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第七十一話 黒幕の末路

 

「呪具型巨人ゴーレム、起動を確認しました!」

「よし、いいぞ。偵察隊を魔王城へ!」

「「「は!」」」


 一人の男が、領地の会議室で指揮を執っていた。

 彼の前には通信用の水晶が浮いており、ゴーレムからの映像が送られている。

 魔王城付近に待機していた偵察隊が移動を始めた。


「しかし、あなたも悪い人ですな。ゼスタ・オーク老」


 陰謀をめぐらせているのはゼスタ・オークだけではない。

 急進派の幕僚たちが全員集まり、食い入るように通信用の水晶を見つめている。

 幕僚の一人がにやりと笑みを浮かべた。


「穏健派の筆頭とは国を騙す仮の姿。その実、急進派の送り込んだスパイなのですから」

「ふぉっふぉ。えぇまぁ、苦労しましたよ。頭の悪い娘をたぶらかして呪具を渡すのは。すべてはあの時のために動いていましたからね……」


 魔族との戦争によって疲弊していた連合軍が和平を選ぶことは分かっていた。

 物資や武具が不足している現状、一旦休戦を選ぶこと自体は止められない。

 だが、戦争景気で富を肥やしていた急進派にとって和平とは衰退への一歩でしかない。


「国王様たちに婚姻による和平を持ち掛けつつ、金と技術の粋を込めた呪具を花嫁に渡す。そして魔王に嫁いだ時に呪具を発動させ、花嫁が死ねば……」

「王女を殺した魔王と和平の道は無くなり、再び我ら急進派が世界を牛耳ることが出来る」

「ふぉっふぉ! 牛耳るとは大げさですな。あるべき姿に戻るだけですよ」


 ゼスタ・オークは生粋の魔族嫌いだ。

 人族と魔族が和平を結ぶことも許しがたい。だからこそ長年にわたって穏健派へ潜み、来たるべき時にすべてを台無しに出来るよう動いて来た。


 先ほど報告が入った呪具型ゴーレムは魔王を殺すとっておきの策。

 周囲の魔力を吸収し、魔王城もろとも殺すための秘密兵器(アルテマ・ウェポン)

 人族数百年の怨念が積み重なった呪いを前にすれば魔王とてただではすむまい。


 その時こそ、我ら急進派が連合軍の舵を取るとき。

 人族をあるべき姿に戻し、戦争によって富と経済を牛耳る!


(ふふふ、悪く思わないでくださいよ、ディアナ王女。あなたは本来、死すべき方だ。今まで生き永らえた分、存分に仕事を果たしてから死んでいただく)


 偵察隊が魔王城に到着し、空を飛ぶゴーレムの映像も切り替わった。

 遠目からでも黒い巨人が暴れ回っているのが見て取れる。

 その近くに浮かんでいるのは暗黒龍──忌まわしき魔王リグネ・ヴォザーク。


(平和という幻想を抱く愚かな魔王め。今にその首殺して飾ってやる)


 あの龍が魔王になってからというもの、人族の戦意は日に日に弱まった。

 たった一体で一万以上の軍勢を相手にする魔王を相手に、戦える者などいなかったのだ。同時に愚かな民衆共がやれ生活品が足りないだの、やれ息子が帰らないだの、やれ技術者が不足しているだの戯言を抜かし、人族全体で厭戦ムードが漂い、またたくまに講和への道を転がり始めた。


(だが、それももう終わる)


 連合軍を代表するジグラッド王国の王女を殺せば、それは連合軍への宣戦布告に他ならない。

たとえ真実は異なるのだとしても、魔王が人族の王女を殺したという事実は残る。平和をこよなく愛し、人族に友好的だという魔王の幻想神話が終わりを告げる。


(さぁ、殺せ、殺せ。それが罠とも知らずに……ぁ?)


 それは一瞬の違和感。

 魔王は炎を吐き出そうとして、止めた。

 十分ほど宙に浮いていたかと思うと急降下し、その姿が見えなくなる。


(ん……? 何が起きてる。ちゃんと殺すんだろうな? 頼むぞ?)


 ゼスタ・オークの思惑通り、ほどなくして黒い巨人は霧のようになって姿を消した。喜びのエネルギーが老人の身体にみなぎり、握りしめた拳でガッツポーズをとる。会議室にいる者達が思わず腰を浮かし、勝利を浮かべて隣にいる者達と握手を交わした。


(ふぉっふぉ! これで王女は死んだ! 戦争再開だ!)


