第六十八話 ここに居たい。
「ば、化け物ってどういうことですか?」
『今は説明している暇はありません。このままでは被害が……ぐああ!?』
「アラガン様!?」
「我が留守の時に魔王城を狙うとは……不届き者め」
リグネの鱗が逆立った。
「エリィ、すまんが急ぐぞ。しっかり捕まれ」
「え? うわぁ!?」
エリィを背に乗せたまま、リグネは急加速する。
いつも空を飛ぶときに自分の風で包んでくれているけれど、それでも振り落とされそうになるくらいの速さだ。必死にしがみついているだけで景色がぐんぐんと置き去りにされ、エリィはいつの間にか魔王城の上空へと到着していた。
【──グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!】
人型の化け物がいた。
全身から目玉が浮き出ていて、黒い触手で魔王城を蹂躙する化け物。
魔王城の兵士が放つ魔術の砲火は、黒い触手に阻まれて本体まで届かない。
「アレは……一体、なんですか?」
「ふむ。珍しい珍獣だな」
「普通に化け物ですよね!?」
「「「魔王様!」」」
地上から飛んできたのは三人の魔族だ。
ケンタウロスのアラガン、鬼族のセナ、サキュバスのロクサーナ。
たった数日離れていただけなのに、ちょっと懐かしい。
「魔王様! あの化け物、魔術がまったく効かず、失態をお許しください」
「わたしの力でも砕けません。戦力不足です」
「魅了も効かないの。でも魔王様が来てくれたらどうにか──」
言いかけた三人の視線が、エリィを捉えた。
ばさりと翼をはためかせ、ロクサーナはリグネの背に降り立つ。
「ロクちゃん……」
すたすたと、歩いて来たロクサーナは、
──……パァンっ!
エリィの頬を、張り飛ばした。
ゆっくり振り向くと、ロクサーナは眦に涙を溜めて、
「馬鹿!」
「……」
「勝手に居なくなって! 勝手に戻ってきて! どの面下げてワタシたちに会ってんのよ。ふざけんじゃないわよ!」
「……うん、ごめん」
「おまけに王女の身分がニセモノで! あなたは入れ替わっていただけで! ワタシたちを騙して……そんな、そんなの」
すべて、事実だった。
誇り高いロクサーナからすれば、許せないことだろう。
肩をぷるぷる震わせているし、びんた一発で許せるはずがない。
最悪、ロクサーナに嫌われても仕方ないとエリィは思っていた。
「なんで、なんで……」
ロクサーナは顔を上げ、光の粒をまき散らしながらエリィに抱き着いた。
「なんで、相談してくれなかったの」
「ぇ」
「ワタシたち、友達でしょ。友達は、困ったときに助け合うものでしょ!」
「……っ」
エリィの瞼にも、涙が浮かぶ。
「わ、わたし……ニセモノで」
「平民だろうがメイドだろうが、ワタシたちが認めたのは、お前だけよ!」
「……っ、うん……うんっ」
「今後は絶対に相談しなさい。じゃなきゃ絶交だから!」
「うん……ごめん、ごめんね……ありがと……ロクちゃん……」
エリィがぎゅっと抱きしめると、ロクサーナは微笑んで離れた。
ロクサーナの後ろには、薙刀を持ったセナが跪いている。
「あの、セナ……」
「我が主様。わたしの言いたいことはすべて淫乱悪魔が言ってくれました」
「……うん」
「今後はわたしのことも、セナちゃんと呼んでくれますか?」
それで手打ちにします、とセナは微笑んだ。
エリィは泣きながら頷いた。
「うん、分かった。分かったよ……セナちゃん」
「はいっ!」
これからは彼女とも友達になれる。そんな気がした。
「エリィ」
いつの間にか、エリィの隣にララが立っていた。
こちらを見上げたララは満足げに口元を緩めている。
「ララちゃん」
「ん。おかえり」
「……うん。ただいま」
──あぁ、帰って来たんだな。
気心の知れた者達と会えて、エリィはそう思った。
「其方ら、今回だけは許すが、我が背中に乗っていいのはエリィだけだぞ」
リグネがそういうと、三人が慌てて離れた。
「アラガン、状況を教えろ」
「はい。魔王様が魔女将を迎えに行ったのとほぼ同時刻、突如アレが魔王城の西側から現れました。私とララ、砲撃部隊の魔術で迎撃しましたが、効果はなし。ロクサーナの魅了も効きません。見ての通り黒い触手によって地上部隊は壊滅。また、触手をかいくぐったセナによる物理攻撃も加えられたのですが、すぐに再生してしまいました。かなり厄介な手合いです」
「……呪いの類か。古き魔術の一種だな。どこでそんなもの手に入れたんだか」
まぁ後で調べればよい。とリグネは口の端から黒い炎を漏らした。
エリィはきょろきょろと周りを見渡す。
アラガン、セナ、ロクサーナ、ララ、
ここにいるはずのホンモノが、どこにも見当たらない──
『エリィ……ごめん、ごめんね……』
「え?」
その時、頭の中に声が響いた。
『助けて……誰か、助けて……』
確信はない。それでも、この声は。
「……もしかして、ご主人様?」
エリィが頭を抑えて呼びかけるが、頭の中の声は答えない。
そうしている間も、化け物はどんどん暴れていて──
「我の炎でアレを吹き飛ばす。皆の者、眩しいから目を閉じていろ」
「ま、待ってください!」
リグネが焔を吐き出す寸前、エリィは制止した。
「どうした、エリィ」
「あの……あの化け物を殺さないでください……」
「だが、今もアレは暴れてるぞ」
「感じるんです……」
エリィは今も暴れている化け物を見た。
声が聞こえた今、はっきりと分かる。
「あの中にご主人様がいるんです!」




