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こんこん、と扉がノックされる。
「どうぞー」
返事をすると、入室した中年の男性は折り目正しく一礼した。
この部屋の主は少女だ。
しかも、見た目は十代前半の。
パッと見て、目上はどちらかと訊かれれば、入室した男性の方だと誰もが言うだろう。
しかし実際に敬意を払っているのはその男性だ。
「失礼いたします。アポイントもなく申し訳ありません」
明らかに貴族然とした男性は、恭しい態度で自身の非礼を詫びた。
「構わないわ。急ぎだったんでしょ?」
対して部屋の主である少女は、手にしている杖の手入れをしながら答えた。
客人である男性の方には目も向けない。
「それで、外務大臣補佐官殿ともあろう人が、ただの一冒険者に一体何の用事なの?」
貴族同士であれば間に挟まる、いわゆる貴族語。
しかし少女はそれを使うつもりはないようで、単刀直入に本題へ入った。
「お戯れを。真菜殿が叙爵を辞退したのではございませんか。あなた様はひとつ道が違えば貴族になられていたお方。そうでなくとも、あなた様はこの世界で三名しかいないオリハルコンランク冒険者、敬意を払ってしかるべきお相手でございます」
中年の男はすらりと姿勢よく立ったまま、少女――真菜にすらすらと賞賛の言葉を述べた。
それは決してお世辞などではなかった。
貴族であれば建前で相手を褒めるなど基本的なスキルであるが、真菜に対しては使わないのが暗黙の了解となっている。
なので、これは男の本心である。
さらに言えば、外務大臣補佐官程度の地位の者相手なら敬語を使わないのは真菜が勝ち取った当然の権利であり、外務大臣補佐官側が敬うのは当然の義務である。
「……もしや、不届き者がおるとおっしゃいますか?」
ただの一冒険者、にいささかの不穏さを覚えた中年の貴族は、更に言葉を重ねた。
それに対し、真菜は視線を杖から彼に向けて、ふっと笑う。
「いると言ったら?」
「是非お教え頂きたく。皇帝陛下の意に背く者を野放しにはできませぬ」
「……いないわ。ちょっとからかっただけよ」
「安心いたしました。大臣にそのような報告をせずに済みます」
「まったく、冗談が通じないんだから」
「事この件に関しましては、みなナイーブですからな」
もしも不届き者が摘発されれば、良くて奴隷落ち、悪ければ下手すると首が飛ぶ。
比喩ではなく物理的にだ。
そのような厳命が下っていると聞いたことがある。
まあ、こんなのは幾度も繰り返したやり取り。
ある種のあいさつ代わりだ。
「さて、改めて用件を聞きましょう」
真菜が改めて尋ねれば、紳士もまた改めて一礼する。
「例の件について、日本国との調整が難航しているとのことで、ご協力賜りたく」
まあ、真菜にとっては予想で来ていたことだ。
予想できているからと、納得できるものではないが。
「……ゲートが開いてからもう何年も経過しているでしょ。散々支援してきたじゃない。まだ担当者の目途は立たないのかしら?」
「耳の痛いことです。しかし、今回の件は日本国からも要望があがっておりまして」
「何、わたしに交渉の席につけ、って?」
「はい」
「……はぁ」
大方の予想通りだった。
日本の方からも呼ばれているのは少し予想外だったが。
最近はなかったので、少し油断していた。
「分かったわ」
「ありがとうございます」
良かった、という安堵を隠すことなく、貴族然とした中年の男は一礼した。
ここ数か月は外交の仕事が来ることはなかったので油断していた。
もうないかと思っていたのだが、どうやらそんなこともなかったらしい。
「かつては様々な問題解決のために東奔西走して尽力いただいたというのに、更なる仕事を打診して申し訳ない限りでございます」
「気にしなくていいわ。報酬は弾んでくれるんでしょう?」
「それはもちろん。陛下よりご裁可いただき、大臣が十分な対価を用意いたしております」
「それならいいわ」
Sランク冒険者向けの依頼で稼げる金額は相当なものだが、この日本との外交においては、額面はさらにその上をいく。
対価をきちんと払ってもらえるのならば否やはない。
真菜にとっての問題は搾取されること、奪われることだ。
そうでない相手にはきちんと配慮もするし、友好的に接するのだ。
「日本が相手となると、またあれを着ることになるのね」
こういうときのためにあつらえたレディスーツがクローゼットに入っている。
まあ、見た目が十代前半の少女である真菜にとっては、着られている感が出てしまうものではある。
もっとも、それは外見だけの話。真菜からにじみ出る独特の雰囲気と言うか空気と言うか、そういうものを読み取れない相手ならば与しやすいというものだ。
「出発は?」
「急な話になりますが、明日でお願いできませんでしょうか」
「いいわ。しばらくは急ぎの仕事もないし」
「それは良かった。では明日の昼頃、馬車にてお迎えにあがります」
「分かったわ」
「……次がありましたら、きちんとスケジュール調整ができますよう最大限努力いたします」
「そうね、そうしてくれると助かるわね」
これで話は終わりなのだろう。中年の男性は「それでは失礼いたします」と告げて部屋を出て行った。
既に十分な資産と稼ぐ方法を手にしている真菜は、基本のんびりとした日々を過ごしている。
明日からは慌ただしくなるだろう。
暇な時間が多い真菜にとっては、久々の刺激多い時間が待っていた。
そう。
ここは地球ではない別の世界、いわゆる異世界というものだ。
その異世界と日本が亜空間ゲートで繋がったってしまった。
この物語は、佐々木真菜という日本人の少女が異世界にて地位を確立し、日本……ひいては地球との間に発生する諸問題に東奔西走するものである。




