12話
冒険者のフットワークの軽さは、騎士団などにはない大きな武器だ。
冒険者は行くと決めたら即行動が可能なので即応性が非常に高い。
ただ勘違いしてはいけないのは、騎士団にも騎士団の強みがあることだ。
事集団戦、組織戦闘においては騎士団の方が圧倒的に上だ。
ひとつ何かを動かすにも様々な準備や手続きが必要な騎士団。当然緊急出動のメソッドはあれど、よほど突出した個人でないかぎり、個別に動いてはその強みが失われる。
最低でも部隊編成の手間がかかる。その方が最終的に出す被害が少ないからだ。
なので、例えばこうした魔物に関する異常事態などの事例では、ひとまず冒険者が出て現場を押さえる。
後に騎士団が出てその集団力において圧殺する。
そういうパターンが良く取られるのだとか。
森の到着するまでに聞いた話だ。
配置について出番を待つまでの間暇なので、それを思い出していた真菜である。
既におおよその展開は終わっており、いつでも攻勢に出られる形だ。
「……」
真菜から見て、その例の結界の入り口がある大樹は右斜め四十五度程度の方角。
位置取りは展開した冒険者たちの後方、本陣に近いところだ。
近場の適当な木の太い枝の上だ。
魔法にて後方から敵の中心部を狙う役割だ。
効果が無くてもいいと指揮を執るガルビスは言う。
ヒヒイロカネレベルの真菜が撃つ魔術に対処しないわけにはいかないので、それだけで大きな牽制になるかららしい。
そして、ワイトセージであれば確実に真菜の魔術を脅威と認識する。狙われる可能性もあるから気を付けろ、とも言われている。
(矢避け魔法と……対魔結界魔法……対物結界魔法……認識阻害魔法……それから、察知魔法)
かもしれない、だろう、といった楽観的思考を排除。最悪の状態を想定すると、狙われるという前提になる。
ではどうするか、と対処法を改めて頭の中で反芻する。
受けた攻撃をどう受け流すか。どう避けるか。どう防ぐか。
それらを考え、不要なものをそぎ落とした結果、先ほどの五つのラインナップになった。
「……おい」
「……」
「……おいっ」
「……わたし?」
最初は自分に話しかけられているとは思わなかったので、真菜の返事は遅れた。
結界の方を眺めながら、自分と会話するのに忙しかったのもあった。
改めて声の方に視線を向けると、そこには高校生くらいの少年、ケインがいた。
真菜は枝の上にいるので見下ろす形になる。
「何か用?」
彼は真菜と同じく本陣に配置された冒険者だ。
シルバーランクが最多数を占める冒険者軍団の中で、ゴールドランクにもなれば小グループの中心に立つようになる。
彼もそのチームメイトも将来を嘱望された冒険者。
経験を積むという意味で、数名のシルバーランクを任されていたはずだ。
もうじき作戦も始まる。
彼も手が空くはずが無いが、何か連絡事項だろうか。
「どうしたの? 何か伝言?」
そのくらいしか思いつかなかったのでそう尋ねてみるが、彼は「あー」だの「うー」だのと要領を得ない。
「……?」
何なのだろうか。
こんなことをしている暇は無いはずなのだが。
用が無いのならば自分の持ち場に戻った方がいい、そう言おうとしたところで。
「あー、なんつーか、すまなかったな」
「ん……?」
ケインはつまりながらも謝罪の言葉を口にした。
謝られることをされただろうか。
真菜側に思い当たる節はない。
しかしケインとしてはそれがもどかしく見えたのだろう。もしくは鈍感に、か。
「……あれだよ、お前が相応しくない、とか言ったことだ」
「……ああ」
今の今まで忘れていた。
あの時はケインの言葉ももっともだと思っていたので、別に何とも思わなかったのだ。
ただ、どうやら彼は気にしていたらしい。
「わたしは気にして無かったけど……うん、その謝罪受け取るね」
「お、おう……そうか、すまなかったな」
本当に気にしていなかったことが、真菜の間と言葉で伝わったのだろう。
思い切って謝りに来た割には……という肩透かしを喰らった感じか。
ともあれ、真菜が謝罪を受け取ると宣言したことでケインが感じていた咎は第三者から見ても帳消しになった。
