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第五十六話 絆の証

 

 森人族から用意された客室にエリィはいた。

 室内にはロクサーナやセナが集まり、先ほど満たせなかった腹を満たすべく、みんなで小皿を囲んでいる。夜のおやつタイムであった。エリィは椅子に縛り付けたララの鼻先にカヌレを揺らす。


「見て、ララ。このカヌレ、外側はぱりっと焼けていて中はふっくら焼きあがっているわ。口に入れただけでトロけちゃいそう……すっごくいい香り……美味しそうねぇ」

「う、うぐ」

「食べたい? だーめ。これはわたくしが食べるものだから」


 サク、と。と噛んだ瞬間にあふれるカヌレの甘み。

 目の前で至高の味を満喫するエリィに、ララは血の涙を流した。


「ひどい……ひどいすぎる……こんなの拷問だ……」

「ご主人様、先輩も反省していることですし、その辺で……」

「ダメ。これはお仕置きよ。今日という今日は許さないんだから」


 これまでエリィはララのやらかしを見逃してきたが、一度くらいちゃんとした罰を与えてあげないとララはずっとこの調子だ。エリィは激おこであった。


「さぁ、次はこのクッキーを……」

「エリィ、居るか?」


 突然扉が開き、リグネが入って来た。

 エリィを見つけたリグネは嬉しそうに顔を輝かせ、


「いたな。よし、行くぞ」

「へ!? お待ちになって。一体どちらに」

「ロクサーナ。後でアラガンが来るから相手しておけ」

「了解しました、魔王様。エリィ、せいぜいしっかりやることね」


 なぜかウインクしてくるロクサーナである。

 この二人、妙なところで息が合うのは気のせいだろうか。


「ちょ、リグネ様!?」

「行くぞ」


 リグネはエリィを背中におぶり、そのままバルコニーへ。


 ──ちょ、待って、待って。

 ──これ、まさか。


「口を閉じてろ。舌を噛むぞ」

「だからって飛び降りることないでしょぉおおおお!?」


 エリィをおぶったまま宙へ身を乗り出したリグネ。

 その姿がエリィごと赤い炎に包まれ、またたくまに巨大な竜の姿となった。

 悲鳴を上げたエリィを浮遊感が包み込み、必死で鱗に捕まっていたら雲の上だ。


「すぐに着くからな」


 リグネの魔術的な風が空の暴風を受け流していく。

 ようやく落ち着いてきたエリィは肩の力を抜き、


「一体どちらに?」

「秘密の場所だ」


 リグネが雲の上を経由して向かったのは黒々とした山脈だった。

 そこまで特徴もない山を見てエリィはホッと息をつく。


(なぁんだ。景色でも見るのかな?)


 思えばこうして二人きりで空を飛ぶのも久しぶりな気がする。

 マザーのところへ向かう時は寒くて空は飛べなかったし、それ以降もロクサーナやセナたちとずっと一緒だったのだ。リグネも、少し寂しくなってきたのかもしれない。


(ふふ。リグネ様、ちょっと可愛いかも)


 クス、と微笑んだエリィだが、


「────っ!」


 直後、リグネの口から一条の光線が放たれた。

 流星のごとく空を裂いたそれは、山脈に直撃し、


「きゃぁ!?」


 凄まじい轟音が、世界を揺らした。

 空にいるエリィにまで伝わってくる、ビリビリとした空気の振動。

 巨大な土煙が舞いあがり、魔獣たちの断末魔がこだまする。


「え、ぇえぇええ?」


 土煙が晴れた時、山脈にぽっかりと穴が空いていた。

 ふつふつと煮え立つ山の断面を見てリグネは満足げに息をつく。


「よし」

「『よし』じゃなぁぁあい! な、ななんで山をぶち壊してるんですか!?」

(山ってあんな風に抉れるもんなの!? リグネ様、どんだけ強いの!?)


 エリィは頭を抱えながらも戦慄していた。

 分かっていたつもりだったが、魔王の力は規格外だ。

 息をするように山に巨大な穴を穿つなど、およそ尋常の力ではない。


(も、もしかして嫌われてたらヤバかった……?)


