く知らない真菜だが、いいものだな、と感じた。

 もっとシンプルにいうなら、この茶葉は好き、である。

 これが紅茶に造詣が深い者ならば、もっと違う感想を抱いたのだろうか。


「さて、早速本題に入るぞ」

「うん」

「あの時、何があった?」


 転移魔法陣にさらわれた後のことだ。

 真菜は、あらかじめ決めていた通りに話をした。

 転移魔法陣にて、結界の中に強制転移させられた。

 即座には襲われなかった。少しだけ、ワイトセージと会話をしたこと。

 曰く、あの中でもっとも強い魔術を撃っていた者をさらった、と。

 選んだ理由は戯れ。

 それ以上の理由はない。

 助かりたくば、魔術にて自分の存在意義を示して見せろと。

 もしもその魔術が見事なものであればお前を助け、更にここから退く、と言われた。

 何故そんなことを?

 分からない。

 魔族の考えることなど。魔族がどういう思考回路をしているのか、知っているのならむしろ教えてほしかった。

 死にたくはなかった。

 夢中だった。

 時間をかなりかけて魔術を準備したが、ワイトセージに文句は言われなかった。なので持てる魔力のうち、後先考えず操れる最大限を惜しみなく投入。

 ワイトセージの圧力はすさまじく、頭は半分真っ白だった。ただただ助かりたい一心だった。

 真菜は満を持して、爆発の魔術を放射。

 一切避けようとしなかったワイトセージに直撃、大爆発が起きた。

 ワイトセージは腕と足が吹き飛んだが、ダメージと呼べるかは微妙。

 手ごたえはあったが、堪えているようには見えなかったからだ。

 アンデッドなので、再生できるからではないか。

 それで満足したのか、ワイトセージは宣言通り撤退していった。


「……以上かな」

「……」


 真菜の話を聞いたガルビスは腕を組んで考えこんだ。

 当然ながら、ライオットという名前、エルダーリッチであること、アルヘラのことは伏せた。話せるわけがない。明かせるわけがない。ここは、真菜の生命線だ。いろいろな意味で。

 なので、全面的にワイトセージの目的や意図、その瞬間何を考えていたかはただただ不明。

 真菜は助かるために必死だった、という形でごり押した。


「ふうむ……それ以外に、ワイトセージは何か言っていなかったか?」

「……正直、わたしが覚えてるのはそれだけなんだ。夢中だったから、他に何か言ってたんだとしても、聞こえなかったんだと思う」


 この言葉には説得力があった。

 ワイトセージはミスリルランクの魔物。

 あの無作為に放射した圧で実力の一端は分かる。アイアンランクにしては桁違いの威圧をしてみせた真菜よりも間違いなく実力は上。

 真菜とて優れた魔術師になれるであろう才能にあふれているという認識だが、それでもあのワイトセージに勝ち目はないだろう。

 そう考えると、真菜の最大級の魔術を受けて撤退してくれたのは僥倖とさえいえる。むしろそれを成した真菜はファインプレーもファインプレーだ。

 興が乗ったから、と戦いを継続されては、どれほどの被害が出たか分かったものではない。

 それはガルビスだけではなく、騎士団長も同意見である。

 だがそれで済ますことはできないのもギルドマスターの辛いところだ。結局討伐できずに、強力な魔族を逃しているのだ。

 それはギルドにとっても、騎士団にとっても軽くはない痛手である。

 なので何か得られないかと真菜に話を聞いたのだ。

 結果分かったのは「魔族の考えることはやはりよく分からない」ということである。


「うーむ」


 真菜はぬるくなった紅茶を口に含む。

 ガルビスに説明できるのはここまでだ。彼ならばじき見切りをつけるだろう。

 冒険者としては新人離れしている真菜ではあるが、あくまでもアイアンランクなのだ。

 ワイトセージが設けた試練に強制的に挑まされ、それをクリアしてきたのだ。

 何を考えているかさっぱり分からないワイトセージから合格点をもらってきたのである。

 それで十分だろう、それ以上を望むのは難しい、と判断されると真菜は思っていた。


「……分かった。よく戻ってきてくれた。間違いなく今回の功労者はお前だ」

「そうかな?」

「そうだとも。お前がワイトセージを追い払ったことで、ゴブリンは烏合の衆と化したからな。殲滅するのはたやすかったし、犠牲も最小限で済んだ」


 犠牲は少ない方がいい。

 戦いなのだから犠牲無しとはいかないのは分かるが、それが抑えられたのならば喜んでいいだろう。


「報酬は今渡そう」


 トレイが真菜の前に置かれた。

 金貨が一枚と、銀貨がたくさん。

 銀貨は軽く数えても数十枚はあるだろう。日本円換算で確実に数十万円はある。

 それに金貨を合わせれば百万円以上の稼ぎだ。

 アイアンランクとはいえ、ワイトセージを追い払ったというのはそれだけの活躍だと評価されたのだろう。

 それが高いかどうかは分からない。

 ただ、真菜にとっては異論を唱えるつもりは無かった。

 危険だったのは端から観たらの話であって、実際真菜に危険はなかったのだ。それで百万円以上稼げたのならば万々歳だろう。


「うん、確かに受け取ったよ」


 真菜はそれらをポーチに収納する。

 マジックバッグだが、大きさからして他人には財布に見えることだろうから。


「それじゃあ、話は終わり?」

「ああ、もう行ってもいいぞ」

「うん。……あ、依頼は明日からこなすつもり」


 ソファから立ち上がりながらそう言うと、ガルビスは心得ているとばかりに頷いた。


「そうだな。あれだけの大魔術を使ったんだ。今日は休んだ方がいいぞ」

「ありがとう」


 心配してくれたガルビスにお礼を言って、真菜は執務室を辞した。

 今日は休む。仕事はしない。

 初めて大規模な魔法を撃ったのだ。

 ガルビスの言う通り、今日は休んでもいいだろう。

 そんなことを考えていたからか。

 また、街の中は安全だからと考えていたからか。


「……何か用?」


 いつの間にか、真菜は複数の男たちに囲まれていた。


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