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13話

 網膜が焼かれるかと錯覚するほどの強い光。

 瞼を閉じるだけではなく、腕で覆って目を守る。

 ふと感じた、一瞬の浮遊感。

 しかし次の瞬間には、真菜の足はしっかりと大地を踏みしめていた。

 ついでに視界が真っ白になるほどの光も収まっているように感じる。

 瞼の向こうに感じていたまばゆさがなくなっていたのだ。

 真菜は目を開けてみる。

 眼前に飛び込んできた景色。

 山の中腹から上をお玉でくりぬいたようなおわん型の盆地が広がっており、その淵に真菜は立っていた。

 かなり広大な土地である。

 振り返ると遠くにアストレルが見えた。

 そして眼下には裾野から広がる大きな森。


「……東の森」


 そう、東の森だ。

 アストレルを出たところから東の森を見やると、その奥に山脈が広がっているのは分かっていた。

 そしてその山脈に、今真菜が立っているような富士山の頂上に似た山は無かったと記憶している。

 状況から考えて、ここが結界の中なのだろう。

 盆地の中は広大で、まるでひとつの街のように発展している。

 真菜は意を決して盆地の街に向かって斜面を、強化魔法を行使して滑り降りる。

 もちろん周囲への警戒は怠っていない。

 強化した視力で見ても気配察知に反応はなく敵意も感じないのは分かっているが、警戒をしない理由にはならない。

 特に何事もなく、盆地の底に到達した。

 周囲を……見渡すまでもなかった。

 この場所で目を開いた瞬間から気付いていた。

 それなりに広い盆地の中央。

 そこに尋常ではない気配の持ち主がいる。

 敵意はない。害意もない。殺意もない。戦意もない。

 ただ、圧倒的な存在がそこにたたずんでいた。

 近づきたくはない。

 真菜よりも強いことが分かるからだ。

 ただ、行かなければ進まない。それも理解していた。


「警戒せずともよろしい」


 向こうから声が届いた。

 まだ距離は数百メートルあるというのに、鮮明に。

 魔術か何かの類だろう。

 ゆっくりと近づいていくと、その姿が明らかになった。

 真っ黒のがいこつだ。

 真っ黒のがいこつがローブを羽織ってたたずんでいた。


「強引な招待、まずは謝罪しよう」


 その言葉で、真菜を招待したのがこのがいこつであることが分かった。

 避けることすらできなかった転移の術式。

 それだけで真菜よりも強いことが分かる。


「我はライオットと申す。エルダーリッチである」


 知性ある魔族、エルダーリッチ。

 アンデッド系、ゾンビ種の最上位種。

 未練を残した高位の魔術師などが死後アンデッドの魔物になる、或いは高レベルのレイスが、高レベルの魔術師などの死体に憑りついて変質したものだ。

 特に魔術に長けた魔族で、そのランクはS。間違いなくすべての魔物・魔族の中でも最強の部類に入る。

 つまり超大物だ。

 この肌を刺すような威圧感は、それほどの実力があるから、ということだろう。

 なお、魔物と魔族の違いは、言葉を解さないか、解するかの違いである。

 報告ではワイトセージだった。しかし当の魔族はエルダーリッチと言った。

 ワイトセージだったはず、と無駄口をたたくことはできなかった。肌で感じる、この圧倒的存在感を前にしては。


「わたしは真菜」

「では、真菜殿と呼ばせてもらおう」


 実に丁寧だ。

 真菜に対する敬意すら感じられる。

 威圧感はありながらも、圧倒されて動けない、といったことがない。

 その理由が分かった気がする。

 何故かは分からないが、真菜に対して敬意を抱いているからだ。


「我が貴殿をここに案内したのは、謝意と尋ねたいことがあったからなのだ」

「尋ねたいこと?」


 ライオットは対話をする気のようで、戦闘にはならなくて済むかもしれない。

 その方が真菜にはありがたい。

 戦って勝てるとは思えないからだ。

 ともあれ、まずは真面目に耳を傾ける。

 話を聞かないことで機嫌を損ねられては困ってしまう。


「左様。そなたの、その魔法の力……アルヘラ殿のものではないか?」

「えっ?」


 アルヘラを知っているのか。

 真菜は驚き、思わず目を点にした。

 まさか、その名前がここで出てくるとは思わなんだ。


「その反応、当たりであるな」


 ライオットはうんうんと頷いている。

 尋ねる、とはいうものの、その実このエルダーリッチには確信があったようだ。

 彼はその理由を話し始めた。

 二千年前。

 まだ人間であったライオットは、魔術の研鑽に憑りつかれ人生のすべてを注ぎ込み、努力が認められて若くして賢者と呼ばれていた。

 そこで図に乗ってしまい、当時魔導王と呼ばれていた時の魔王アルヘラに挑んだ。ライオットはアルヘラの命により城内で一切止められることなくすんなりアルヘラの元に通された

 不審に思うものの、魔力消費が無いのならありがたいと予定通りアルヘラに挑み、そしてあっさりとあしらわれた。

 魔王に対する不敬を働くのだから殺されることも覚悟していたライオットだったが、そうはならなかった。

 人間の短い生でそこまで魔術を極めたばかりか、魔法という深淵すらも夢物語ではないところに立っていると褒められ、魔法について記した書の複写を与えられたのである。

 その一冊の書は、ライオットでは知る由もなかった叡智の宝庫だった。

 命の恩人かつ、師匠のような存在。目指すべき高すぎる頂き。

 生前ではその深淵に近づくことさえできなかった。死後も研究に励めるよう、滅されない限りは不老となるアンデッドに己を変質させる禁術に手を出し成功、エルダーリッチになった。

