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第四十九話 逆転の一手

 翌日。


「あぅうう、どうしよう……」


 舞踏会場にと用意された控室で、エリィは頭を抱えていた。

 彼女の目元には化粧でも隠しきれない隈がある。


(け、結局一睡も出来なかったよぉ……)


 レカーテに不合格にされた時のことがぐるぐる頭を巡って眠れなかったのだ。これまではニセモノであるとバレないために頑張ればよかったが、今回の相手は既にエリィをニセモノだと知っているのである。対応方法なんて分からないし、極論を言えば相手の気まぐれ次第でエリィの不合格は決まってしまう。


我が主様(マスター)、お悩み事ですか?」

「え、えぇ……まぁ、でも大したことじゃないのよ、セナ」

「……やはり昨日、あの駄妖精めに何か言われたのですね」

(ぎくっ!)


 おそらくセナの考えていることとは違うのだろうが、『何か』言われたことは確かだ。詳しく問い詰められたら困るエリィは慌てて話を逸らそうとするのだが。


我が主(マスター)。何を言われたとしても気にしないでくださいませ」

「セナ……?」

「何があったとしても、わたしがあなたをお守りいたします」

(頼もしすぎる)


 尊敬の眼差しを向けてくれるセナ。

 そんな彼女の後ろから刷毛とチークブラシと口紅を指に挟んで現れたのは。


「そうよ。仮にも魔王の妻とあろうものが、みっともない面晒してんじゃないわ」


 ロクサーナは淡々とエリィに化粧を施していく。

 彼女が白粉を塗っていくと、まるで魔術のようにクマが見えなくなった。


「正妻なら、駄妖精の股間くらい蹴り飛ばしなさいよ」

「乱暴すぎる!?」

「じゃないと、その座、奪っちゃうわよ?」


 ロクサーナの悪戯っぽい笑みにエリィは苦笑した。

 以前までならそうしてもらいたいと答えていたところだが、もし今、ロクサーナが本気でリグネを狙おうものなら自分はどうするだろう。出来れば敵対したくないな、と思う。まぁ彼女にその気はなくて、ただ乱暴な言葉遣いで自分を励まそうとしてくれるところは伝わってくるのだけど。


「ありがとうございます。二人とも」


 こんな嘘つきの自分と親しくしてくれる彼女たちには感謝してもしきれない。

 だけれど、彼女たちと仲良くなればなるほど、エリィの胸はズキリと痛む。

 罪悪感だ。嘘をついているという疚しさが、それ以上を踏み込ませない。


「あの、二人とも……もし」

「……なによ?」

「もしも、ですよ。わたくしが……」


 リグネと同じように問いかけるだけなのに、舌が回らない。

 こんなの冗談なのに、身体が痺れて鼓動が速くなる。


(もしもわたくしがニセモノの姫だとしたら……どうしますか?)


 そのたった一言が言えず、エリィは開いた口を閉じた。

 にっこりと口元に笑みを刻み、二人に笑いかける。


「なんでもありませんわ」

「変なの」

「何かあったら言ってくださいまし。わたしはそこの性悪ビッチより百倍役に立ちますから」

「はぁ!? 誰が性悪ビッチよ! この怪力貧乳!」

「それ言ったら戦争ですが?」

(わたしも傷つくんだけど……)


 どちらかと言わなくてもセナ派のエリィである。

 自分の胸を見下ろして悲しくため息を吐いた彼女は顔を上げた。


(いや、今はそれより今回の祭儀をどうやって乗り切るか」


 優雅さとやらを今から身に付ける時間はエリィにはない。

 つまり必要なのは、『優雅に見えなくても仕方ない状況』を作ること!


(よし、動こう!)

「ちょっとわたくし、お手水に行ってきますわね」

「もうすぐ始まるんだから、早くしなさいよ」

「はぁい」

「我が主様、わたしも」

「ララに護衛してもらうので結構よ」

「そんな!」


 控室を出たエリィは部屋を護衛していたララと合流する。

 相変わらず眠たげな彼女はエリィを見た瞬間、頷いた。


「ん。やるのだな?」

「うん。ララちゃんにも手伝って欲しい」

「まかせろ」


 直径五十メルト以上もある大樹の空洞が今回の会場だ。

 まだ開始一時間前ということもあって、舞踏会場は森人族たちが飾り付けや進行準備などで忙しなく動き回っており、会場の端に並んだ丸テーブルには続々と料理が運ばれている。


(よし)


 エリィは作業の指示を出している森人族の男に話しかけた。


「ごめんくださいませ」

「はい? ……あぁ、なんだ。猿……失礼、人族の王女か」

(森人族の人族に対する認識って猿で固定なの?)

「何の用でしょうか」


 ごほん、とエリィは咳払いした。

 今は気にしている場合ではない。彼らにはここから退いて貰わねば。


「魔王様が森人族にお話があるそうよ。全員で魔王様の元に行ってもらえる?」

「魔王様が?」


 聞き耳を立てていた森人族たちは顔色を変えた。

 なぜか顔面を青褪めさせ、だらだらと止まらない汗をかき始める。


(あれ? なんか予想外の反応……まぁいいや。わたしには好都合だし)


「早く行かないとまずいんじゃないかしら。行ってきたら?」

「わかりました……お、おい。今すぐ行くぞ!」


 森人族たちは駆け足で舞踏会場を去っていく。

 空っぽの会場に残されたのはエリィとララだけだった。


「ん。これで邪魔者はいなくなった」

「だね! これで思う存分、仕込みができるってもんだよ」


 レカーテのことがあって気落ちしていたエリィだが、ここまで上手く行き始めると何だか嬉しくなる。今まであった悪いことが良いことに転じ始めているような兆しに心が浮き足立つ。


「じゃあララちゃん、思いっきりやっちゃって!」

「りょ。今度は裏目に出ないといいが」

「大丈夫大丈夫! 今度こそまちがいないもん。メイドに二言はないよ!」


 エリィが今からやろうとしているのはディアナ仕込みの策である。

 大嫌いな貴族に仕返しをするための方法を、今からレカーテにやってみせるのだ。


(ごめんなさい、リグネ様。今からエリィは、悪女になります!!)



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