第四十七話 最大の危機
「おい。いい加減にしろ。さっさと──」
レカーテがエリィを見下した瞬間だ。
「「「いい加減にするのは貴様だ」」」
「!?」
レカーテの命は崖っぷちに立たされた。
「我が主様を侮辱する無礼、四大魔侯といえど許すまじ」
首筋には薙刀の刃が、
「ん。今のうちに殺すべき」
足元には致死の魔術陣が広がり、
「この子になに命令してんの? 死ねば?」
魅了の眼差しが彼を見つめる。
そして。
「いだだだ!?」
めきめきと頭蓋を軋ませながら頭を持ち上げているのは、
「こやつは我が花嫁だ。その意味、分かっておろうな」
「分かった、分かったから離せ! ボクはお前ほど石頭じゃないんだ!」
「分かればよい」
リグネが手を離すと、レカーテは「ぴぎゃ!?」と地面に落下した。
雑である。自業自得だが、ちょっと可哀想になって来た。
それよりも。
(え、森人族の長をこんな使いして大丈夫なのかな……)
エリィは思わず周りを見渡す。
樹々の枝からこちらをじっと見つめる森人族たちに動きはない。
レカーテが長だとするなら他の四大魔侯のように側近がいるはずだが。
(誰も、助けようとしない……?)
エリィが不思議に思っていると、頭をさすったレカーテが恨めし気に魔王に振り返りながら立ち上がった。
「ふ、ふん。ちょっと上等な猿ごときがずいぶん気に入られてるな」
「こいつ、反省してないわね……」
「ん。やっぱり殺す?」
「それがよろしいかと。先輩」
「レカーテ……」
ごごご、とリグネからめらめらオーラが立ち上ると、
「じょ、冗~~~~~~談に決まってるだろ! 一連の流れは全部ジョークだ! な、猿! 事前に打ち合わせしておいたんだよな、猿!」
「え、いや、あの」
レカーテは気安くエリィの肩を組み、仲良しアピールをする。
いくら四大魔侯といえど、なれなれしすぎる行為だ。
エリィはぞわぞわしたものを感じてそっと離れようとしたのだが、
(おい、今すぐ頷かないとお前がニセモノだと魔族全員にバラすぞ)
「え……」
こそ、と囁かれた言葉に、エリィの世界は停止した。
今、なんて。
(このボクに隠しごとが出来ると思うな、猿)
心臓が、嫌な音を立てた。
頭がぐわんぐわんと回る。顔から血の気が引いて手足が震えだす。
──なんで。嘘、どうして、バレて。
──早くなんとかしなきゃ。でもどうやって?
──違う。早く否定しなきゃ。早く、早く、早く。
焦燥に掻き立てられた身体は、なぜか痺れたように動かない。
どうにか口を開こうと足掻くエリィの隣で笑顔を浮かべながら、彼は囁くのだ。
(おい、返事は)
(ひっ)
「そ、そーですわね。魔侯の悪戯を許してやるのも魔女将の器ですわ!」
「フハハハハ! 聞いたかリグネ、この通りだ。お前の妻は寛大だな!」
「……ふむ」
リグネは片目を瞑ってエリィを見た。
「エリィよ。今度は何をするつもりだ?」
(何もしませんけど!?)
エリィは確信する。
リグネはレカーテがエリィに囁いたことに気付いたのだ。
その内容は分からないからこうして問いかけたのだろうが、
(もしかして、リグネ様……)
(いつもみたいにわたしが何かするつもりだって勘違いしちゃってる!?)
いや、でも、待て。
エリィはすんでのところで理性の崩壊を免れた。
思い出したのだ。天上都市でリグネが言ったあの言葉を。
(そうだよ。リグネ様はわたしのこと、ニセモノでも構わないって)
芽生えた希望を、レカーテは容赦なく摘み取った。
(リグネがそう思っても、周りの者はどう思うだろうな?)
(……!? こ、この人、心が読めるの!?)
にやりと、レカーテが笑った。
(貴様を友だと言ってるロクサーナは? 主だと慕ってくれるセナは? 魔界の均衡を重視するアラガンあたりは、どう思うだろうなぁ~?)
(こ、この人……!)
嫌らしい笑みにエリィは頬が引き攣った。
一見すると仲良く腕を組んでいるようにしか見えないが。
(わ、わたしを脅す気ですか!?)
(ボクの命のためだ。ここは大人しくしろ!)
(な、なんでこんなことに……)
怠惰妖精のことは事前に聞いていた。
しかし、誰も心を読めるなんて言わなかった。
知っていればもっと対策は取れたはずなのに……。
そう、エリィが肩を落としたその時だ。
「──おい。レカーテ。近いぞ」
「ん?」
リグネがエリィとレカーテの間に割って入って来た。
腕を組んでいた二人を引き離した彼は、ひょっこりエリィをお姫様抱っこする。
「へ!? り、リグネ様、これは」
「エリィは我の花嫁だ。気安く触ることは許さぬ」
「あ、あぅ……」
ぷしゅー! とエリィは顔が熱くなり、頭の先から湯気を噴き出した。
ロクサーナやセナが、口元を抑えて目を輝かせている。
あれは絶対にこのあとからかわれるに違いないとエリィは思った。
(で、でも、これでレカーテ様からは逃げられた……)
エリィはゆっくり振り向いた。
唖然としていたレカーテは目を細め、
お、ぼ、え、て、い、ろ。
と口を動かす。
(………………ですよねぇ)
どうやら、エリィの受難はまだ続くようである。




