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第五十七話 終わりを告げる

 レカーテとの祭儀を終えたエリィたちは魔王城へ帰還した。

 初めて魔王城を訪れたときはその荘厳さに圧倒されたもので、これからの不安もあってそれはそれは緊張したものだが、四大魔侯との祭儀を終えて帰って来てみれば、これほど快適でくつろげる場所はない。


「終わった~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 どぼーん、と布団の上に突っ込んで仰向けになるエリィ。

 足をばたばたと動かして解放を喜ぶ彼女は拳を突き上げた。


「やっと! 終わった! わたしの任務、終了!」

「まだ二か月あるぞよ」

「そうだけど! もうちょっと浸らせて……!」


 冷静なララの突っ込みに苦笑しつつも、脱力感は終わらない。


「濃すぎる日々だった……あの人たち、色々と濃い……」

「いつバレるか冷や冷やした」

「だよね」

「ん。主にエリィのせい」

「なんで?」


 どちらかと言わずとも被害者のような気もする。

 一生懸命やったらなぜか裏目に出たが、エリィは平穏を望んでいたのに。


「で、どうするの」

「どうするとは?」

「二か月後、来る」

「分かってるけど……」

「リグネのことは?」


 一拍の沈黙。

 エリィはそーっと目を逸らした。

 じと目のララに言い訳するように言う。


「そのうち何とか……」

「ならない」

「あぅ…………どうすればいいと思う?」

「普通に言えばいいのでは」

「言えたら苦労しないってば!」


 ──魔王に恋をしたからメイドのわたしに王女を譲ってください。


 ダメだ、体面が悪すぎる。

 ただでさえメイドに過ぎないエリィがディアナと代われるわけがない。

 ディアナは王国内での居場所がなくなるだろうし、自分も殺されてしまうかも。


「ロクサーナたちに相談すれば」

「無理だよぉ……一番行動が読めないもん……」


 ああ見えてまだ魔王のことを諦めていないロクサーナだ。

 二番目で良いと言った彼女がエリィの正体を知った時、タダで済むとは思えない。セナに関しても忠誠を誓った相手がメイド風情だと知った時の、鬼族の怒りたるや──。


 ぶるぶる、とエリィは身体が震えるような思いだった。


「二人が来るまでに決めないと」

「うん……」


 今、セナとロクサーナは自分たちの領域に帰っている。

 そこで引継ぎや諸々の雑務を終わらせ、魔王城へ来るつもりのようだ。

 すべてを知るララとこうして話せるチャンスも、そう何度はないかもしれない。


「リグネ様に全部話して……納得してもらう? これが、一番いいのかな」

「ん。魔王なら呑み込みそう」

「だいぶ緊張するけど……」


 要は『あなたが好きになったから側に居させてください』だ。

 本当にリグネがただのメイドであるエリィを選んでくれるなら丸く収まりそうな気もする。

 それでも、打ち明けた時の反応が怖くて今に至っているわけだが。


(……受け入れて、くれるよね)


 指より少し大きなサイズの指輪をいじりながら、エリィは口元を緩める。

 あの山の中での誓い。

 彼が一緒に生きよう言ってくれた贈り物(プロポーズ)を噛みしめて。


「分かった。わたし、頑張るよ」

「ん」

「言わなきゃ始まらないよね」

「それはそう」


 たぶんリグネを前にしたらまだ言えないだろう。

 心の準備がいる。けれど二か月もあれば、その覚悟も決まるはずだ。


「よーし! じゃあその時に備えておやつ一杯食べよう!」

「いえーい。さすがエリィ。略してさすエリ。そう来なくちゃ」

「褒めてもアイスしか出ないよ?」

「ブルーベリー味でよろ」

「しょうがないなぁ。じゃあ、まずは着替えて食堂に……」


 エリィがクローゼットに足を向けたその時だ。

 クローゼットの中から光が漏れた。

 そして。


「──うわ、なんだか妙に埃臭いわね。なにこれ、ドレス?」


 え。

 聞き覚えのある声に、エリィは硬直する。

 クローゼットがゆっくり開き、現れた二人はエリィの知る人物だった。

 長い白髪についた埃を振り払うように頭を揺らし、榛色の瞳がエリィを見て柔らかく細められる。


「あぁ、よかった。元気そうじゃない」

「ご、ご主人様……」


 偽物ではない──本物のディアナがそこにいた。


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