「目的地はあそこだ」

「はひ」


 驚き冷めやらぬままに、エリィはリグネに運ばれていく。

 ふつふつと煮え立つ地面に降り立ったリグネは口の端を上げた。


「見つけた」


 エリィはリグネの肩口から顔を出し、


「わぁ……綺麗な宝石ですね?」

「うむ。ちゃんと出来ているな」


 リグネが爪の先で掘り出したのは一粒の赤い石だった。

 高純度の魔力を帯びたそれは見ているだけで引き込まれそうな魔性を持っている。月の光が宝石に反射して、きらきらと輝いていた。


「これを加工したものが人族で売られていてな。ビジョン・ブラッド……いや、サンライズ・ルビーとか言ったか。あれの鉱脈をまるごと溶かして魔力的に圧縮したものがこの石だ」

「……もしかして、その石一つに鉱脈一つ分の密度が?」

「うむ。自慢じゃないが、我以外には出来ないぞ」

(でしょうね!)

「今のところ、世界一高価な石であろうな。これを加工できるのは竜の爪以外にあり得ぬ」


 そういったリグネは周囲の石を拾い、竜の爪で器用に加工し始めた。

 爪の先に火を灯し、あるいは水を出し、火花がぱちっと横顔を照らす。

 綺麗な円を作り、その縁に意匠を刻んでいく職人業だ。


 エリィは感嘆の息を吐き、


「リグネ様、そんなことも出来たのですね……」

「我は石弄りが趣味だぞ。暇なときはよくやってる」

「魔王城でも?」

「うむ。今度見てみるか」

「ぜひ!」

(あれ? そういえばわたし、なんで連れてこられたんだっけ)


 エリィが首を傾げた時だ。


「出来た。よし、着けてみろ」


 リグネは人型に戻り、エリィを風で浮かび上がらせた。

 彼が手に持っているのは先ほど加工していた輪っかだ。

 ここにきてエリィも、その正体にようやく気付いた。


「これ……指輪、ですか?」

「うむ」


 薄紅色の指輪である。普通の指輪が金属部分に宝石をはめ込んでいるのに対して、これは土台も含めたすべてが宝石で出来ていた。


「こ、壊れたりしませんか?」


 つい貧乏性なことを聞いてしまうエリィにリグネは笑った。


「安心せよ。保護魔術をかけてある。それより、聞くのはそんなことか?」


 エリィはごくりと唾をのんだ。


「……わ、わたくしに……これを?」

「竜族にも人族と同じ習慣があるからな」


 リグネが得意げに胸を張る。

 男が女に指輪を送る。

 その意味を分からないほどエリィは鈍感ではない。


「あえて言うが、結婚指輪というやつだ」

「……っ」


 キュンと胸の奥が甘い音を立てた。


「わ、わたしで……いいんですか?」

「この千年、我が指輪を送ったのは其方が初めてだ。今後も現れることはないだろう」

「……っ」


 リグネは微笑んだ。


「我の傍に居てくれるか、エリィ」

「……」


 息を吸って、吐く。

 エリィの答えは決まっていた。


「はい」


 ニセモノだとか、身代わりの事とか。

 今はそんなことよりも、この気持ちに浸っていたくて。


「わたしでよければ、傍にいさせてください」

「ありがとう」


 リグネはエリィの手を取り、指輪をつけた。


「む。少し大きいか」

「そ、そうですね。落ちゃいそうです」

「作り直そう。少し待て」

「だめです」


 エリィは手を引っ込め、大事そうに胸に抱え込んだ。


「これでいいです。これが、いいんです」

「……そうか?」

「はい」


 リグネが自分のために作ってくれた、それが何より嬉しい。

 そのことに比べたら、大きさが違うなんて些細なことだ。


「ありがとうございます、とっても嬉しいです」


 月の光に照らされたエリィの笑顔に、リグネは目を丸くした。

 ふ、と微笑んだ彼はエリィの額に口づけた。


「!?」


 かぁぁぁあ、と身体が熱くなったエリィに彼は言う。


「礼を言うのは我のほうだ」

「……で、でも、山を壊すのはやりすぎです」

「許せ。竜族が花嫁に指輪を送る時、おのれより強い者と戦い、その首と共に求婚する習わしがある。だが、我より強い者は存在せぬからな。弱い者をいたぶるより山を壊したほうがよかろう」

「そうなんですか」


 そこで山を壊すという発想になるのがリグネのリグネたる所以だろう。

 指輪も出来たてを渡したかったのだ、としょげている。

 エリィはリグネの鼻先に指をつけて、


「じゃあ今回だけです。もうダメですよ?」

「うむ、分かった」

「えへへ。分かればいいです」

「……其方はずるいな」

「なにがですか?」

「そういうところだ。まったく」


 二人は笑い合いながら、夜のデートを楽しむのだった。


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[一言] 地獄の罰(笑)
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