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第二十九話 ロクサーナ・リリス

 


「なんで、なんでなの……」


 ロクサーナは空に浮かぶ魔王を見て唇を噛んだ。

 楽しそうに笑う魔王。まんざらでもなさそうな王女。

 彼らを慕う者達が次々と魔術で空を飛び、集まっている。


 ロクサーナは後ろを振り返った。


「「「至上なる美の化身よ(ロクサーナ様)、何なりとご命令を」」」


 おのれの前に跪く五百人以上の魔族たち。

 普段はおのれの持ち場で幅を利かせている者達も彼女の前では形無しだ。

 ロクサーナの為なら命を捨てても構わない狂信的な光が彼らにはある。



 ──こんなものに一体、どれだけ価値があるのだろう。



 ロクサーナは空に視線を戻し、



「なんで、お前はワタシから魔王様まで奪うのよ……」



 そう、切なげに呟いた。


 彼女はおのれの美しさが常軌を逸していることを理解している。

 年ごとに輝きを増していく美しさの前に、ありとあらゆる生物は跪く。

 実の両親さえもロクサーナを叱ったことはない。


 サキュバスという種にとって、美とは力だ。

 種族が生まれながらに備えている魅了の多寡は美しさで決まる。

 歴代最高の美人として見出されたロクサーナは蝶よ花よと育てられた。


 そんなロクサーナだから、幼い頃は同い年の友達に飢えていた。

 蹴鞠をしたり、花札で遊んだり、かくれんぼする子供たちが羨ましくて。


『ねぇ、あなた。遊びましょ?』

『『『いいよー!』』』


 ある日。ロクサーナは勇気を出して子供たちに混ざって遊んだときのこと。

 一生の思い出に残る大切な時間は、しかし、終わってみれば最悪の時間に変わった。


『アガサ! オールオード! ツァーク! あぁ、どうして…』

『…………』


 ロクサーナと遊んだ子供たちは一時期植物状態になった。

 無意識のうちに発揮していた魅了の力に、彼らの身体が耐えられなかったのだ。

 虚ろな目で横たわる子供たち、彼らに抱き着く者、野次馬の魔族たち……。


『人でなし!』

『……っ』


 子供を抱きながら親が叫んだ言葉を、今でも覚えている。

 あれ以来、ロクサーナは自分から誰かに関わろうとするのをやめた。


 ロクサーナ自身の持つ美しさは本人の意思なく周囲に影響する。

 意識していなければ、近づくだけで他人を魅了してしまうのだ。



 ──孤独だった。



 誰もが自分に傅き、誰もが自分を褒めたたえる。



 ──あぁ、美しきロクサーナ! 

 ──麗しきサキュバスの女王!



 人族の吟遊詩人にも語られる彼女の姿は実態とは程遠い。


 ならばいっそ、女王として生きてやろうではないか。


 望まれるままに、美の王として魔族という種族を魅了してやろう。

 誰も自分を見てくれないなら、望まれる役割を演じてみせよう。


 そう思った矢先のことだった。


「其方がロクサーナか。ふむ、まだ幼いな」


 ロクサーナは出会った。運命の男に。

 彼女の美に一切の関心を持たず、ロクサーナの名を呼んでくれる男。

 暗黒龍リグネ・ヴォザークは、彼女の魅了が効かない唯一の存在だった。


 ──この人だ。


 ロクサーナは直感した。

 自分にはこの人しか居ない。この人と結ばれることが自分の運命なのだと。


 それからは義務的に学んでいたお化粧や健康、爪の手入れや翼の広げた方まで、美に関するあらゆることを学んだ。リグネの好みや来歴を調べ上げ、彼のお眼鏡にかなうように努力した。魔王の嫁候補が持ち上がるたびに立候補し、けれど、どれだけアプローチしてもリグネは自分を見てくれなくて。そのことが嬉しくてたまらなくて。


 それなのに、リグネは人族の王女と婚姻するという。

 ロクサーナは強硬に反対した。人族と魔族の条約なんて勝手にやればいいが、その座だけは譲らない。その座は自分が望んで止まなかったものだ。リグネの横に立つために、どれだけ努力したと思っている。ロクサーナは四大魔侯として反対し、魔女将祭儀で王女を叩き潰すことに決めた。


「ワタシが欲しくてたまらなかったもの、全部持ってるのに」


 ロクサーナの目に涙が滲む。


「なんでお前は、魔王様まで奪うのよ……!」


 許さない。

 許さない。

 許さない。


 あの人はワタシのものだ。

 ワタシを見てくれるのは、あの人だけなんだ。

 たとえ嫌われようと、あの人の隣だけは譲らない──。



「ロクサーナ様ぁああああああああああああ!」



 竜化したリグネが都市の大通りを飛んでいる。その背にディアナ姫がいた。

 魔王の溺愛っぷりを見せ付ける姿にロクサーナは怒りを滾らせて、


「あーそーびーまーしょー!!」

「………………………え?」




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