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第六十五話 母の眼差し

 

「へっくちゅん!」


 山の斜面に吹きすさぶ風が雪色の髪を揺らした。

 首筋にざわりとした違和感を覚えたエリィは首を巡らせる。


「……? 気のせいかな」


 あたり一帯は緑に覆われていて、鳥や虫たちの声が響いている。

 昼寝したくなるような木漏れ日が樹々の合間からこぼれていた。


(そろそろかな)


 エリィの隣に置かれた籠には赤紫色の粒が山と積まれている。

 頃合いだろうと感じて、エリィは丘の上で洗濯物を干していた母の下へ。


「おかーさーん! 山苺の実ってこれくらいでいいのー?」


 エリィが籠を見せると、アルテマは車椅子の上から覗き込み、


「えぇ、大丈夫よ。ありがとね」

「えへへ。どういたしまして」


 優しく頭を撫でられたエリィはにへらと笑い、アルテマに抱き着く。

 甘えん坊な娘に苦笑しつつ、アルテマもまんざらではない。


「エリィ。そろそろ家に」

「んー。もうちょっと」

「もう。パンが焦げちゃうわよ?」

「それは困る!」

「現金な子ね」


 アルテマに続いて家に入ろうとしたエリィは、不意に振り向いた。

 丘の上から見える、瘴気領域の景色。

 外界とこちらを分ける明確な境目の向こうに、かつて自分もいたのだ。


「……」


 サァ、と吹きすさぶ風が髪をまきあげ、エリィは髪を押さえた。

 太陽は中天を過ぎており、今ごろ魔王城では昼食をとっている時間だ。

 ディアナのことだからきっとうまくやっているだろうと思うけど。


(わたしとご主人様、似てるし。気付かないよね、きっと)


 何も問題ない。ずっとあの場所(期待)から抜け出そうと思っていたではないか。

 身代わりの期間が終わったら魔王城から去る。

 それを目標としていたはずなのに。


「……楽しかったな」


 終わってみれば、鮮烈な思い出がまざまざと記憶に刻まれている。


 まったく指示通りにしてくれないけど、魔術の腕はすごいララ。

 我が主様(マスター)と呼んで憚らない、自分を慕ってくる被虐気質なセナと、

 素直じゃないけれど友達っぽいことが好きで、照れると可愛いロクサーナ。


 そして──


『其方と二人で空を飛ぶと、なぜか気持ちいいのだ』

『エリィ。其方は可愛いな』

『我の傍に居てくれるか、エリィ』


 エリィは鎖を通して首飾りにした、大きな指輪をぎゅっと握りしめた。

 山一つを壊し、鉱脈一つを圧縮した真紅の宝石は陰りを見せている。


(リグネ様……)


 もしも。

 もしも、リグネがエリィとディアナの見分けがつかず。

 ディアナが本来の王女の役目を果たし、リグネと結ばれたなら──


 ズキン、と胸が痛んだ。


「……それは、いやだな」

「──エリィ? パン食べないの?」


 エリィはハッと顔をあげた。


 ──そうだ。今のわたしにはお母さんがいるんだ。

 ──わたしはニセモノだから。こんな気持ちは持ってちゃダメなんだ。


 自分の気持ちに蓋をして、見て見ぬふりをすればいい。

 ニセモノの自分にはそれがお似合いだろう。


 エリィは振り向き、笑みを浮かべた。


「食べるに決まってるじゃん! あ、端っこはわたしのだからね!」

「はいはい。分かってるから」


 母の車椅子を押して、エリィは家に入るのだった。








 ◆◇◆◇







 二人が棲む小屋のなかはこじんまりとしている。

 玄関から入って正面にテーブルがあり、左側にはキッチン。

 右側には暖炉と揺らし椅子、本棚などが置かれていて、奥にある部屋が寝室となっていた。


「それでね、それでね、リグネ様が、どだーん! って悪い人をやっつけたの!」

「すごいわねぇ。じゃあエリィは守ってもらったの?」

「うん。そのあとはおんぶしてもらってね、それで──」


 ──それで、好きかと聞かれて。


 エリィは開きかけた口を閉じた。

 その後のことに感じた羞恥と、もう会えないことを思い出して。


「それで──うん、それだけ、なんだけど。あはは……」


 エリィは誤魔化すように俯き、スプーンで皿を突いた。

 既に彼女の皿は空になっている。

 アルテマは切なげな顔をして、首を振り、そして微笑んだ。


「エリィ」


 車椅子を操ってエリィの傍に行き、娘の肩に手を置く。


「お母さん……?」

「少し、話をしましょうか」

「お話?」

「えぇ。私と、あなたのお父さんの話を」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ?二人はあれなのかなと予想しつつ楽しみに読みます。 予想が当たるかたのしみ。
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