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第三十八話 お茶会と甘い罠

 

 天上都市の滞在は当初の予定を大きく伸びて一週間となった。

 祭儀のあとのゴタゴタもあったし、ここまでの強行軍と誘拐事件のゴタゴタでエリィにも疲れが見え始めていたからだ。体調が悪くなる前に休むように、とアラガンから言われたのである。


「ふぁぁ……生き返りますわぁ……」


 よく焼き上げられたクッキーを頬張り、さくっとした感触を楽しんでから紅茶を口の中に流し込む。食べかけのクッキーは口の中でほろほろと崩れて、甘みが舌を楽しませてくれる。これぞ至上の幸せだとエリィは確信していた。


「香りが素晴らしいですね、我が主様(マスター)

「なかなかやるじゃない。うちの侍女にも習わせようかしら」

「ふふ。まぁこればかりはみっちり練習しましたからね」

「うむ。エリィのお茶は良き味」

主様(マスター)……王女なのにお茶の練習まで……さすがです!」

「そ、そうですわね。おほほ……」

(メイドだから毎日やってたなんて言えないよね……)


 エリィは目を逸らしながら頬を引きつらせた。

 お茶会部屋にはセナやロクサーナ、ララといった女性陣が集まっている。みんなでお菓子を囲んで過ごすひと時は、大変な日々のことを忘れさせてくれる気がして、油断すると素が出てしまいそうだ。


「ここ最近はバタバタしていましたからね。今日は楽しみましょう」

「そうですね。ただでさえ誰かのせいで大変でしたから」


 セナが刺々しい口調で言うと、その誰かはずーんと肩を落とした。


「本当にごめんなさい……ワタシ、本当になんて詫びたらいいか……」

「ロクサーナ。セナはあなたを責めてるわけじゃ……」

「いいえ。ここは責めるべきかと。そのせいで我が主を危険に晒したのですから」

「分かってるわ……死んでも死にきれないわ……」

「だー、もう! 謝らないでくださいまし! ロクちゃんのせいじゃありませんことよ!」


 ──あの誘拐事件の後。


 ロクサーナの魅了暴走を後始末するために警備が緩くなり、それが引き金となってエリィが誘拐されたとして、ロクサーナは多方面から責められた。特に魔族の懐事情を握るアラガンはこの件に関して冷たく、ロクサーナは一時魔侯の進退すら危ぶまれた。エリィの嘆願とリグネの恩赦がなければ、今頃彼女はどうなっていたか分からない。


「わたくしが一人になったのが悪いのです。それ以上は言いっこなしですわ」

「ん。セナもエリィの命令を聞いて街の復興に行くべきじゃなかった」

「う……わたしも大いに反省するところなのですが、それを言ったらララ先輩は隣室でケーキを食べていたとか」

「……」

「目を逸らさないでください! というか!」


 セナが勢いよく立ち上がり、エリィとロクサーナを交互に見た。


「なぜ! 主様(マスター)がこの女をあだ名で呼んでらっしゃるのですか!?」

「あら、そんなの当然でしょ?」


 ロクサーナは髪を払って上機嫌に笑う。


「ワタシたち、友達だもの。あなたと違って」

「むきぃ~~~~~~~! 暴走した分際でいけしゃぁしゃぁとぉ……!」

「それとこれとは話が別よ」

「というかセナ。あなたロクサーナに対する態度がきつくありませんこと?」

「すべての巨乳はわたしの敵です!」


 なんとも悲しい理由だった。

 しかしエリィも同類だ。きっかけ次第であちら側に堕ちていたかもしれない。

 忠臣の怒りをなだめながら、エリィはカップの残りに口をつけた。


「ともあれ、魔侯はあと二人。これなら残りの祭儀も余裕ですわね」

「ん。あとは母なる蛇と怠惰妖精」


 さすがに鬼族やサキュバスの時のような騒ぎはないだろう。

 そんな願いを込めながらセナやロクサーナを見ると、彼女らは顔を合わせて、


「蛇のほうはともかく」

「あの方に会わなきゃいけないんですか……」


 ものすごく嫌そうに顔を顰めていた。


「そ、そんなに嫌なんですの?」

「「嫌ですね(嫌ね)」」


 さっきまで喧嘩していたと思えないハモりっぷりである。


「あいつには気を付けなさい。エリィ」

「……そんなに?」

「四大魔侯の中では最悪の男です。お父様も彼を嫌っていました」

「むしろ魔族の恥晒しと言えるわね」

「えぇ。あの妖精の羽をむしる作戦があれば喜んで協力します」


 相当な嫌われっぷりだった。


(えぇ……嘘でしょ……わたし、また命懸けの綱渡りしないといけないの?)