 アルヘラは魔王だった。

 二千年前に、百年ほど魔王を務めたのだという。


「我が師、我が恩人。その気配を感じられたことは、望外の幸運であったのだ」


 それについても、ライオットは隠すことなく語り始める。


「どうやら我も、アンデッドの習性からは逃れられなんだ。魔法の深淵のみを生者を求めてしまった」

「アンデッドの習性……」

「左様。生に未練があるからアンデッドになるのだからな、当然の帰結ではある」


 ライオットも、生きている間では満足できなかった、つまり未練があったから自らアンデッドとなった。

 エルダーリッチというアンデッド系最高位の魔族になれたことで、理性も知性も飛びぬけていることで自制できていた。

 が、それにも限界があったということだ。

 いくら高位存在であろうと、アンデッドはアンデッドだった。

 ライオットはアンデッドの本能に流されるままゴブリンを支配。

 ゴブリンキングを生み出して街を襲い、命を刈り取り生への渇きを潤そうとした。

 しかしそこで、ライオットよりも遥かに高位次元に存在していた者の力の波長を受けたことで、正気に戻ったのだという。

 つまりそれが、真菜の魔法ということだった。


「して、そなたは何故、アルヘラ殿の力を?」


 真菜は隠さずに話した。

 危機予測の魔法でも問題なさそうであると答えが出たから、というのもあるが。

 真菜の話を聞き終えたライオットは納得した様子だった。


「なるほど……そなたが……」


 真菜がアルヘラの器になっている。

 その話を聞いて、ライオットはしみじみとつぶやいた。


「そなたがアルヘラ殿を守っているわけだな」


 簡潔に言えばそういうことだ。

 真菜はアルヘラの摩耗した精神の療養先である。

 尊敬するアルヘラが、自身を守る手段を得たことに嬉しそうなライオット。


「承知した。真菜殿、そなたがいるのであれば、我はこの地より退くとしよう」

「……!」


 状況から敵ではないことは何となく分かっていたが、ライオットが退いてくれるとは思っていなかった。

 友好的だから味方である、などと楽観視はしていなかった。

 真菜はずっと、死地にいる気持ちでいたのだ。

 まあ、ある程度開き直ってもいたが。

 どうやっても勝ち目がなさそうなので、逆に覚悟が決まってしまった、というのもあった。

 それらは無駄になってしまったが、勝てない戦いをせずに済んだのだから、これ以上は望めないというものだ。


「我はいなくなるが、ゴブリンは残る。まあ……烏合の衆だ」


 問題なかろう? と言外に尋ねられ、真菜は頷くほかなかった。

 まあそれ以上は高望みだろう。

 ライオットが残ってゴブリンを支援しながら戦う、ということになれば苦戦は必至。

 それがゴブリンだけになれば、難易度は劇的に下がることだろう。


「それなら、全然いける」


 冒険者たちの対ゴブリンの戦闘を観察していて結構な余裕は感じていた。

 冒険者だけではない、じきに騎士も現れる。

 そうなれば殲滅までは時間の問題だろう。


「では……そうさな。そなたは、まだアルヘラ殿から借り受けた力、使いこなせてはおるまい?」


 ライオットはふとそんなことを言った。

 その通りであるため、真菜は頷いた。

 使いこなすどころか、何ができるかも正確に把握できていない。

