第六十二話 同じだけど、違う。
翌日の朝食後。
ディアナがお茶を飲んでひと息ついていると、突然扉が開いた。
扉のところに立っていたのは黒髪の美女だ。
「ふん。相変わらず辛気臭い部屋ね」
王宮で育ち、王女として淑女教育を受けて来たディアナでさえ、その所作に見とれた。不機嫌そうに鼻を鳴らす、そのさますら美しさが垣間見える。
この世ならざる精巧な人形のような美の具現がそこにあった。
「まぁでも、ワタシは寛大だからね。こんな部屋でも我慢してあげるわ」
「遅れて来た分際で偉そうにしますね、あなたは」
外で警護をしていたセナがじと目で言った。
「まぁせいぜい我慢していればいいですよ、二番さん」
「誰が二番よ!あなたと違って四大魔侯なんだからしょうがないでしょ!」
「ふ。ご主人様の護衛将軍の役目に比べたら、四大魔侯なんてカスです」
「は、はぁ? それを言うならワタシだって……」
ちら、ちら、とこちらを見る黒髪の美人。
見惚れていたディアナはハッと我に返った。
(これが四大魔侯の一人、『極楽悪魔』ロクサーナ・リリス……噂通りの美人ね)
彼女と相対した人族全員が魅了に掛かり、大規模な被害を受けたという。
見ただけで男を虜にする魔性の美を目の当たりにして、ディアナはごくりと唾をのんだ。
しかしそこは第三王女である。
すぐに口元に笑みを浮かべ、友人を歓迎する。
「三日ぶりかしら。遅かったじゃない、ロクサーナ」
「これでも急いできたのよ。お茶をもらえる?」
「もちろんよ。ララ、お願いできる?」
「──あら。今日はあなたが淹れないの?」
「え?」
ロクサーナは不思議そうに首を傾げた。
「いつもあなたが淹れてるから。あなたのお茶、美味しいから楽しみに……してないけど! このワタシが飲んであげるって言ってるのに、お茶を出さないなんて失礼じゃない?」
「あ、あぁっ、そうね。ごめんなさい、失念していたわ」
「べ、別にいいけど」
ロクサーナの視線から逃れるようにディアナは席を立った。
扉のほうからこちらを覗くセナも、何やらじっと見つめているような気がする。
ディアナの心中は穏やかではなかった。
(何やってるのよ、あの子は! お茶なんてメイドにやらせればいいじゃない。ララに覚えさせなかったの? 自分で淹れてたって……あの子、王女の身代わりだった自覚はないの? まったく……あの子らしいけど。入れ替わる私の身にもなってよ)
当然のことながら、王女として育ったディアナにお茶の心得などない。生まれてこの方、身の回りのことは侍女にやらせていたし、そのためにララにお茶の訓練や侍女としての研修は受けてもらっているはずなのだが、当のララはいそいそとテーブルにお菓子を用意し、クッキーを頬張っている様子だ。じっと睨みつけると、ハッとした彼女はだらだらと汗を流し始めた。
(はぁ……いつもこうしてるなら、今は何も言わないでおくけど)
侍女と主人が一緒にお茶をすることなんて許されない。
少なくとも王宮ではそうだったし、どこで誰が見ているか分からなかった。
(わたしだって……)
ディアナは感傷を振り払い、お茶を淹れることに注力する。
テーブルのほうへ戻ると、なぜか護衛将軍を名乗るセナがお茶の席に座っていた。
「あら。なぜあなたが?」
「え?」
セナは困ったように、
「あの、いつも同席させてもらっていますが……今日は、ダメですか?」
「あ、あぁっ、そうだったわね! ごめんなさい、なんでもないのよ」
ディアナは張り付けた笑みで誤魔化し、お茶を配っていく。
「さぁ、今日もみんなでお茶にしましょう。楽しんでね」
「はい!」
「ワタシは別に。でもまぁ暇だから相手してあげるわ」
そう言ったロクサーナがカップを持ち上げ、
「まずっ」
生ごみを口に入れた時のように激しく顔を顰めた。
「なにこれ。ちょっと渋すぎない? 茶葉の香りが飛んじゃってるじゃない」
「え、そ、そんなことは」
ディアナはさっとカップを傾け、ロクサーナと同じ顔になった。
(まっっっっっっず! 色のついた泥水を飲んでるみたい)
自分で淹れておいてなんだが、正直飲めたものではなかった。
普段から上等なお茶を飲んでいるだけに、この味はいかんともしがたい。
「あ、あの。我が主様、これは……」
「あんた、どうしたのよ?」
戸惑ったような二人の視線が、ディアナの肋骨をすべって心臓に突き刺さる。
セナのことも、ロクサーナのことも、資料では読みこんだつもりだ。
仕草や癖だけなら、完璧なエリィになれる自信がディアナにはある。
けれど。
メイドとして培ったスキルは、
彼女たちと育んだ絆は、些細なやり取りは。
「ご、ごめんなさいね。ちょっと調子が悪いみたい。おほほ……」
「大丈夫ですか?」
「身体が辛いなら休むのも仕事よ。しっかりなさい」
幸いにも二人が心配してくれたおかげで事なきを得ずに済んだものの。
(これは、ちょっと大変かも……)
ディアナは頬を引きつらせながら、額から汗を流すのだった。
◆◇◆◇
ディアナが目を瞑って茶を飲み干す、その隣で。
「……淫乱悪魔。我が主様の様子、どう思います?」
「誰にだって調子が悪い日くらいあるでしょ」
「そういうことを言っているのではなく」
ロクサーナの瞳が怪しく光った。
「……魅了が効かない。同じ姿のニセモノってわけじゃなさそうだけど」
「魔力の波長も同じですしね。やはり調子が悪いのでしょうか?」
「ま、しばらく様子を見ましょ。あの子にだってこういう時くらいあるでしょ」
「それもそうですね。そういう所も素敵です」
二人の友人と新たな主を交互に見つめて。
お茶をひと口飲んだ魔術師メイドは寂しげにつぶやいた。
「……エリィのお茶が飲みたい」