 これまで乗り越えてきた祭儀もギリギリだったのに。

 これ以上の危険があるなら自分の身がもたないんじゃないだろうか。

 自然と不安を覚えてしまうエリィに、しかし、ロクサーナは得意顔だ。


「ま、安心なさい。ワタシも付いていくから」

「え!? ロクサーナも一緒に来るんですの!?」

「と、友達だし。それくらい当然でしょ」

「でも四大魔侯としての仕事とか」

「全部終わったら魔王城でやるわ。むしろ普通は魔王城に滞在するものなのよ。まぁちょっと意地になって領地に引っ込んでたけど……これからはそんなことはないわけだし。に、二番目としてアプローチも出来るし!」


 セナが不服そうに言った。


「淫乱巨乳は大人しく領地に引っ込んでればいいのに。主様(マスター)を守るのはわたしとララ先輩で十分です」

「はぁ? その主を守れないダメ鬼が何を言ってるの? 大体、あなたワタシより地位が低いんだけど。頭が高いんじゃない?」

「おあいにく様。わたし、お父様から四大魔侯の地位を引き継ぎましたから!」

「まだ就任式も終えていない分際で偉そうに」

「なんですか!」

「なによ! やるっての!」

「まぁまぁ二人とも、一緒に来てくれるなら心強いから、ね?」


 二人は渋々引き下がった。


「……エリィがそう言うなら」

「主様の顔に免じて許しあげます。感謝する事ですね」


 エリィは安堵の息をこぼしながら冷や汗をかく。


(お願いだからここで暴れないでね。わたし、普通に死んじゃうから!)


「まったく、喧嘩したら魔王様が黙ってませんよ……」

「呼んだか?」


 瞬間、エリィの心臓はどきりと跳ねた。

 気配もなくリグネが後ろに立っていたからだ。


「り、リグネ様?」

「うむ。楽しそうにやっているようだからな。我も混ぜろ」

「もちろん構いません」


 すかさずセナがエリィの隣に椅子を用意した。

 腰を下ろしたリグネはお茶に口をつけ、「ほぉ」と唸った。


「なかなか美味いな。誰が淹れた?」

「わたくしですわ」

「なるほど、さすが我が花嫁だな」

「淑女たるもの当然の嗜みですわ」

「うむ。ところで……」


 リグネは不思議そうに首を傾げた。


「なぜ目を逸らしている?」

「……べ、べべべべ別になんでもありませんことよ」


 リグネが顔を覗き込んできて、エリィはサッと逸らす。


「ヌゥ。其方、食事の時も我と目を合わせなかったな?」

「だ、だって……」

(言えない……ドキドキしすぎて顔が見れないとか絶対に言えない……!)


 あの誘拐事件のせいだ。あれ以来、完全にリグネを異性として意識してしまっている。食事の時もそうだし、寝る前の挨拶もそうだし、とにかくリグネと目が合わせられなくて、ドキドキして頭がどうにかなってしまいそうだった。


(わたし、ニセモノなのに……)


 ディアナと入れ替わることが確定している自分がこれでいいのか、まだ分からない。ララはいいと言っていたけれど、常識的に考えてただのメイドと魔王が結婚するのはナシだろう。平和条約のこともあるし、自分の中に芽生えたこの想いとどう向き合えばいいのか、エリィにはまだ分からなかった。


(でも、ちょっとだけ──ちょっとだけなら、いいかな……)


 エリィは机の下でそっとリグネの手に触れる。

 リグネは何も言わず片眉を上げ、何かを察したように手を握って来た。


「……」


 誰にも気付かれないように、そっと指と指を絡める。

 ちらりとリグネを見ると、紅色の瞳と目が合った。

 ふ、と微笑まれて、エリィは顔を真っ赤にして目を逸らす。


「そういえば魔王様、次の目的地ですが──」

「あぁ、先にマザーの所へ行く」

「移動手段ですけれど……」


 ロクサーナとリグネが話し始めたのを見て、少しだけ安心する。

 顔が真っ赤なのを扇子で隠しながら、エリィは窓の外を見た。


(まだ、時間はある)


 ディアナが振られるまで残り二か月とちょっと。

 この先どうなるかは、まだ分からないけれど……。


(今はまだ、このままで──)


 誰にも知られず、二人は互いの手を握り続けた。



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