 色々なことができるのはわかっているが、できることが多すぎて何から試せばいいのか、という段階である。


「聞く限り、その力を預かってからそう日にちも経っておらぬ故、仕方ないところもあろう」

「それはそうだよね」


 簡単に使いこなせたら、初心者と熟練者、という区分けも存在しないはずである。

 何事にもそういうわけにはいかないのは分かっている。

 それは魔法に限らずその通りだ。


「では最後だ。我に向かってそなたができる最高の魔法を我にぶつけてみるがよい。そこから先は我に任せよ」

「……いいの?」

「うむ。心配するな。今のそなたの魔法であれば、いかに全力であろうと問題にはならぬしな」

「……」


 いちおう、真菜も攻撃魔法の威力にはある程度の信頼を置いている。

 使いこなせていないとはいえ、さすがアルヘラの魔法だ、と。

 そのうえで、ライオットは自信満々である。

 実力通り、ということだろう。憧れのアルヘラの力をもとにした魔法であろうとも、操るのが今の真菜ならばどうにでもできる、という確信があるということに他ならない。

 そこまで言うなら、と、真菜は攻撃魔法を撃ってみることにした。


「じゃあ、いいんだね?」

「良いぞ」


 これが実質上の別れの挨拶である。

 魔法を撃った後は、ライオットが処理してくれるのだという。

 ならば任せよう。

 ここまで来て、ライオットが真菜の敵であるとは思っていない。

 真菜が感じているライオットの強さであれば、もう既に死んでいるだろうからだ。

 それが殺されず今も生きているのだから、少なくとも敵ではないと理解している。

 だから、信じた。


(破壊力の高い魔法)


 真菜はまず、魔力を高める。


(インパクトのある魔法)


 その高めた魔力を身体全体で循環させ、さらに増幅していく。

 このあたりの魔力操作は、つたないながらもそれなりに様になっていた。

 これは、アルヘラの知識という不確定かつ存在も不明確なものを、イメージだけで固めるという作業をしたこと。

 オレンジマークのスマートフォンという虚像を思うままに操作していたことが、魔力操作の習熟に一役買っていたのだ。

 それ専門の本格的な修行にはもちろん及ばない、しかし、とっかかりとするには十分だったのだ。


(これだ!)


 選んだのは爆発魔法。

 規模を考えるつもりはない。

 ライオットは最高の魔法、と言った。

 出し惜しみなどすればすぐに見抜いてくるだろう。

 イメージするのはいつか何かの映画で見た爆発シーン。

 魔力を炎に変換して圧縮。

 圧縮。

 時間はかかってもいい。

 とにかく威力を。

 それ以外のことなど一切気にしない。


「……いけ!」


 これ以上は手元で制御できない。

 そこまで溜め切ってから、真菜は炎の魔法を放った。

 たたずむライオットに向かって一直線。

 着弾前に、真菜は急いで結界を張る。ゲームのように、放った魔法に術者は巻き込まれない、そんなことはないからだ。

 自分はもちろん、なんなら味方だって巻き込む。

 対物対魔結界で自身を包んだ瞬間。

 真菜が放った魔法が炸裂。

 盆地丸ごと、炎に包まれた。


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