 巨人を殺したことに沸く魔王城──愚かな。それが罠とも知らずに。

 ほくそ笑んだ老人が命令を下すと、偵察隊の鳴らす喇叭が魔王城に響きわたった。


『魔王軍に告げる! こちらジグラッド王国王国守備隊である。我が国からそちらへ嫁入りした第三王女、ディアナ・エリス・ジグラッドの安否を確認したい!』

「いよいよですな、ゼスタ・オーク老」

「ふぉっふぉ。えぇ、そちらの準備は?」

「滞りなく、穏健派の連中にも根回しは済んでおります。人族に友好的な魔王に限ってそんなことはないが、万が一王女を殺すようなことがあれば平和は諦めざるを得ない、と」

「よろしい。ならば始めましょう、我らの時代を」


(ふふ! 愚かな王女を処分し、戦争を再開する一石二鳥の策! 我ながら上手く行きすぎて怖いですなぁ)


 そもそも、だ。

 あのディアナ・エリス・ジグラッドは死ぬべき存在だった。

 国王がやたらと庇うせいで殺せなかったが、何度も暗殺者を送り込んだのに失敗した。


 そのうち国民が第三王女を認知し始め、暗殺計画は頓挫したが……

 これはあるべき形に戻っただけ。

 最終的に王女を政治の道具にするあたり、ジグラッド王も責務からは逃れられない。


(これで偵察隊が王女の死体を確認すれば……)


 魔王城の城門が開き、魔王が現れた。


『人族の手勢が何用か』


 会議室に緊張が走る。

 数万キロルも離れたこの場所にいてなお伝わる威圧感。

 絶対者の威容を見せ付ける魔王に対して、偵察隊長の声も上ずった。


『こ、言葉通りだ。王女の安否を確認したい』

『なぜだ?』

『ひ、人族の王女が魔族に嫁入りするというのは大変なことだ! 民衆が愛する王女の無事を確認し、魔王と王女の仲睦まじさを披露すれば、種族全体を安心させてられるとのお達しだ』

『ほう。なるほどな』


 偵察隊長が呼びかけたあたりから、この映像は人族の全国、全首都で生中継されている。娯楽に飢えた人族の大半が王女の死を目の当たりにすれば、再び戦争ムードになることは間違いない。


 黒龍は尻尾を揺らして迷っていた。

 当然だ、魔王城にディアナ王女はいないのだから。


『いかがされた。もしや、王女の身に何か……?』

『いや? もちろん、構わぬが。我が花嫁の姿をあまり人に見せたくないものでな。我の花嫁は可愛いのだ。独り占めしたいというのが男の性であろう?』

『き、気持ちは分かるが! その姿をぜひ我らにも』


 ゼスタ・オークは指示を下した。


「魔王城に侵入し、魔王城を映せ。王女の死体を見せればこっちのもの──」

『仕方ない。エリィ!』


 その途中で、魔王が信じられないことを言った。

 会議室がどよめく。

 ゼスタ・オークもまた、心中穏やかではなかった。


(あの巨人は適合者の負の感情に呼応して一体化させる生贄の呪術だ! 巨人が消えている以上、ディアナの身体を取り出すことなどできないはず……!)


 魔王城の城門から一人の少女が現れ──


『おーっほほほほほ!』


 ………。

 ………………。

 ………………………は?


「ばか、な」


 雪のような白髪は冬の山に現れた妖精のよう。

 華奢な身体つき、榛色の瞳は幼く、悪戯っぽい光が宿っている。


『うふふ。わたくしを呼びまして?』


 にこりと笑った少女──ディアナ・エリス・ジグラッドその人だ。


「王女……!? なぜだ、生きていたのか?」

「生贄は成功したのではなかったのか!」

「ゼスタ・オーク老。これは一体どういうことだ!?」


 会議室中がどよめなくなか、黒幕である老人は違う意味で震えていた。


「おまえ、おまえは」


 椅子を蹴倒しながら立ち上がり、彼は震える指で水晶を差した。


「生きていたのか……お前が……死んだはずの片割れが……!」


 数万キロル離れた男の動揺など本人に伝わるはずもない。

『王女殿下、ご無事でしたか』偵察隊長の言葉に彼女は柳眉をつりあげた。


『無事? お前は誰に向かってものを言ってるの?』

『いや、あの』

『魔王様にはとっても良くしてもらってるわ。彼は確かに見た目がカッコいい……じゃなくて、とても雄々しい……じゃなくて、見た目は怖いかもしれないけど、とっても優しくて、平和を愛し、人族でも平等に接してくれる最高のお方』


