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第五十一話 ニセモノ姫の決死行

 

 バイオリンの音がゆっくり響きだし、森人族たちはペアを組んで踊り出す。

 祭儀が始まった。つまり、エリィの戦いの時間だ。


(うぅ。まだご飯食べてないのに……)


 恨めしげにレカーテを見ると、彼はにやりと笑った。


「さぁ、貴様が魔女将足り得る器かどうか、確かめさせてもらおうではないか」

「いや、でもまだ……」

「あー。そういえばロクサーナ。貴様は知らないだろうが、王女には秘密があってな?」

(ちょ……!)


 エリィが止める間もなくレカーテはロクサーナに話しかけた。


「は、秘密?」

「そうだ。ボクは特別に教えてもらったんだ。ま、君は知らないだろうがな」

「特別に……」

「そのことを話したいんだが……」

「わぁぁ~~~~! ストップです、レカーテ様、早く祭儀を始めましょう!」

「エリィ?」


 ロクサーナが眉根を伏せた。


「なに。レカーテには話せてワタシに話せない秘密なの?」

(出来ればレカーテ様にも知られたくはなかったんですが!)


 ロクサーナの傷ついた顔を見たエリィは罪悪感を覚えた。

 決して彼女のことを軽んじているわけではなく、むしろレカーテにも知られたくはなかった話だ。にやにや顔のレカーテを張り飛ばしたくなりながらエリィは言った。


「レカーテ様。一緒に踊りましょう」

「なに?」

(ニセモノバレ回避のためにも、この人を放置しておけないし!)


 本人がどのように自覚しようとエリィは魔女将(アミール)候補なのだ。少なくとも周囲の者達はそう見えているし、既に三人の四大魔侯が認めたことは周知の事実。にもかかわらず、魔王よりも四大魔侯を誘うエリィの言葉は周囲にどよめきを与えた。エルメスも眉を顰め、レカーテですら気遣わしげにリグネを見ている。


「いや、だがリグネが……」

「構わぬ。むしろレカーテと踊ってやれ」

「リグネ?」


 てっきり嫉妬してくれると思っていただけに、リグネの発言は少なからず驚いた。リグネが受け入れてくれて嬉しい反面、わたしと踊りたくないのかな、なんて思ってしまう。


「……よろしいのですか?」

「無論だ」


 リグネが迷わず頷くので、エリィはそれに乗っかることにした。


(うぅ。どの道今は、ニセモノだとバレたら終わりなんだし……!)


魔女将(アミール)候補が──と踊るなど……やはり猿……」


 エルメスあたりはぶつぶつ言っていたが無視する。

 ロクサーナも何か言いたげだったものの、


「わたくしが居ない間、リグネ様を頼みますわ、ロクサーナ」

「……っ、ふ、ふん、あんたに言われなくても、そうするつもりだったんだからね!」


 そっとフォローしておくエリィ。

 リグネのことはロクサーナに任せて、エリィはレカーテに手を差し出す。


「さぁレカーテ様、踊りましょうか?」

「……仕方ない」


 レカーテと手を繋ぎ、二人は森人族たちの社交に乗り込んだ。

 無論、エリィはまともに踊ることが出来ないため、左右に動く簡単なステップだけだが。

 リグネとロクサーナが踊り出したことで、注目がそちらに向かった。


「あなた、何が目的なんですか」

「何のことだ」


 エリィとレカーテはこそこそと囁きを交わす。


「とぼけないでください! わたしがニセモノだって分かってるのに、こんな」

「ふん。後ろめたいなら今すぐやめればいいのだ」

「……っ、それが出来たら苦労は」

「ボクの目的が何かと言ったな」


 レカーテはにやにやと言った。


「理由などない。ただ面白いからキミで遊ぶだけだ」

「な……」

「あぁ、だからといって期待するなよ? ボクはキミを認めない。他の奴らは犬みたいに尻尾を振ったらしいが、ボクは絶対にそんなことしないからな。キミが一番嫌がるタイミングで暴露してやる」


 にちゃぁ、と嗤うレカーテの目は本気だった。

 これまでの四大魔侯より一層深い断絶が彼との間にはある。


(い、嫌な人だ……久しぶりに見た本気で嫌な人だ……!)


