第五十三話 魔王様たちの迷推理
「とぼけなくてもよい。我は分かっているぞ、エリィ」
何が分かっているんだろう。
「其方はこの場所に来た時からレカーテの境遇に気付いた。そうだな?」
「いや……まぁ、なんか四大魔侯っぽくないなとは思っていましたけども」
エリィはたじたじになりながら答える。
他の四大魔侯たちのように側近が傍に居ないのは気になったのだ。
アルゴダカールでさえ鬼族の仲間たちがそばにいた。
エリィが語ると「うむ」とリグネは頷いた。
「ではこの森人族たちに語ってみせよ。其方が今回目論んでいたことを」
(分かりました。わたし、実は祭儀をめちゃくちゃにしたかったんですぅ……とか言えるかぁ!)
エリィは地団駄を踏みたい思いだった。
(確かに! わたしは! 目論んでましたけど! それは全部みんながダンスを踊れなくなったら祭儀が延期にならないかな~~みたいな浅っっっい考えであって、そこで捕まってるエルメスだかエナメルだか知らない人たちが行動するなんて知るわけないでしょう!)
そんなエリィの内心など知らず森人族たちは囁き始める。
「あの王女が……」
「魔王様が見込まれたことだけはあるのか……」
「猿の中でも実はかなり人に近いのでは?」
(普通に人間だよ!!)
と、突っ込みつつも。
周囲から送られる視線にエリィは顔面蒼白になる。
だらだらと冷や汗を流しながら、エリィは王女ムーブをかました。
「お、おほほほ! さすがはリグネ様ですね! すべてバレていましたか!」
「うむ。バレバレだぞ」
「そうですか、ならばセナ? 護衛将軍に命じます。わたくしが何を企んでいたのか説明してくださる?」
「はっ! 喜んで!」
(え、この子分かってるの?)
エリィの命令を受け、嬉々とした足取りでセナが進み出た。
安心しろ、と彼女はエリィに頷いて見せる。
これほど安心できない頷きはない。
「僭越ながらわたしがお話いたします。我が主様は、今回の森人族たちの企みに気付いていました。そう、ここにいる恥知らずの裏切り者、エルメスが四大魔侯の名を簒奪しようと目論んでいることを!」
「「「!?」」」
エリィは飛び跳ねた。
(え、えぇ!? そんなことになってたの!?)
確かにエルメスたちの横にはナイフやら魔術杖やら落ちているが、エリィは彼らがレカーテを襲おうとしたところを見ていない。なんだか体勢が崩れたらエルメスたちが捕まっていて、自分で仕掛けたぬるぬるが気持ち悪かったからララに洗い流してもらった。そうしたらレカーテが女の子になっていたのだ。意味不明である。
「エルメスたちは祭儀場に罠を仕掛けていました。それがどういうものかは想像の域を出ませんが、恐らくレカーテが四大魔侯であることを疑問視させるような仕掛けなのでしょう。あるいはもっと直接的で毒か魔術かもしれませんが……そこまで愚かな真似はしないと信じています」
(……ん? 罠?)