ケインは別に性格が悪いわけでもないし、いちゃもんをつけたわけでもない。
結果的に他の冒険者から「もっと情報を積極的に集めろ」と注意されてはいたが、真菜自身がケインの言葉は正しいと思っているのだから。
ケインはそれで用が済んだのか、彼は元の持ち場に戻っていった。
もう作戦開始まで秒読みだ。
ケインとしてもいつまでも真菜のことでかかずらうわけにもいかないのだ。
真菜も気持ちを切り換えて結界の入り口と思しき場所を見据える。
足場にしている木が、取り決められたリズムで叩かれる。
開始の合図だ。これを素早く受けるために、真菜は本陣に近いところに配置されたのである。
真菜は自身を守るための魔法を次々と行使する。
矢避け魔法、対魔結界魔法、対物結界魔法、認識阻害魔法、察知魔法。
そして。
結界を貫通してその中を見る透視魔法を行使。
試してみたら使えたので、その旨をガルビスに伝えたところ、この魔法が開始の合図になったのだ。
もちろん付け焼刃であることは隠してある。わざわざそんなことを言う必要はなかったからだ。
ともあれ、隠蔽結界の中を覗くというのは立派な挑発。
いわゆるハチの巣を枝で執拗に突っつく行為である。
「……っ!」
バチっと強い抵抗。
頭を光が一直線に駆け抜けた。
頭痛がする。
対抗呪文でも使われたのだろうか。
それとも、結界が強化されたか。
いずれでもいい。大事なのは事実ただ一点。
「透視の魔術、返された!」
大きな声で叫ぶ。
周囲に聞こえるように。ガルビスにこの報告が行くように。
幾ばくかの間をおいて、わらわらとゴブリンが現れ始めた。
そこに全くいなかったのに、まるで雪だるまでも見ているかのように数が増えていく。
増え方が尋常ではない。いったいどれだけの数のゴブリンが結界の中にいるのか。
その展開速度もとんでもない。あっという間に規模が群れから軍勢に変化している。
冒険者たちも驚いていた。
「お前ら! 決して単独で動くなよ! ヤバくなったらためらわずに後退しろ! そのために第三陣まで編成してるんだからな!」
ガルビスの大音声が真菜のところまで届く。
「俺たちは運がいい! 街を守って英雄扱いされる上に報酬は領主様がフンパツしてくれるそうだからな!」
『うおおおおおお!』
「おーし! 第一陣、攻撃開始!」
ガルビスの発破に呼応するように、第一陣の冒険者の中で、近接戦闘をメインとする者たちが次々に森から広場へ飛び出していく。
それはてんでばらばらのようでいて、しかしその配置には穴が少ない。
当然だ。
後ろを守らなければならない。何かあった時に自分が、友が下がって治療を受けられる場所。戦いは後方があってこそであると、分からない冒険者ではない。特に、ランクを上げた者ほどそう考えるようになる。
冒険者は護衛依頼などもこなすため、守る戦いはかなりできる。
というより、護衛対象に手を出されてはならないので、守る戦いができてこそ一人前、いくら強くても守りの戦いが苦手では評価がかなり低くなるのである。
そこかしこで戦闘が始まる。
それを援護するのが、後方の役目だ。
大樹前に展開するゴブリンたち。
最前線にいる個体ではなく、奥の方に向けて矢を、魔術を放つ。
特に狙いはつけない。
精密に狙わなくとも当たるからだ。
真菜も自身の役割を果たさなければ。
「うん、これだね」
選んだのは氷魔法、アイスジャベリン。
作り出すは一本の三叉槍。切っ先が横に広いのでただ一本よりも群れに与えるダメージが大きくなりそうだと思ったため。
速度と貫通力だけを持たせた魔法。
堅固なのは切っ先だけで、それ以外に耐久力は持たせていない。
それでいい。替えなどいくらでもきく。
この設定だからこそ速度と貫通力を高くできるのだ。
「いけっ!」
氷の槍を放つ。
狙い通り、一匹、二匹……と続いて七匹くらい倒したところで魔法は掻き消えた。
切っ先以外の強度は低いのに、なかなかの耐久力だ。
真菜としては悪くない結果である。
冒険者の攻勢はかなりのものだが、ゴブリンたちも負けてはいない。
