エピローグ
「ふぅ。なんとかひと息つけたねぇ」
「ん。ケーキの美味さもひとしお」
いつものお茶会の席でエリィとララはしみじみと呟いた。
四大魔侯の全員に認めてもらう魔女将の儀。
魔族領域中を回る旅を終えた矢先に起きたエリィの入れ替わり騒動。
(あれから、もう一ヶ月かぁ……)
息つく間もない旅は終わりを告げ、今やエリィは魔王の嫁として認知されている。毎日ひっきりなしに魔族の有力者が訪ねてきてリグネとエリィに挨拶をする日々。近々魔族中を上げた結婚式をする予定もあって、充実した日々を送っていた。
(お姉ちゃん、元気にしてるかな)
リグネが姉の安全を保障してくれたから大丈夫だとは思うが。
もう自分は彼女のメイドではないのだと思うと、それはそれで寂しくもあった。
そんな寂しさを紛らわすために、エリィはケーキを頬張っている。
「あんたたちねぇ」
ロクサーナが咎めるように口を開いた。
「そこまで食べてたら太るわよ。いいの?」
電撃じみた衝撃が、お茶会の席を駆け抜けた。
フォークからケーキを取り落としたエリィは、頬にクリームをつけたまま愕然とする。
「ふ、ふと」
「初めて会った時より太ったしね。まぁ、前までは……」
エリィは机に身を乗り出した。
「ろ、ロクちゃん、わたし太ったかな!?」
「え? あ、いや、だから」
「あ、あぅあぅ、太っちゃうのはちょっと……お腹が出るのはやだよぉ」
ここぞとばかりにセナが顔を輝かせる。
「ではでは、我が主様、わたしと一緒に運動しませんか? 毎日運動してたらすぐに痩せます!」
「セナちゃん、ちなみに聞くけどその運動って」
「ひとまず魔王城百周から始めましょう」
「スパルタすぎる!?」
ただでさえ運動が苦手なエリィが百周もしたら死んでしまう。
ここ最近メイドの仕事もしていないし、運動不足のエリィとしてはもうちょっと軽めの運動からお願いしたいところではあった。
「エリィ、大丈夫」
「ララちゃん?」
ララがエリィの肩に手を置いて親指を立てる。
「ウチが痩せる薬を作ってあげる。それで痩せる」
「く、薬……! ちなみに副作用とかある?」
「リバウンドした時に元の倍太る」
「ダメなやつだ!?」
ロクサーナがじと目で言った。
「まったく、楽な方法で痩せようとすんじゃないわよ。美容を何だと思ってるの?」
美の化身たる小悪魔は腰に手を当てる。
「健全な美貌を維持するには食生活、運動、睡眠を変えなきゃだめよ。しょうがないから、このワタシがメニューを考えてあげる。か、勘違いしないでよね、別にアンタたちの為じゃなくて、うちの領地でダイエットレッスンをする予行練習としてだから!」
「ろ、ロクちゃん……!」
神、ここに見つけたり。
美の化身たるロクサーナにかかればダイエットなどお手の物だろう。
ぱぁぁあ、後光が差すロクサーナを拝んでいると、神は言った。
「ひとまず、しばらくおやつタイムはナシよ!」
「そんな……!」
神は死んだ。
がくり、と崩れ落ちたエリィの耳に、ノックの音が響く。
「魔女将、少しよろしいですか」
「アラガン?」
首をかしげると、セナが用件を聞いて戻って来た。
「我が主様。魔王様がお呼びだそうです」
「リグネ様が……うん、分かった。すぐ行くね」
「それってワタシたちもついて行っていいの?」
「わたしはついて行きますけど、あなたは残ったほうがいいのでは?」
「なんですって!?」
「あはは。みんなで一緒に行こうよ。たぶん許してくれるし」
エリィが二人を宥め、しっかりと準備をしてからリグネの下へ。
リグネに呼ばれたのは二人の寝室の二つ隣の部屋だった。
「ヌ。皆も来たのか」
「はい。ダメでしたか?」
「まぁ構わぬ。其方らも存在を知っておいた方がいいだろうしな」
「……? わたしに用があったのでは?」
「見れば分かる。開けるぞ」
リグネが扉を開け、エリィたちは部屋の中に入る。
ここは確か、何の変哲もない物置きだったはずだが……。
「あ」
門だ。門があった。
荘厳なアーチ型の門の縁は魔術文字で彩られている。
本来は扉をはめ込む門の中は光の膜が張っていて、淡い光を纏っていた。