エリィは咄嗟に周りを見渡した。
ララの魔術で水浸しになる寸前、自分が仕掛けさせたヌルヌル魔術の結果を。
なんだか嫌な予感がする。それは思わぬ形となってエリィに飛んできた。
「しかし我が主様は彼らの企みを看破していた。だからこそ、ララ先輩に魔術を上書きさせ、彼らが仕掛けたその時に罠が発動するよう仕組んでいたのです!」
「「「なっ!?」」」
森人族たちが驚愕の声をあげる。
エリィは思わずララを見た。
ララは優秀な魔術師だ。エルメスたちが本当に魔術陣を仕掛けていたのなら、上書きするときに気付いたはず。
「ぁ、言うの忘れてた」
エリィの視線に気づいたララは今思い出したように、
「てへぺろ」
こつん、と拳で頭を叩いた。
何というぶりっ子ムーブ。あの子は三日間おやつ抜きである。
「な、ならばなぜ最初から阻止しなかった!? 魔王様に密告をすればそれで済んだではないか」
「いいえ、いいえ! あなた達は何も分かっていません」
セナは指を一本立てた。
「確かに超優秀な我が主様なら事前に阻止することもできたでしょう。だがしかし! あなた達はそれで納得したでしょうか? 森人族たちの中でも四大魔侯の側近に選ばれるほどのエルメスが、実はクーデターを目論んでいたから逮捕した、と聞いて素直に頷きましたか? それより『猿が森人族の戦力を削ごうとしている』と考えるのが普通では?」
森人族たちは気まずげに目を逸らした。
嘘でしょ、と思うエリィである。どれだけ人族を下に見ているのだろう。
「そこでエリィは一計を案じた」
リグネがセナの語りを引き継いだ。
「エルメスたちを我の下へと向かわせ、彼らに選択を委ねる方法だ。森人族たちがレカーテへの不満と改善を要求するならそれもよし。クーデターを実行するならば容赦はしないと。残念ながら後者になったが」
そこで抗議の声をあげたのは捕まったエルメスだ。
「そんな……魔王様! あなたは我々の背中を押してくださったではないですか!」
「我は『其方らのしようとしていることがどのような行いであっても咎めはせぬ。好きにせよ』としか言っていない。其方らは好きにしたではないか?」
「……っ!!」
クーデター計画を見抜かれたエルメスの、その時の心中たるや。
背中を押してくれていたはずの言葉が実は自分を追い詰めるなど考えもしなかっただろう。
「──そしてすべてはエリィの目論見通りに運んだということかしら」
ロクサーナが最後に言った。
「レカーテと一緒に踊ったのもわざと足をもつれさせて隙を作るためね。あなたの秘密ってやつもこのことだったんでしょ? ふん。心配して損した……って別に、仲間外れが寂しいとか思ってないんだからね!」
一人で納得したり照れたり表情がころころ忙しいロクサーナである。
「これですべての謎は解けた。そういうことだな、エリィ」
「えっと……」
リグネの満足げな顔に森人族たちは戦慄している。
「たった一日、数度言葉を交わしただけでそこまで見抜くとは……!」
「恐るべき猿の王女」
「ぷるぷる震えているぞ。我々に怒っているのかもしれん」
(全っっっっっっっっっっっっっ然違いますけど!?)
エリィは内心で絶叫した。
全員の言葉を一つ一つ否定して叫びだしたい気分だった。
(レカーテ様と踊ったのはニセモノだとバレないようにするためだし、エルメスさんたちをリグネ様のところへ追いやったのは魔術陣の細工をバレないようにするためだし、クーデターのクの字も思いつきませんでしたけど!?)
もう何から突っ込んでいいのか分からない。
些細なボタンの掛け違いが、クーデター阻止に繋がるなんて誰が予想できる?
(あぅう……わたしはただ、ニセモノだとバレたくなかっただけなんだよ……)
あまりにも評価が上がりすぎて辛みが深い。
彼らが自分に期待してくれているのは嬉しいけれど、何事にも限度がある。
「あれ? でもレカーテ様の力ならクーデターなんてすぐに分かったんじゃ」
「レカーテの力は目を合わせなければ発動しないぞ、エリィ」
「そうなんですか?」
「うむ」
逆を言えば、目を合わせれば使えるということだ。
エリィは期待した。上がりに上がった自分への評価を修正できるのはレカーテしかいない。レカーテは自分を嫌っているはずだ。ならばエリィの評価も正してくれるはず。
「馬鹿な……いくらなんでもありえない。猿ごときにそこまでの深謀遠慮があるはずがない!」
(そうだそうだ! 猿っていうのは癪だけどその通りだよ!)
ちょうどいい時にエルメスが援護射撃をしてくれた。
エリィはチャンスをばかりに声をあげ、
「ならば答え合わせをしてもらいましょう。『力』を持つレカーテ様なら、わたしが嘘を言っているのか分かるはずですわ」
エリィは一縷の望みを抱いてレカーテを見た。
女の子になったレカーテは赤く腫れあがった瞼をごしごしと拭く。
周りの視線が集中するなか、彼は口を開いた。
「……論ずるまでもない。エリィはすべてを見抜いていた」
……………………………………ちょっと?