 ディアナはうっとりと黒龍の横顔に頬ずりした。


『わたくし、この人のことが大好きなの』


 その目は子供が見ても分かるほど熱っぽく蕩けている。


『我も其方が好きだぞ』

『えへへ……嬉しい』


 世界中の人間の前でイチャイチャする、仲睦まじい夫婦のそれだった。


『ところで、先ほどジグラッド王国から引き出物(・・・・)を貰ってな?』


 魔王が振り向くと、美貌の森人族(エルフ)が進み出た。

 彼──あるいは彼女か、中性的な森人族が両手で持つのは黒い水晶だ。

 ギョ、とゼスタ・オークは目を剥いた。


(それは、私の)

『有難くいただいておこう。ジグラッド王によろしく伝えておけ』

『……は。それはもう』

『うむ。ではもういいか? 我らはこれから共に食事をする予定でな』

『し、失礼しました! 王女様、お幸せに!』


 通信終了。

 重苦しい沈黙が、会議室を支配する。


「ど、どうする……未だにこちらには気付かれていないようだが」

「王女を使った作戦は失敗。魔王城に被害は与えたが、人的損失も見られない」

「これでは戦争を始めても勝てないのでは……?」

(まずい)


 急進派のすべてが魔族嫌いというわけではない。

 むしろ、戦争による利益を目当てに集まって来た幕僚たちも怖気づき始めた。


 安全圏で兵士を無駄に戦わせる能がない愚か者たちが弱気を見せる中、ゼスタ・オークは流れを変えようと口を開いた。


「皆さま。ご安心を──」

『そうそう、言い忘れていた』

「「「!?」」」


 通信映像が再開し、魔王の顔が大きく映される。


『ヌ。アラガンよ、これで映ってるのか』

『はい、大きな受信設備のみに映像を絞っています。おそらく今回の企てを行った者達がこれを見ているかと』

『よし』


 恐怖が、その場を支配した。

 偵察隊長越しに向けられていた『圧』が、先ほどの非ではない重さとなって幕僚たちの肩に重くのしかかる。


『まず言っておくが、我は寛大な魔王だ』

「「「……」」」

『いかに魔王城を壊され、いかに負傷者が多く、いかに我が花嫁が大切にしている者が傷付けられようと、人族全体を憎むことはない。この件を皮切りに人族を滅ぼすことはしない』


 だが、と。

 紅炎色(イグニスブラッド)の瞳が射殺すように細められた。


『己が利益のため、悪意を以て動いた者には容赦せぬ』


 誰かが悲鳴をあげた。


「ぜ、ゼスタ・オーク老。それは」

「は?」


 ゼスタ・オークは絶句する。

 何もないはずの懐──自分の心臓が黒く光っている。


『そちらの引き出物は堪能させてもらったのでな?』


 魔王が楽しそうに嗤う。


『返礼品として、魔力を返そうと思う。ついでに付与していた術式もセットにして暴走させておいた。四大魔侯レカーテが因果を辿り、最も悪意の強い者に送り届けたぞ。有難く受け取るがよい』

「ぁ、ぁぁぁあげきげかげえばぁ」


 ゼスタ・オークの身体が変質する。

 彼の身体を核として黒い瘴気がまとわりつき、目玉が身体中に浮かび上がる。

 ディアナほどの威力はない。それでもそれは、小型の黒い化け物だった。


 その場にいる者達が慌てて逃げ出そうとするが、もう遅い。


『人を呪わば穴二つ。自業自得だ、馬鹿者め』


 ぴしゃりと、鮮血が扉に染みついた。





 ◆◇◆◇



 翌日。

 オーク侯爵邸に集まっていた急進派の幕僚たちが惨殺死体で発見された。凶器はその場にあったナイフと見られており、当局は心神喪失状態だったゼスタ・オークを殺人容疑にて逮捕。同時、彼が行っていた戦争資金の横領や予算の細工など、さまざまな余罪が発表され──


 ゼスタ・オークは人類最大の裏切り者して公開処刑となった。

 討ち捨てられた彼の死体の前に、花はなかったという。



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[一言] 悪は滅びる。
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