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第六十九話 悪意の強度

 

「ご主人様って……あのニセモノのこと?」


 ロクサーナの問いにエリィは頷いた。


「う、うん。何か分からないけど、感じるの、あの中にいるって」

「では彼女が今回の元凶ということですか?」

「そ、それは分からないけど!」


 アラガンの険の入った声にエリィは慌てて首を振る。


「でもご主人様は、入れ替わりがバレて幽閉されても、あんな風に暴れる人じゃないよ」

「なぜ其方はそこまで奴を信じる?」

「……わたしは」


 エリィは咆哮を上げる化け物を見つめながら思い出す。

 ディアナと初めて出会ったこと、彼女に拾われてからの慌ただしい日々を。


『──ひどい有様ね。身体も臭いし、痩せっぽっちだし。見てられないわ』

『エリィ。今日からあなたは私の妹分よ。ビシバシ働いてもらうわ!』

『見て見て! エリィ、今日発売された新作ケーキ! 一緒に食べましょうよ!』


 エリィは目を瞑った。


「ご主人様は、わたしを救ってくれたんです」

「……」

「あの人が拾ってくれなきゃ、わたしは死んでました。いっぱい、楽しいことを教えてくれました……お母さんが居なくなってどうしたらいいか分からなかったわたしに、生きてていいんだよって、言ってくれました」


 今回のことだって、ディアナは善意からエリィを追い出したに違いない。

 初めからエリィが自分の想いを伝えていれば、きっとそれを尊重してくれた。

 あの人はとことんまでエリィに甘くて、下々の人にも優しさをくれる王女様だから。


「だから……死んでほしくありません」

「分かった」


 リグネは頷いた。


「多少骨だが、やってみよう。其方らもそれでいいな?」

「そうですね。魔女将(アミール)の命令なら仕方ありませんわ」

「我が主の命令は絶対です! やり遂げてみせますとも!」

「みんな……」

「魔王様、具体的にどうします?」


 エリィが胸を熱くしている傍ら、冷静な宰相が魔王に水を向ける。

 うむ。とリグネは顎を引いた。


「あの中にいるというディアナの身体を取り出すには奴の身体をこじ開け、奴とディアナを切り離す必要がある。見たところ魔力が一体化してるから感知は無理だな。エリィ、具体的にどこにディアナが居るか分かるか?」

「あぅ……分かりません」

「そうか。なら」

「──なら、ボクの出番というわけだな?」


 タン、と軽やかにリグネの背に着地したのは森人族(エルフ)の男だ。

 長衣をはためかせた彼は居丈高に胸を張り、どや顔で言った。


「レカーテ様!?」

「深淵なる叡智を持つこのボクなら、猿の思念を感知して居場所を伝えられる」

「どうして……」

「ふん。これで貸し借りはナシだ、エリィ」


 レカーテは鼻を鳴らした。


「ニセモノはニセモノらしく、みっともなく足掻いて見せろ」

「……はい!」

「こいつ、いきなり現れて何様? 落としてもいい?」

「陰険長耳野郎が我が主様(マスター)の名を呼ぶのは不敬では?」

「ハッ! どいつもこいつも、ボクが居なければ魔女将の命令も遂行できない分際で生意気だな」

「「は?」」

「わーわー! もうみんな、仲良くしてよ! 今はそれどころじゃないんだから!」


 三人とも癖が強すぎてまとまりがなさすぎる。

 慌てて間に入ったエリィだったが、リグネは愉快そうに笑った。


魔女将(アミール)の貫禄が身についておるな。そやつらが言うことを聞くのは其方だけだ」

「あぅ……リグネ様まで……」

「言っている場合ではありません、皆さま。来ますよ!」

【グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!】


 黒い巨人がうなりを上げ、触手がうねうねと魔王城を破壊し始める。既に西側は壊滅状態になっており、巨人に攻撃を加えた魔族たちは触手に弾き飛ばされた。


「これ以上魔王陛下の城を破壊されるわけにはいきません。ララ、合わせなさい」

「魔族が私に命令するな。お前が合わせろし」


 憎まれ口を叩きながらも、アラガンとエリィが魔術を放ち、地面から光の鎖が飛び出してきた。見る見るうちに巨人の触手を絡めるように四肢へ巻き付き、巨人がその動きを止める。アラガンが激を飛ばした。


「今です、ロクサーナ、セナ!」

「陰険妖精、場所は!?」

「胸の中心!」

「外すんじゃないわよ、怪力女!」

「あなたこそちゃんとわたしを運んでくださいよ、淫乱悪魔!」


 セナを背負ったロクサーナが滑空し、巨人の胸へ急降下する。

 彼女たちが胸に風穴を開ければエリィたちの出番だ。

 巨人の中からディアナを救出させるため、エリィはリグネにしがみついた。


「風穴、開けさせていただきます!」


 セナの怪力パンチが炸裂し、巨人の胸を破裂させる。

 ──かに思えた。


「なっ!?」



 巨人の胸には、傷一つ付かなかった。



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