 だけれど、そっちがその気ならエリィにだって考えがある。

 だが、心を読み取れるレカーテにエリィの考えなど筒抜けだ。


「いい加減諦めろ。キミの考えなどすぐに……」


 レカーテは目を見開いた。


「な、キミは……」


(お腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いた)


 食欲へ振り切ったエリィの思考にレカーテはたじたじだ。


「な、何を考えているんだ。キミは……!」


『ん。うちでも奴がどのレベルで心を読めるのかは不明』


 優秀な魔術師であるララは言った。


『でも魔術を使用している気配はなかった。つまり生来持つ特性。基本的にそういう力のタカは知れてる。魔術と一緒。威力の高い魔術を使用するには溜めがいる。見ただけで心を読むというなら、恐らくその読みは表層意識のみをなぞっていると思われる。たぶん。おそらく。知らんけど』


 つまりエリィが企みのことを考えず、お腹空いたと思っていれば……。

 この空腹に思考を任せてやれば、レカーテの心読みは通じない!


「き、キミはぁ……!」


 レカーテが顔を真っ赤にして地団駄を踏もうとした。

 その瞬間、いくつものことが同時に起こった。

 まず最初に、ダンスを踊っていた二人の体勢が崩れた。


「わ!?」


 次に声がした。


「今だ、やれ!」


 エリィの周りでダンスを踊っていた森人族たちの一部が、一斉に飛び掛かろうとしたのだ。

 殺気。魔術の気配。一条の閃光がレカーテの髪を焦がす。

 間一髪危機を逃れ──


「今ですわ、ララ!」


 最後。

 思考に気をとられて状況に気付かないエリィが、パチンと指を鳴らした。


「「「!?」」」


 舞踏会場に巨大な魔術陣が広がった。

 足元の地面が急にぬめりを持ち始め、ダンスを踊っていた者達が一斉に転んだ。

 思わぬ状況に面食らったのは、二人に飛び掛かろうとした者達も同じだ。


「し、しま──っ!」


 無様に転んだ森人族たちの手から、短剣や魔術杖が抜け落ちた。

 明らかに殺傷目的のそれを見て他の森人族たちがどよめきの声をあげる。

 それもそのはず。

 襲撃犯の一人はレカーテの側近であるエルメスだったのだ。


「お、おい、あれ……!」

「まさかあいつら、レカーテを……!?」


 状況を把握したのは森人族だけではない。


「ほう。こうなるのか」


 リグネは感心したように頷き、


「ちょ、めちゃくちゃぬめぬめするんだけど、なにこれ!?」


 ロクサーナは足を上げてげんなり顔になる。


「我が主様! ご無事ですか!?」

「ぐ……!」

「衛兵!! 今すぐそいつらをなんとかしろ!!」


 一早く殺気を察知したセナがエリィの下へ駆け寄り周囲を警戒。

 森人族の衛兵たちが舞踏会場に踏み込み、光の縄で襲撃者たちを縛り上げた。

 エリィが周囲の状況に気付いたのはその時になってようやくだった。


(あ、あれ? 何が起こったの?)


 エリィがララと一緒に仕込んだのは足元の魔術陣だけだ。

 これは舞踏会という祭儀の場で足元をぬるぬるにして優雅さを測れなくする試みだったのだが、こちらのほうは上手く行ったようである。


(他はまったく分からないんだけど……これ、どういう状況?)


 立ち上がろうとしたエリィは顔を顰めた。

 予想以上にぬるぬるが気持ち悪かったのだ。


「ララ」

「りょ」


 ララの魔術杖が光を放ち、大量の水が舞踏会場を洗い流す。

 しかし、そこで顔色を変えたのはレカーテだった。


「み、水……! ばか、やめろ!」

「え? なんで?」

「いいから、あぁ、水……水は嫌だ……!」


 地面から湧いて出てきた水に触れて、レカーテは怯えたように身体を縮めた。


(んっと、早く退いた方がいいかな……?)


 二人で転んで身体が折り重なっていたエリィは退こうとしたのだが。


 むにゅ、と。


「あれ?」


 レカーテの胸から思いがけない感触がしてエリィは振り向いた。


「み、見るな!」

「…………レカーテ様?」


 エリィは目を見開いた。

 レカーテの身体がみるみるうちに変わっていったのだ。

 男らしい骨格は曲線を描き、鋭い眼差しが柔らかくなる。


 むにゅ、むにゅ。

 ほどよい形と大きさ。女子の理想的とすら言える胸。


「み、見るなぁ……」


 明らかに体付きは華奢になっていて、肌も柔らかく、みずみずしい。

 先ほどエリィが踊っていた時は、間違いなく男だったのに。

 今のレカーテは、どこからどう見ても。


「……………………………………女の子?」




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