倒しても倒しても次から次へと補充される。
なかなかのペースでゴブリンが死んで行っているのに、一向に減る気配が無い。
まるで生産工場がそこにあるようだと感じた。
次々と増えていくゴブリンが、どこから湧いているのか。
攻撃魔法を撃ちながらも遠見の魔法で群れを探ってみる。
すると、やはり結界があると思しき大樹の目前で次々と発生しているのが見て取れた。
「他にもあるけど……あそこが中心か」
他の地点でもゴブリンは発生している。しかし一番発生速度が速いのは、大樹の前のポイントだ。
どうする。
爆発魔法で吹っ飛ばしてみようかとも考えたが思いとどまる。
魔法はイメージ。
できることは分かった。
ただ威力が高すぎる。そして、周囲への影響もばかにならない。
そう、威力が高いことが爆発魔法の最大の利点だ。
そこを抑えなければならない時点で本末転倒。
ならば。
左手で右手首を支え、長い杖の先をいくつか見つけた発生地点のひとつに向ける。
魔力を圧縮。圧縮。圧縮。
そして、解き放つ。
「いけっ!」
杖が指し示した地点にて、黒い渦が巻き起こった。おおよそ半径二メートル半ほど。
そこにいたゴブリンはもちろんだが、その渦を中心に半径五メートルにいたゴブリンはその渦に吸い込まれた。
そして、発生した黒い渦は徐々に小さくなっていき、吸い込まれたゴブリンもろともそのまま消失した。
ゴブリンの群れのただなかに、ぽっかりと直径十メートルの空白ができた。
「よしっ」
うまくいった。真菜は思わず左手を握りしめガッツポーズする。
今のは、いわゆる重力魔法をイメージした結果できあがったものだ。
見た目はいつか何かのメディアで見たブラックホールのようなものだ。実際には空間がゆがんだりはしていないのでお世辞にもブラックホールである、などと言えるものではない。似ているかも、程度であって。
そもそも、光すら脱することができない天体現象の正確な再現など、何をどうイカサマすればできるのか、という話であるが。
いくら魔法はイメージとはいえ、そんなものを再現するには真菜のリソースが圧倒的に不足している。というより、アルヘラにも無理ではなかろうか。
ともあれ、真菜は今の魔法にあえて「ブラックホール」と名付けた。
理由は簡単。本物には及ばないとはいえ、行使者の真菜にとっては分かりやすいものだったからだ。
魔力の圧縮を重力に見立ててイメージ。
中心に発生した重力によって吸い込まれる現象を再現したのだ。
さすがにゴブリンも、いきなり吸い込まれて死体すら残らず消えたことには恐怖を覚えているようで、周辺にいたゴブリンたちの動きがぴたりと止まっている。
かなり効果的なようだ。
真菜は続いて他の発生地点にブラックホールを発射する。
なかなか魔力を喰われるが、真菜が受け取った魔力に比べればまだまだ余裕があった。
立て続けに発生した黒い渦。それに巻き込まれたら死体も残らない。
それによって発生した恐怖の感情は、徐々に群れに伝播する。
その異常を、ガルビスは逃さない。
「第二陣、第三陣の後衛、畳みかけろ! 総攻撃だ!」
冒険者たちの攻勢がさらに強くなった。
ゴブリンの減る数が加速度的に減っていく。
真菜の攻撃ももちろん終わっていない。
今度は大樹の前のポイントだ。ここが一番影響が大きいだろう。
何故ここを後回しにしたかといえば、ブラックホールの魔法の感覚をつかむためだ。
これで威力や範囲を調節する自信もついた。
さすがに微調整レベルでできるとは言わないが、大中小、という使い分けくらいならできるだろう。
「次!」
杖を大樹に向けた。
魔力を圧縮。圧縮。圧縮。
さらに圧縮。
威力は大だ。
ここが一番の出現ポイントなのだから。
そう考えて魔力を圧縮して圧縮して圧縮して。
ついに、放つところまできて。
「……!?」
真菜の周囲に魔法陣が現れた。
「な、なんだ!?」
「これは……!」
突然だった。
すぐにそこから逃れようとした。
しかし。
魔法陣の発動の方が速かった。
真菜の視界が、真っ白に染まった。




