第二十六話 悪魔祭儀
祭儀の間は大勢の悪魔族でいっぱいだった。
結婚式の参列のように左右に並んだサキュバスと、物見の魔族たち。
「ロクサーナ様……彼女の前では絶世の美女という言葉が陳腐になるな」
「俺も。初めて見たときは言葉を失ったよ」
「女の私もそう思います。それに比べて……」
「あれが王女……?」
「ぶふ……っ、なんで子供が混じってるのかしら。恥ずかしい」
数百を超える視線に晒されながらエリィは満足げに頷く。
(いい感じだね。皆さんその感じで頼みますよ!)
そう、彼らのほとんどはロクサーナを見ていたからだ。
厚化粧をして山ほどの装飾品を身に着けたエリィなど殆ど見ていない。
視界に入っていても、それはお粗末な化粧をした子供を見る目だ。
ロクサーナを引き立てるための脇役。それが今のエリイであった。
「あぁ、我が主。あのとんでも化粧でも隠せぬ気品が足運びに現れています……ララ先輩、あとで写真くださいね! わたし、枕元に飾りたく思います!」
「よかろう。一枚五千ギルね」
「商談成立です!」
(ねぇ二人とも何やってんの?)
勝手にエリィを魔導映写機で撮って写真を売買するなど部下にあるまじきこと。
この自分がしたくもない厚化粧をして奮闘しているというのに、奴らは。
エリィは激怒した。
あのうらやまけしからん奴らのケーキを抜きにすると決意した。
(と。まぁ今はそれよりこの勝負を終わらせないと)
祭儀は玉座にいるリグネの前に行けば殆ど終わりだ。
当のリグネは面白そうにエリィたちを見ている。
目の前まで行くと、立会人であるアラガンが近づいて来て、
「人族の王女ディアナ・エリス・ジグラッド、悪魔侯ロクサーナ・リリス。これより両名の祭儀を行います」
怒号のような歓声が起こった。
「ロクサーナ様────!」
「ロクサーナ様、今日もお美しい! 抱いて──!」
「至上の御方にお似合いなのはロクサーナ様です──!」
あらかじめロクサーナがエリィとの勝負を広めていたのだろう。
この勝負に勝ったほうが魔王の妻になるとあってサキュバスの士気は高い。
一方、エリィの味方といえばカメラを構えているララと、潤んだ目でエリィを見ているセナのみ。護衛の仕事はどうしたのだとエリィは言いたい。
「ディアナ姫からの要請により、今回の祭儀は特殊な形となります」
本来、サキュバスの魔女将祭儀は形式的なものだ。
魔王の妻となる者がみんなの前で魔王の前に酒を注ぎ、腕を組めば終了。
鬼族では魔族を率いる強さが問われたように、ここでは魔王を虜にする魅力が試される。
魔王が気に入らなければそれで終わりだ。
世継ぎを残せない魔女将などこの世に必要ないと判断される。
しかし、今回の祭儀の参加者はエリィとロクサーナの二人となる。
この場合、エリィとロクサーナが酒杯を持ち、それぞれ魔王にアピールをして、魔王が酒杯を受け取ったほうの勝ちとなる。
「先行は譲ってあげるわ、王女。存分に無様を晒しなさい」
「あら。いいの? わたくしがリグネ様を虜にするかもしれないけれど」
「鏡を見て言いなさいよ、ブサイク」
同調したように観衆が笑い、エリィはほくそ笑んだ。
狙い通りだ。
しかし、視界の端でセナが薙刀を取り出しているのを見て顔色を変えた。
幸いララが必死になって止めていたので助かったが……。
(は、早く終わらせないと!)
エリィはアラガンから酒杯を受け取り、リグネに近付く。
その足運びはオペラで女優が男優へ愛を囁く様によく似ていた。
「あぁ、リグネ様。わたくしの目にはあなたしか映りません」
芝居がかった口調。
エリィは潤んだ瞳でリグネを見つめた。
「どんなに雄々しい竜でもあなたの前では霞んでしまうでしょう。その強き黄金の眼差しも、躍動する手足も、綺麗な鱗も、あなたの吐く炎の吐息までもがわたくしを魅了してやまないのです。民の心を慮るその優しさにわたくしの心は奪われてしまいました……この世ではどうかお側に。そして生まれ変わってもあなたを愛することを、お許しいただけませんか?」
潤んだ瞳で手を差し出す、エリィ。
その寒々しいセリフにその場が水を打ったように静まり返った。
エリィはかぁあああああ、と顔が熱くなる。
恥ずかしすぎる台詞の数々に肌が粟立ち、震えが止まらない。
(やっぱり恥ずかしすぎるよこの台詞! あ、あなたしか映りませんって何なの!? ちゃんと周りも見てよ! あと出逢って一週間も経たずに奪われる心とか安すぎるでしょ! もっと心を大切にして? しかも生まれ変わっても愛するって何!? 今世で愛しなよ! 今から死んだ時のこと考えてどうすんの!?)
ララやセナと共に考えた結果とはいえ、突っ込みどころが多すぎて止まらない。
もしも自分が同じセリフを言われたとしたら、そんな痛い男は全力でお断りする。
男性から見ても、上辺だけを取り繕った言葉など寒いだけのはず。
現にリグネは特に嬉しそうな様子はなかった。
(ま、まぁ。わたしの心が削られた代わりに負けが確定したと思えば……!)
そう思わないとやってられないエリィだった。
エリィの番が終わると、ロクサーナが前へ出た。
「魔王様。特別にワタシとお酒を酌み交わすことを許してあげるわ。喜びなさい」
ぷい、とロクサーナは顔を逸らし、それ以上何も言わなかった。
その一言で十分だと言いたげなロクサーナにエリィは拍手したい思いだった。
(さすがロクサーナ様! リグネ様のこと分かってるぅ!)
そう、リグネにはこれでいいのだ。
一見素っ気ない言葉に聞こえるが、特別という言葉に親愛が含まれている。
直接的ではない、察するところに見える愛情こそリグネが求めるもの!
(わたしみたいに上辺だけ飾り立てた寒すぎる台詞より断然よき!)
ましてやロクサーナは息を呑むほどの美人だ。
全体的なシルエットはほっそりしているものの、女性らしいふくらみは大きいし、夜色の瞳に見つめられながら、あのぷっくりとした甘い唇に愛の言葉を囁かれたら男はイチコロだろう。女性でさえもドキドキさせてしまう性別を超えた超絶美がロクサーナにはあった。
「それは判定に移らせていただきます」
アラガンが厳かに告げる。
「魔王陛下。どうぞ採択を」
「うむ」
(これで、終わる)
エリィは万感の思いで目を閉じた。
(さらば偽物の王女生活。さらば命懸けの綱渡りライフ! エリィは平穏に暮らします!)
そして、リグネは口を開く。
「我が酒杯を所望するのは──」




