第三十八話 リグネの答え
「本当のわたしは王女に仕えるメイドに過ぎなくて」
動き出した口は、言わなくていいことまで言ってしまう。
「実はご主人様に命じられてリグネ様の花嫁になるように命じられていたロクでもない、貧民の娘だとしたら……あなたは、どう思われますか?」
答えなんて、分かりきっていた。
リグネが自分を好いてくれるのは王女であることが大前提。
人族と魔族の平和条約がなければこの婚姻は無意味だし、絶対に結ばれることがないなら、好きでいる意味もなくなるから。
「それでもあなたは、わたしを好きでいてくれますか?」
問いかけたエリィはすぐに後悔した。
(どうしてこんなこと聞いちゃったんだろ)
こんなことを聞いても意味はない。むしろ、偽物だとバレるリスクが増えるだけで、リグネに疑いの種を植え付けるだけだ。ここまで無様な姿を晒した王女に、さしものリグネも失望したことだろう。
「ふむ」
ずいぶんと間を置いてリグネは口を開いた。
「あまりに真剣に言うから、こちらも真剣に考えてみたのだが」
「……はい」
エリィはきつく目を瞑った。
リグネにおぶさっていて、耳を塞げないのが苦しかった。
「もし、其方が偽物だったら……そんなもの、考える余地もないな」
「……ですよね」
やはり、リグネはエリィを嫌いになるだろう。
答えは分かりきっていたはずなのに、どうして聞いてしまったのか。
エリィは後悔を噛み締めながら「忘れてください」と言おうとした。
「もし其方が偽物だとしても、我は其方を離さぬだろうな」
「へ?」
その声が、聞こえるまでは。
エリィは目を瞬き、慌てて付け足す。
「で、でも、平民の娘ですよ? ちゃんとした教育も受けてなくて、魔王の嫁に相応しいとは思えないのですけど……」
「魔族は実力社会だ。そんな肩書きに何の意味がある?」
「それは、そうですけど」
「其方がこれまで魅せてきたものは教育や肩書きがあれば出来ることではない。力でも、知恵でもない」
リグネは称賛するように言った。
「勇気だ」
「ゆうき……ですか?」
「うむ」
リグネの体温が少しだけ上がっているような気がする。
心なしか尻尾が左右に揺れていて、
「其方の意志が、これまでの道を切り開いた。我はその行いを評価する」
「……ぁ」
「身分? 肩書き? 教育? そんなもの、ドブにでも捨てておけ」
「………で、でも、それが全部誤解だったら!」
「誤解だろうと何だろうと結果を示したのは事実だろう?」
リグネは不思議そうに首を傾げた。
「というか、むしろ凄くないか?」
「な、なにがですか」
「もしもだ。其方が王女の身代わりでただの平民に過ぎず、今までの行いがすべて我の誤解だったとして……人族の平民がこの魔王を驚嘆させる結果を出し続け、しかも、四大魔侯に認められる働きをしているのだぞ?」
そう言われてみれば、結構すごいような気もする。
今まであまりに必死で気付かなかったけれど、もしかしてかなり健闘しているのだろうか。
「フ。まぁ、そんなものがなくても」
リグネはエリィを背負い直して、
「エリィ。其方はすごい」
「あ、あぅ……」
「こんなに軽い身体で、よく頑張っている。えらいぞ」
エリィは黙り込んだ。
その沈黙を不思議に思ったのか、リグネはこちらに振り向こうとして、
「エリィ?」
「……です」
ぴたり。とエリィはリグネの頬を押さえてしまう。
「む。なんだ?」
「今、こっち見ちゃダメです」
おんぶしてもらっていてよかった。
こんな真っ赤な顔見られたら恥ずかしくて死んでしまう。
「さ、さっきのは仮の話ですから、真に受けちゃダメですよ」
「分かってる。もしもの話だろう」
「……ですよ」
ぎゅうっとしがみついて、エリィはリグネの首元に顔を埋めた。
筋肉質で少し鱗が映えた身体はチクチクして、独特な感触。
だからこそ、リグネに抱き着いている実感をありありと感じて。
(心臓のドキドキ、伝わってるかな)
伝わってないといい。
だけど、まったく伝わらないのはちょっと嫌。
(こんなの、卑怯だよ……)
エリィを縛るものを全部ゴミだと言い捨てて。
ニセモノとかホンモノとかじゃなくて。
今、ここにいる自分を見てくれる。
彼にとって、平民だろうが商人だろうが王女だろうか関係ないのだ。
必死でやって来たことを肯定されて涙がこみ上げてくる。
こんなに助けられて。
こんなに認められて。
こんなに好きだと言われて。
もうダメだ。
もう尽きた。
リグネを避ける理由が尽きてしまった。
(偽物なのに……身代わりで、すぐに居なくなるのに)
──わたしはきっと、この人に恋をした。
第一章 完