「これは……転移門?」
「そう。其方へのプレゼントというやつだ。結婚祝いだな」
「う、嬉しいですけど。これでどこに行けば……」
「どこにでも行けるし、向こうから来ることもできる」
リグネが笑い、指を鳴らした。
すると、転移門がひときわ強い光を放ち、中から手が出てくる。
「え」
「な、なんかねっとりしてるわ! お母さん、ねっとり!」
声が、聞こえる。
「これで合ってるのかしら。ちょっと怖いのだけど……」
「アナ。私も後で行くから、ちゃんと挨拶してね」
「さっさと行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「ちょ、マーサ、押さないで……ってうわぁ!?」
突然、白い女が出てきた。
街娘のような白いワンピースを着た少女は麦わら帽子をかぶっている。
前のめりになった体勢を立て直す、その仕草は上品で、浮世離れしていた。
「いただ……マーサめ、あとで抗議してやるわ」
「お姉ちゃん!?」
少女──ディアナは榛色の瞳をぱちくりさせ、遠慮がちに手をあげた。
「あー、エリィ。元気そうね」
「お姉ちゃん!」
「わ、ちょ!? いきなり抱き着いたら髪型崩れて」
「そんなのどうでもいいよ! お姉ちゃんは世界一可愛いもん!」
「も、もう……」
ぐりぐりとディアナの胸に顔をこすり付けるエリィである。
ぎゅっと背中に回した手に力を込めると、ディアナは仕方なさそうに頭を撫でてくる。
「元気にしてた?」
「うん。元気だよ。お姉ちゃんは?」
「私も……まぁそうね。元気よ」
「えへへ……よかったぁ」
エリィは一通りディアナ成分を補充したあと、リグネに振り返った。
リグネは姉妹の再会を満足そうに見て、一つ頷く。
「ここでは忌み子など気にする者は居ないからな。存分に仲良くせよ」
「リグネ様……」
エリィがディアナといつでも会えるように手配してくれたのか。
最高の結婚祝いだ。これ以上ないほどの。
胸がいっぱになって涙ぐんでいると、対抗心を燃やしたのか、リグネがディアナを見て一言。
「まぁ姉がいたとしても、エリィの一番は我だが」
リグネの言葉に、ロクサーナが「む」と反応した。
「わ、ワタシは一番の友達なんだけど!? ま、まぁお前も友達のお姉ちゃんだし、仲良くしてあげるわ。仕方なくだけどね!」
「わたしは一番の臣下ですが何か?」
「ん。エリィの相棒はウチだけ。ディアナは別腹」
ディアナは呆れたように息をついた。
「あなた達、対抗心燃やしすぎでしょう」
「あはは……でも、わたしの大切な人たちだよ。お姉ちゃんも仲良くしてほしいな」
「それは……うん、こちらからお願いしたいくらいだけど……」
「うん! みんなも、よろしくね!」
各々から返事を貰えてエリィは大満足。
「エリィよ。魔王城を案内してやるがよい」
「はーい! じゃあリグネ様も一緒に!」
「もちろんだ」
エリィは左手でリグネの手を取り、右手でディアナの手を取った。
鎖に通した紅石の指輪が跳ねるように揺れる。
両手を取って走り出すエリィに「ちょ、ちょっと!」と慌てたようなディアナ。
エリィは部屋を出る前に振り返り、花が咲くように笑った。
「早くしないと日が暮れちゃうよ! わたしの家、とっても広いんだから!」
Fin.
完結です。ご愛読ありがとうございました!
ファンタジーでコメディなお話でした。みんな幸せでハッピーですね。
『面白かった!』『エリィいい子』『ディアナ頑張った』『ハッピーエンド最高!』
と、思っていただけましたら、ぜひ↓の評価欄から☆☆☆☆☆をお願いします!
そして、新作始めました!
【やがて魔女になる~冤罪で故郷を追われた伯爵令嬢は魔女になって黒衣の公爵に拾われました~】
https://book1.adouzi.eu.org/n3003ic/
超ダークな世界で、超明るい女の子が、
健気に生きて、笑って、泣いたり、堕ちたり、救われたりするお話。
シリアスだけどハッピーエンドなお話。
まったりとお楽しみくださいませ。
それでは、また会えることを楽しみにしております。




